浩介の様子が変だ。
今思えば、木曜日の体育の時、らしくなくムキになっていたことが始まりかもしれない。
写真部に顔を出したあとの帰り道では、妙に暗く沈んでいて、いつものバスケの練習もせずに帰ってしまった。
金曜も土曜も心ここにあらずで……
それでいて、何か言いたげにおれを見るので「どうした?」と何度か聞いたのだけれど、「なんでもない」と首を横に振るばかり……。
なんなんだろう……。まさかおれの気持ちに気がついて距離を置こうとしてるわけじゃないだろうな……。
そんな不安な気持ちのまま、日曜を過ごし、そして祭日の月曜日……
母に頼まれて、姉の家に届けものにいった。
今日は12月23日。姉夫婦の一周年の結婚記念日だ。思えば、一年前、姉が結婚して家を出ていったことに落ち込んでいたおれを、浩介は優しく抱きしめて慰めてくれたんだよな……。なんて、頭の中はすぐに浩介のことでいっぱいになってしまう。
4月下旬出産予定の姉のお腹はだいぶふっくらしてきている。そんな幸せいっぱいの姉に、浩介のことを愚痴るのも気が引けたんだけれども、
「何かあったでしょう?」
と、すぐに見破られ、話すよう促されたので、浩介が男であることだけ伏せて現状を話した。
姉は、キスをしてしまったくだりでは「まあ」と目を輝かせたけれど、その後、結局友人関係が続いていると話すと「あらら」とため息をついた。
「どうしてキスしたところで、もう一押ししなかったの……」
「………。友達じゃなくなるのが怖かったから」
姉の問いに素直に答える。そう。おれが一番恐れていることは、浩介のそばにいられなくなることだ。
「慶は、本当にその子と友達のままでいいの?」
「いい」
浩介の恋愛対象は女性だ。おれの気持ちを受け入れられるわけがない。拒絶され、友達でいられなくなるくらいなら、おれのこの想いなんかいくらでも隠し通してやる。
「ただ、そばにいたいだけだから」
「そう……。でも……」
姉は頬に手をあてて何か言いかけたけれども、ふっと笑顔になった。
「それが慶の選んだ道なら、応援するわ」
「……ありがとう」
コクリと肯く。
本当は、そばにいるだけじゃ嫌だ。触りたい。抱きしめたい。キスしたい。でも、そんなことはできない。そんなことは知ってる。
でも一緒にいたい。それが一番の望みだから。だからそれ以上は望まない。望まない……
***
姉の家の最寄り駅からうちの駅までは電車で30分ほどかかる。電車を降りると、外はもう真っ暗だった。駅前の大型スーパーの入り口近くにある大きなクリスマスツリー。赤や青の電飾が余計に目立ってキレイに光っている。……と?
「………え」
そのツリーの横に……浩介が立っていた。驚きのあまり心臓が止まるかと思った。
「浩介……」
今にも泣きだしそうな顔をしている浩介。駆け寄って、抱きしめたくなる衝動をどうにか抑え、静かに歩み寄る。
「……どうした?」
「うん……」
手を伸ばされ、反射的に身をすくめてしまう。伸ばした手が空を切り、ますます泣きそうな顔になる浩介。
「慶……おれのこと、嫌い?」
「え」
そんなこと、あるわけがない。
「何言って……」
「最近、ずっとおれに触られるの避けてるよね」
気がついてたのか……
「それは……」
お前に触られると、心臓が跳ね上がって、血のめぐりが3倍になって大変なことになるからだ。なんて言えるわけがない。
木曜日から様子がおかしかったのは、そのことに気がついて、理由を聞きたかったからなのか……。でも本当のことなんて答えられない。
黙っていると、浩介が眉を寄せたまま聞いてきた。
「もしかしてなんだけど……後夜祭の……あのことが原因?」
「………」
今さらそれを言うか。
こっちはあのキス以来、感情が渦巻いてどうしようもなくなっているというのに、浩介は今までとずっと変わらなかった。変わらなくて有り難いという気持ちと、こいつにとってあのキスはなんでもないことなんだ、という微妙に腹立だしい気持ちが入り混じって、ずっと複雑な心境でいる……なんて言えるわけもなく……。
「……お前、なんでここにいんの?」
質問には答えず、ツリーの飾りを意味もなくいじりながら尋ねると、浩介も横に立ち、同じようにツリーにかかった星をなぞりはじめた。人通りはそこそこあるけれども、みな忙しそうに歩いていて、男子高校生2人がツリーの陰にいることには誰も気に留めていない。
「部活の帰りに慶のうちに寄ったら、お姉さんのうちに行ったって南ちゃんが教えてくれて……」
「おれのうちに? 何か用だったのか?」
「うん………」
「!」
ふいに、飾りをいじっていた手をつかまれた。とっさに振り払おうとしたが、思いの外、強い力で握られていてほどけない。
「何……」
「聞いて」
真摯な浩介の瞳がまっすぐにこちらを向いている。
「何を……」
「おれね、すっごい悩んだ。慶のこと」
「…………」
浩介が何を言い出す気なのか、聞くのがこわい。逃げだしたいけれど、逃げられない。
「後夜祭の後、慶、何も言わないから今まで通りにしようと思ってたけど……一か月くらい前からおれに触られるの避けるようになったよね?」
「…………」
「それで、おれ、嫌われたのかなあって……」
「そんなことあるわけないだろ……っ」
ふるふると頭を振ると、浩介がやわらかく微笑んだ。
「良かった。嫌いになったわけじゃ……ないんだよね?」
「……当たり前だろ」
うなずくと、浩介がホッとしたようにため息をついた。
ああ、なるほど。だから今まで通りの友達に戻ろうって話だな? ……良かった。友達やめたいとか言われたらどうしようかと思った。
そう、安心したのも束の間、
「あのね……慶」
浩介が真剣なまなざしで、言った。
「おれ………慶の友達やめたい」
「…………は?」
なんだと?
「なんで……」
なんで、もないか。キスなんかしたからか? そんな奴とは友達続けられないってことか?
足が震える。浩介の瞳から目をそらせない。
なんでだよ……今、良かった、って、お前、良かったって言ったのに……
おれはそばにいられるだけでいいのに。何も望まないから、そばにいられるだけで……
だから、お願いだから、お願いだから、浩介……っ
「こう……」
何か言おう、と思ったその時……
「慶……」
ぎゅっと、繋いでいた手に力がこめられ……そして……
浩介の唇が下りてきた。軽く、触れるだけの……キス。
「……え?」
なに……?
今、なにが起きた……?
「慶」
呆気にとられたおれに、浩介がささやいた。
「おれ……慶のことが、好き」
浩介の揺るぎない瞳……
「え……」
今、なんて……?
聞き返すと、浩介は真面目な顔をしたまま言葉を継いだ。
「慶のことが好き」
「……え?」
「手つなぎたい。頭なでたい。抱きしめたい。キスしたい」
「は?」
え?
「………え?」
「それってもう、友達に対する感情じゃないと思って」
浩介の瞳にイルミネーションが映りこむ。
「こんなこと言って嫌われたらどうしようって思ったんだけど、でもこの蛇の生殺し状態が続くのは、もう無理だから」
「生殺し?」
「生殺しだよ。こんなに近くにいるのにふれられない。抱きしめられないなんて」
「…………」
浩介の瞳の光。とてもキレイだ。
「慶……」
浩介のおれの手をつかむ手に力が入る。
「こんな風に思われるの……嫌?」
「…………」
「正直にいって。それならおれ……極力我慢するから」
「我慢……?」
「あまり自信ないけど……」
「…………」
何を……言えばいいんだろう。
何を……思えばいいんだろう。
まわりの音がすべて消えて、この世界におれ達二人しかいないような感覚に陥る。
浩介……おれは……
言葉にならないまま、その誠実な瞳を見上げていたら、
「慶?!」
ぎょっとしたように浩介が手を離した。
「そ、そんなに嫌だった?!」
「え?」
「慶……泣いてる」
「あ………」
無意識のうちに涙があふれだしていた。ただただ流れ落ちる。浩介の姿がにじんでいる。
「ごめん。そんなに嫌なら、もう言わない。もう触らない」
浩介が降参、というように両手を挙げた。
「でも、近くにいることは許して」
「………浩介」
「おれ……どうしても、どうしようもなく、慶のことが好き……なんだ」
「………」
「……ごめんね」
悲しそうにいう浩介。なんだ……なんだそりゃ。
「……ごめんってなんだよ、ごめんって」
「んーーー好きになって、ごめん?」
「ばかっ」
ちょっと笑った浩介の胸をどんと叩く。
「でも……ごめん。慶のことが、好き」
「ばかっあほっ」
涙が止まらない。
「だから、ごめんって」
「ごめんじゃないっ」
浩介の胸に両手をおいたまま、見上げる。久しぶりに間近でみる浩介の瞳。おれの大好きな瞳。
その瞳に向かっておれは一気にまくしたてた。
「おれなんてもう一年以上前からお前のこと好きなんだぞっ。好きになってごめんっていうなら、おれはどんだけ謝んなくちゃなんねえんだよっ」
「……え?」
今度は浩介が呆ける番だった。
「今、なんて……」
「だーかーらー」
ババッと涙を手の平でぬぐい、胸倉を掴んで顔を見上げる。
「お前のことが、好きだっていってんの」
「………うそ」
ぽかんとしてる浩介の胸をグリグリと押す。
「なんでうそつかなきゃなんねえんだよ」
「……本当に?」
こっくりとうなずく。
「うそだあ……」
「なんでだよっ」
浩介が戸惑ったように言う。
「だっておれ、男だよ……?」
「おまえなーーー!!」
それをお前がいうか!!
「あほかっおれはそんなこと百も承知で一年以上片思い続けてきたんだよっなめんなっ」
「け……」
掴んでいた胸倉をぐっと引っ張り、近づいた浩介の唇に素早く口づける。
「おれがどんだけお前のこと好きか思い知れ!」
「わわわ……っ」
浩介がよろけるのも構わず、ぎゅううっと抱きつく。背中に手を回し、ぎゅうううううっと力を入れる。肩口に額をぐりぐりぐりと押しつける。
「慶……」
ぎゅっと抱きしめ返される。久しぶりの浩介の腕。浩介の匂い。
ずっと、ずっと、ずっと、こうしたかった。
「慶……夢みたい……」
耳元で浩介の優しい声が聞こえる。
「それはこっちのセリフだ」
背中に回した腕に更に力をこめる。
「ずっとずっと好きだった」
「慶……」
またぎゅっと強く抱きしめ返される。
「慶……幸せすぎる」
それもこっちのセリフだ。
ああ、でも、と、ふと思いつく。
「でもおれ、お前と友達やめたくないぞ?」
「ああ……そうだよね」
浩介は笑い、腕の力を緩めると、おれの頭のてっぺんにキスをした。
「なにもやめることはないよね。じゃあねえ……親友兼恋人、は?」
「親友兼恋人?」
おれも笑う。それはいいな。
「それにしても……」
浩介がポツリといった。
「早く言ってくれればよかったのに……」
「何だよそれ」
「だって!」
コツンとおでことおでこをくっつける。
「そうしたらおれこんなに悩まなくてすんだじゃん」
「たかだか数日で何言ってんだよ。おれなんて一年以上悩んできたんだぞ。途中でお前、美幸さんのこと好きになるし」
「それはっ」
「なんだよ」
眉間にシワを寄せて見上げると、浩介が真面目な顔をして言った。
「……スミマセンデシタ」
棒読みな謝罪の言葉に、思わず吹き出す。
「心こもってねー」
「だってー……あーおれ一生言われ続けるんだろうなー」
「一生って」
何でもないことのように「一生」という浩介。嬉しくなる。
「……そうだな。一生言ってやるよ。だって、好きだったのは本当だろ?」
「んー……」
おれの髪を弄びながら浩介はうなると、
「今考えると……アイドルとかアニメのキャラとか好きっていうのと同じ感じだったのかなーとも思うんだよね」
「そうなのか?」
「んー…だって……」
再びぎゅーっと抱きしめてくる。
「こんな風に抱きしめたいって思わなかった」
「…………」
「慶のことは、抱きしめたいって思う。いつでもそばにいて触れていたいって思う」
「…………」
「キスしたいって思う」
頬を囲まれ、上を向かされる。
「キス……しても、いい?」
「…………………………………ちょっと待った」
ぐりぐりぐりと浩介を押しかえす。
「え、ダメ?」
「ダメ」
「なんで!?」
「なんでも! まわりみろっ」
そうだ。冷静に考えてみたら、ここは駅前のスーパーの前。ツリーと建物の間でわりと目立たないとはいえ、まったく人目につかない場所というわけではない。
「えーいいじゃん。あ、ほら、あそこのカップルもしてたよ」
浩介があごで指した先には、手を繋いで歩いている男女のカップル。
「お前なーあれは普通のカップルだからいいけど……」
「おれ達もいいじゃん」
「いや、よくないだろ」
「えーいいじゃん」
むーっとふくれた顔をしている浩介。嫌な予感がしてきた……
「お前……くれぐれも言っておくけど、明日学校で……」
「隠すなんて無理だよ。おれウソつけないもん♪」
「…………」
本当にケロッと言いそうで怖い……
「おれはウソつくからな」
「なんで?!」
「なんでって、あのなあ、男同士なんて世間的にはまだまだ認められる関係じゃないだろ? 色々言われるのめんどくせーよ」
「えー」
浩介はぶつぶつ言っていたが、渋々と結論つけた。
「じゃあ付き合ってること『だけ』は内緒にするよ」
「付き合ってる?」
なんだかしっくりこない響きだ。
「え、だっておれ達これから付き合うんでしょ?」
「付き合うって……なにするんだ?」
「うーん……」
二人で首をかしげる。
「一緒に下校するとか?」
「部活ないときはしてるよな?」
「休日一緒に出かけるとか」
「出かけてるよな……」
「抱きしめるとか!」
「今までも散々してたな」
「…………」
「…………」
顔を見合わせ、吹き出してしまった。
「今までとあんまり変わらないね」
「だな」
「あ、でも、キスはしてない。これからはしてもいいよね♪」
「………人目につかないところでな」
「あー、あと手つないで歩きたい♪」
「人目につかないところでな」
「えー……肩抱くのはいいよね?」
「人目に……」
「ええ!肩は人前でもありでしょ!」
「なしだろ」
「ありあり!寒いしくっついて歩いてるってことで」
「……んー……冬の夜ならあり?」
「あり!」
「!」
ぎゅっと肩を強く抱かれ、今さらながらドキリとする。
「送っていくよ。自転車、駐輪場に停めてあるんだ」
「……おお」
赤くなっているであろう顔を見られないように下を向く。
「ちょっと遠回りして帰ろ? 川べり行こうよ~」
「川べり? 寒いぞ?」
「いーのいーの。だから人がいないでしょ♪」
「お前な…………」
不思議な感じだ。なんだこの自然さは。
一年以上もかかってようやく両想いになったというのに、ずっと前からそうだったような気がする。
そう思っていたら、同じようなことを浩介が言い出した。
「なんかさーこれが正しい関係って感じがする」
「え」
「何ていうか……パズルが正しい位置に戻されたっていうか……」
「それ、言えてる!」
思わず叫んでしまった。
それだ。微妙に違っていたものが正しくなった感じ。
「まさにそれだ!」
「わ~慶も同じこと思ってたんだっ嬉しいっ」
「わわわっ」
後ろからギューギューと抱きしめられる。
「だから浩介、人目につくところでは………」
「寒いからあり!クリスマスだからありあり!」
「……なんだそりゃ」
回された腕をギュッと掴み、顔をうずめる。
「慶~~幸せ~~」
後ろから頬を寄せられる。心が温かい。
「うん………」
ツリーの光がきれいだ。クリスマスの夜にふさわしく……
………あれ?
「なあ……クリスマスって言ってるけど、今日クリスマスじゃないよな?」
「………そういえば」
「…………」
顔を見合わせ笑いだす。
「じゃ、明日の夜、あらためてクリスマスデートしようね」
「……なんだそりゃ」
「デートデート、初デート♪ いいでしょ?」
「…………ん」
小さくうなずく。
明日の約束ができる幸せをかみしめる。
「大好き。大好き。大好きだよ、慶」
「…………ん」
この広い世界の中で巡りあえたおれ達。これからはずっとずっと一緒にいよう。
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お読みくださりありがとうございました!
2014年12月10日に書いた読切を加筆修正したため、最近とは文の書き方が若干違うかも。
ちなみに、その読切での後書きがこちら↓↓
延々とラブラブモード全開の2人。キリがないから終わりにした^^;
このあと、自転車おしていくときに、慶が左のハンドルを持って、その上から浩介もハンドル持って、コッソリ手繋いでるって話もあったんだけど。
今後、浩介は学校でも慶にベタベタしまくってて、慶は否定して隠しててっていうことになるわけです。
浩介は一応慶の気持ちを尊重して、付き合ってることも慶が自分のことを好きなことも秘密にしましたが、自分が慶を好きなことは猛アピールします。
なぜなら、浩介は独占欲の塊みたいな男。アピールすることで慶に他の男女を寄せつけないようにしていたのでした。
慶は人前では浩介のことを邪険にしますが、二人っきりのときはわりとデレます。雰囲気に流されるタイプなので、夜とかデレデレです。浩介にしてみればそのギャップがたまらなかったりするんだろうなー。
↑↑
以上でした。いらっしゃらないとは思うのですが、前にそれ読んだよ!という方いらっしゃいましたらスミマセン……。
さて次回で『巡合』は最終回……のつもりでしたが、長いので2回にわけました。よって残り2回になります。続きは明後日。どうぞよろしくお願いいたします。
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