『何があっても、ずっとずっとずーっと大好きだよ?』
そう、浩介は言ってくれた。でも、もちろんそれは『親友』としてだ。
(もし、おれがお前に恋愛感情を抱いていることを知ったら……)
それでも、お前はおれのことを「大好き」でいてくれるんだろうか?
それとも、その純粋で真っ直ぐな瞳は嫌悪感に彩られ、もう二度とおれのことを見てくれなくなるのだろうか……
**
中間テスト一週間前あたりからずっと、浩介と二人きりになるのを避けて過ごしていた。自分の気持ちを制御するのが難しくなっていたからだ。
でも、その行動が浩介を傷つけていたということに、中間テストが終わった翌日に浩介に問い詰められるまでまったく気がつかなかった。おれは本当に、自分のことばかりの嫌な奴だ。浩介には悪いことをしてしまった……
「やっぱり時間がないのがいけないよね。ちょっとの時間でもいいから二人きりの時間を作ろうね?」
そんな、恋人同士のような約束をしてくれて、実際に、ほんの少しの時間であっても毎日毎日二人きりで話すようにしていたら、おれの嫌な嫉妬心(女子が浩介にまとわりつくことがどうしても許せない)もどうにか鳴りを潜めてくれるようになった。
今日は水曜日。文化祭は土曜日からなのでラストスパートの3日間の始まりだ。
クラスの出展は『団子屋』。おれ達が考案した『本物の食器を使う案』はすんなりと皆に受け入れてもらえた。
食器もすぐに予定数集まり、しかも、返却しないでいい、という家庭も多かったため、文化祭後に家庭科室に寄付することになり、家庭科の先生にとても喜ばれた。
洗い物の手間を省くために、団子を皿に直接置かないように専用の紙を引くことにしよう、と提案してくれたのは浜野さん。
彼女はやるべきことを黙々と素早くこなしてくれる、地味だけど出来る女の子だ。この子が浩介と一緒にいても別にムカつかないのに、他の女子だとどうしてこうもムカツクんだろう……。
放課後、残れるメンバーだけで作業をしていたところ、
「慶、慶」
浩介が人の輪をかき分けて、慌てたようにおれのところにやってきた。
「どうした? おれ、これから生徒会室……、あ」
答えなから、浩介の言わんとしたことがわかって、軽くうなずいた。
浩介の視線の先……ドアの向こうに、真理子ちゃんがいる。何だか思い詰めた顔をして……
「どうしたんだろう……」
浩介と顔を合わせたところで、
「桜井くーん、これどこまで使っていいのー?」
「その前に桜井! こっちきて!」
「ちょっと! 私達が先に呼んだんだよ!」
「うるせー!こっちは急ぎなんだよ!」
「こっちだって急ぎだよ!」
またいつものごとく、鈴木・溝部の喧嘩がはじまった。この二人、いつもほんとにウルサイ。
「浩介、いってやって。おれが真理子ちゃんとこ行くから」
「え……あ……うん………」
なぜかションボリとした浩介。
そんな浩介にも容赦なく、「桜井!」「桜井君!」とあちこちから声がかかっている。人気者だなお前………。
「がんばれ」
ポンポンと腕を叩いてやってから、急いで真理子ちゃんの元に向かう。
真理子ちゃんは、おれを見るなり、青ざめた顔で深々と頭を下げてきた。
「今から付き合っていただきたいんです」
ゆっくりと上げたその顔には、ハッキリとした意思の光が灯っていた。
「兄が………私の写真を撮ると、言ってます」
**
撮影場所は、写真部の部室とのことだった。
部室に入ると、橘先輩はいつものように暗室側の椅子に座ってカメラをいじっていた。………けれども、その顔は、いつもと違って少し緊張しているようで……。
おれの姿を認めると、手を軽く上げ、
「忙しいとこ、悪いな」
「え………いえ……」
そんな風に謝られたことなんて初めてで、戸惑ってしまう。橘先輩、やっぱり相当緊張しているのだろうか………
「何かおれに出来ることあったら……」
「いや、ない。そこにいてくれればいい。空気のように」
「………はい」
空気のように、ね………
椅子を移動させて、棚と棚の間に静かに座る。それを合図に、橘先輩が立ち上がった。
「じゃあ、窓際で撮りたいから、そっちに………」
「待ってください」
真理子ちゃんが、強い口調で遮った。でも、橘先輩は聞くのがこわいかのように、その真理子ちゃんの台詞にさらにかぶせた。
「窓際でカメラ持って立って」
「………」
真理子ちゃんは、渋々、鞄からカメラを取りだしセットしはじめた。このカメラは、橘先輩が中学生の時に使っていたものらしい。小柄な真理子ちゃんが持つと少し大きい感じがする。
言われた通りに窓際に行き、くるっと振り返り、まっすぐに兄を見上げた真理子ちゃん。
「………っ」
ファインダーを覗いていた橘先輩が、苦しいかのようにぎゅっと目をつむる。
(先輩…………)
カメラはウソをつかない。カメラはその人の内面をも写し出す。……橘先輩の繊細なカメラマンの瞳には、今、何が見えてしまったのだろう………
そんな先輩に追い討ちをかけるかのように、真理子ちゃんが、すうっと息を吸い込み………
「橘雅己さん」
震える声で兄の名前を呼んだ。
ビクリとした橘先輩に、真っ直ぐ真っ直ぐ真理子ちゃんの心が伸びていく。
「あなたのことが好きです」
真摯な瞳………
「ずっと、ずっと好きでした」
「…………」
真理子ちゃん………
外で看板の用意をしている文化祭委員のはしゃいだような声が、遠く遠く遠くから聞こえてくる気がする。この空間だけ、切り取られてしまったようだ。
そうして、どのくらいの沈黙が流れただろうか……
橘先輩が、すっとカメラを下ろし……
「あの…………」
何かいいかけ、飲み込み、いいかけ、飲み込み、を繰り返した揚げ句、
「………ごめん」
深々と頭を下げた。
「あ………」
真理子ちゃんが何か言う前に、頭をあげた橘先輩。言葉にしたら、落ち着いたのか、目線で真理子ちゃんの言葉を遮ると、きっぱりと言い切った。
「気持ちには応えられません」
「それは……」
私が妹だから……? という問いは言わなくても二人の間に漂った。
橘先輩は、ふっと笑顔になり、首を軽くふった。
「あの……オレ、妹がいるんですよ」
「え?」
は? え? いきなり何を言い出すんだ? この人は……
きょとんとしたおれと真理子ちゃんを置いて、橘先輩が淡々と語りだした。
「あなたと同じ真理子という名前の妹が。こいつが本当に可愛い奴で」
「………」
「子供の頃から、おれは何があってもこいつのことを守るんだって使命感に燃えててね。妹の自慢の兄でありたかったから、勉強だって運動だって誰にも負けないように努力してきた」
「お兄ちゃん……」
真理子ちゃん、目を見開いたまま固まっている。
「だから、妹に近づいてくる男はよく吟味して、ろくでもない奴は蹴りだして、まあ合格点の奴だけはそばにいることを許可してやって……」
「え、うそ」
真理子ちゃん、知らなかったらしい……
「めちゃめちゃ可愛いから、ホント心配で……」
「…………」
「大切な大切な妹なんです」
優しい、なんて優しい瞳………
でも、橘先輩は、なぜかまた頭を下げた。
「だから、ごめん。どうしても応えられない」
「どうして……っ」
「だってオレ」
真理子ちゃんが言いかけたのを遮る強さで、橘先輩は、意外なことを言い切った。
「年下は、無理」
「…………」
「…………」
「………え?」
年下は、無理??
橘先輩は至極真面目な顔をして肯いた。
「オレ、今日まで本当に、色々色々考えた。血の繋がりとか関係なく、恋愛対象としてみれるか、とか本当に、本気で考えた」
「うん……」
「で、でた結論がこれだ。年下は、無理」
「な………なんで」
ぽかんとしたまま真理子ちゃんが聞くと、
「やっぱり妹としか思えないんだよ、年下の女の子って。考えてみたら、今までの歴代オレが好きになった女って全員年上だし」
「あー……保育園のアユミ先生とかね……」
「そうそう。小1の時は、登校班の班長の6年の女子に猛アタックかけてた」
「あ、そういえば! 中学の時の塾のバイトの女子大生!」
「おーお前よく覚えてるな」
二人はひとしきり思い出話で盛り上がっていたが、ふと我に返ったように、真理子ちゃんが眉を寄せた。
「あ、でも、こないだの彼女は同じ歳だった」
「あー同じ歳のわりに大人っぽかったからな。でも実際付き合ってみたらそうでもなくて……だから結局別れたんだよ」
「そっか………」
なるほどね……とうなずく真理子ちゃんに、先輩は再度言い切った。
「だから、オレ、君がどうこうってことじゃなく、年下は誰であっても無理」
「……………」
再び訪れた沈黙……
先に破ったのは、真理子ちゃんの方だった。
「……うん。分かりました。うん……よーく分かりました」
「……ごめん」
謝った橘先輩に、真理子ちゃんは大きく首を振ると、
「真剣に考えてくれてありがとう。それだけで充分。ほんと、充分……」
「………」
「でも、一つだけお願い」
すっと真理子ちゃんが真っ直ぐに兄をみた。
「写真を、撮ってください」
「…………」
「妹の真理子、じゃなくて、あなたに失恋した女の子、を」
「…………」
静かに……橘先輩がカメラを構えた。
同時に真理子ちゃんも持っていたカメラを口元まで引き寄せた。
「…………」
ポロポロと流れ落ちる真理子ちゃんの涙……
橘先輩の方を見ることができない代わりに、先輩からもらったカメラをまるで彼本人かのように愛おしく見つめながら、涙だけが溢れている……
なんて純粋な想い……
それからどれくらいたっただろう。
「………ありがとう」
小さく、小さく、橘先輩の声がした。そして暗室のドアが閉まる音……。
「真理子ちゃん?」
「………先輩」
ふっと真理子ちゃんの肩の力が抜けた。
その頭をポンポンとなでて、わざとお道化て聞いてみる。
「えーと、ハンカチと胸、どちらをお貸ししましょう?」
「胸。返してください」
「あー……」
そういえば、おれ、真理子ちゃんの胸で泣いたことあるんでした……
「はい。仰せのままに」
「………」
その小さな頭を胸に引き寄せると、真理子ちゃんは唸るような声を上げながら泣き始めた。小さい子供みたいだ。
「よく頑張ったね」
「ううう……っ」
頑張ったね。本当に頑張ったね。
いい子、いい子、いい子……
と、頭をなで続けていたら…………
「お前、オレの妹に何してんだ」
「わわわっ」
突然、べりべりべりっと引き剥がされた。
見上げると、橘先輩がものすごい不機嫌な顔をして立っている。
「真理子、泣くならお兄ちゃんの胸で泣け」
「えええ!それおかしくないですか?!」
「おかしくない」
いや、おかしいでしょ! そんなんだから真理子ちゃんも勘違いしたんだろーが!!
「ほら、真理子……真理子?」
「真理子ちゃん?」
真理子ちゃん、肩を震わせて………笑ってる。
「あーもー……シスコンも大概にしなよ、お兄ちゃん。もしかしたら、私、これをキッカケに渋谷先輩と付き合うことになったかもしれないのにー」
「え?」
「こいつは絶対にダメだ」
おれが聞き返すよりも早く橘先輩がバッサリと言いきった。
「こいつにはずっと片思いしている奴がいるからな。そんな奴に大事な妹はやれん」
「げっ」
なぜ知っている?!
「あれ、渋谷先輩、例の人、まだあきらめてなかったんですか?」
「諦めるどころか、日が経つにつれてどんどん拗れてきてるな」
「え? そうなの?」
「6月頃とか、先月とか、表情の変化が面白いぞ」
「そうなんだ! 写真見せてよお兄ちゃん!」
「いいぞ」
「………………」
なんだよ、さっきまであんなにシリアスな雰囲気だったのに、もう何事もなかったかのような顔して、人のことで盛り上がって……
「うわ~この表情いいね~」
「だろ?」
「切な~い」
「………………」
くそー……この兄妹にはもう二度と関わらねえぞ!
文化祭前日の夕方、ギリギリで出来上がってきた真理子ちゃんのポスターは、文句なく、橘先輩の最高傑作であるといえた。
カメラを見ながら涙を流す少女……切なさ愛しさすべてが伝わってくる温かい写真……
そして、おれの写真と真理子ちゃんの写真の間に、うちの南様が美しいレイアウトの文字でデカデカと、盛大な煽り文句を張りつけた。
『恋せよ写真部』
………なんだそりゃ。
でも、おかげさまで、文化祭終了後のアンケートの「ポスター部門」では、ぶっちぎりで写真部が一位となった。
まあ、このころのおれはそんなこと知るわけないんだけど。
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お読みくださりありがとうございました!
前回の終わりで浩介が目撃した、慶と真理子ちゃんの抱擁はこのことだったのです。
浩介さん、窓の外からたまたま見てしまいました……。
浩介は妙に運が悪いところがありまして、外食先で一緒に注文したのに浩介のものだけ忘れられていたり、二人分の鮭炒飯を作って均等に分けたのに、浩介の皿にだけ骨がいくつも入っていたり………
そんな運の悪さを発揮して、今回の抱擁もみてしまいました(^-^;
続きはまた明後日、もう一回慶視点です。よろしくお願いいたします!
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