創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

(GL小説)風のゆくえには~光彩3-5

2015年03月17日 09時58分44秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 満ち足りた、幸せな気持ちで目が覚めた。こんな穏やかな気持ちで目覚めたのは久しぶりな気がする。

「ん……綾さん?」

 隣にいるあかねが寝ぼけたように私を引き寄せた。私もぎゅっとあかねに抱きつく。

 今日、何曜日だったっけ?
 学校休み? サークルは? バイトは……

 眼鏡をしていないから何時なのかも見えない。
 でも、カーテンの隙間から漏れる日射しはもう朝のものではない気がする。

「……綾さん? 起きるの?」
「………今、何時?」
「んーーー、もうすぐ11時、かな……」
「11時……ずいぶんゆっくり寝ちゃった……」

 あかねのすべすべとした足に、自分の足を絡ませる。離れないようにたくさんくっついていたい。

「長い夢を見てたの」
「夢?」

 あかねが優しく頭を撫でてくれる。気持ちいい……。

「そう。長い夢。あかねが……」
「私が?」
「…………………」

 はた、と気づいた。

 違う。夢、じゃない。

 ようやく頭が働いてきた。
 ここどこ? ……あかねの部屋。
 そう、あかねの部屋。だけど、違う。
 ほとんど変わってないけど、違うでしょ?
 だって…………

「うそっ」
 勢いよく起きあがり……自分が何も着ていないことに気がついて、慌てて再び布団にもぐりこむ。

「どしたの?綾さん」
 きょとんとしているあかね。

 そうだ。昨日……ええと……。

 一気に昨日の記憶がよみがえってきた。


 あかねの部屋でケーキとワインをいただいた。
 まるで私が来ることが分かっていたかのような準備の良さ…。

「毎年、綾さんの誕生日の前日の夜にはケーキを買って、いつ綾さんがきても大丈夫なようにしてたんだ~。けなげでしょ? 私」
「……………」

 なんかウソっぽい……。

「あ、信じてない」
 クスクスと笑うあかね。
「本当なのにな~。毎年毎年色々妄想してたんだよ~。だからさっき綾さんがベンチに座ってるの見たときには、ついに幻覚まで見えるようになったのかと思ってちょっと焦ったよ」
「……ずっとここに住んでたの?」
「そうよ? 約束したでしょ?」
 あかね………本当に変わっていない。

「お誕生日おめでとう。綾さん」
 ソファに並んで座って、ワイングラスをかたむける。チョコレートケーキに合うのは赤の甘口、と力説するあかねがなんだか可愛いかった。とりとめもない話をたくさんした。故意に家族の話は避けた。 

 グラスが空になったところで、あかねがふと真顔になった。ドキッとする。

「………綾さん」

 手を取られ、

「!」
 個人面談の時と同様、思いきり振り払ってしまった。
 あかねが、バタリと床に倒れる。

「あ、あかね?!」
「…………ダメですか……」

 ボソボソと声がする。

「やっぱりもう望みはないんでしょうか……」
「あかね………」

 あかねはゆっくりと起き上がり、膝を抱えて座り込んだ。

「綾さん……私のこと嫌い?」
「そんなこと………」

 あるわけないじゃない……。
 あかねは独り言のようにブツブツと続ける。

「個人面談の時振り払われて、あーやっぱり諦めなくちゃいけないのかーと思ったんだけど、運動会で再会したらやっぱり抑えられなくて再アタックしてみたわけですが……」
「え………」
「今日ももう電話しないでって言ってたもんね……。やっぱり個人面談の時点で諦めなくちゃいけなかったのかあ。あの時も思いっきり振り払われたもんなあ……」

 それって……

「……それで面談のあと何も連絡くれなかったの?」

 思わず言ってしまって、あ、と口を閉じたが遅かった。あかねの目が大きく見開かれた。

「え、綾さん、連絡待っててくれてたの?」
「……………。幻滅されたのかと思ってた」
「幻滅? 何に?」
「私に」
「え? 綾さんの何に?」
「……おばさんになっちゃったから」
「………」

 あかねが私の横までスススッと寄ってきた。

「綾さん、変わってないよ。あ、変わってないっていうのは語弊があるな」
「うん。だから……」
「前よりも、艶っぽくなった。色っぽくなった。魅力が増した」
「………ウソばっかり」
「ホントだよ。……綾さん?」

 あかねが再び手を取ろうとするので、後ろに隠す。

「なんで隠すの」
「だって、私の手、もう前と違うから。節ばっちゃってて、カサカサで、シミもできてるし、それに……」

 汚れてる。私の手は汚れてる。

「だから、あの時も今も振り払ったの?」
「…………」

 黙ってうつむくと、ぎゅううっと抱きしめられた。

「かわいいなあ。綾さん」
「……かわいくないわ」
「かわいいよ」

 あかねの瞳、あかねの声に熱が帯びてくる。
 顔を寄せてこようとするのを、

「……ダメ」
 そっと押し返した。

「なんでー?! 今、絶対オッケーの雰囲気だったでしょ?!」
 あかねがムッとふくれる。

「だって……」
「なに? 生理?」
「…………違うけど」
 その発想がおかしくてちょっと笑ってしまう。
 あかねは首をかしげ、

「じゃ、いいじゃない? 何か問題でも?」
「問題だらけよ」
「何が?」

 言いながら、私のブラウスのボタンに手をかけているあかね。
 自分の意思に逆らって、鼓動が早くなってくる。

「だって……19年もたってるのよ。体のラインも崩れてるし、足も太くなったしお腹も…」
「うん……」
「胸だって、母乳だったから、その……」
「うん」

 ポツ、ポツ、とブラウスのボタンが外されていく。

「ねえ、あかね」
「うん」
「だから……」
「全部見せて」

 スルッとブラウスが落ちる。あかねの瞳に光彩が灯る。

「綾さんの19年、全部見せて」
「……………」

 眼鏡を取られ、瞼に口づけされる。

「会えなかった19年、全部教えて?」
「あかね……」

 でも、でも……

「でも、私、別の人に……だからもう……」
「じゃあ、上書きする」

 あかねが何でもないことのように言う。

「どこから上書きしようか?」
「……あかね」

 涙があふれてくる。
 震える左手をあかねの前に差し出すと、あかねは愛おしむように両手で包み込み、優しく口づけてくれた。



 それから……それから……。あれ?

「綾さん、覚えてない、とか?」
 あかねの面白がっている声が布団の向こうから聞こえてくる。
 ゆっくり目だけ出すと、あかねの綺麗な瞳が目の前にあった。笑ってる。

「覚えてる。覚えてるけど……」

 思い出して赤くなってくる。あかねの優しい指、柔らかい唇、低い声……
 でも……

「途中から記憶が……」
「ああ、綾さん、途中で寝ちゃったからね」
「え?!」
 そういえば、前の晩一睡もしていないんだった。日中に少し仮眠はとったけれど、そんなもので足りるような歳ではもうない。どうりで11時まで寝てしまうわけだ……。

 あかねがニヤニヤと言う。
「だから、あんまりスゴイことはしてないよ~」
「……スゴイことって何よ」

 でも何も着ていない時点でアウトな気がするんですけど……。

「んーー? じゃ、今からする?」
「え?!」
「しようしよう」
「ちょっ」

 布団をめくられ、耳元に唇が下りてくる。

「………綾さん、愛してるよ」
「!」

 わざと低音のメチャメチャ良い声でささやくあかね。かあっと体中が火照ってくる。

 この………っ

「朝っぱらからサカリつくな!」
「うわっ」
 思いっきり突き飛ばすと、あかねがベッドから転がり落ちた。ものすごい音がした。

「あ………、ごめ……」

 やりすぎた、と心配してベッドの下をみると……しゃがみこんだあかねが肩を震わせている。

「……あかね?」
「…………………綾さん、最高」

 あかね、笑ってる…………。

「ホント、綾さん、大好き」
「………なにそれ」

 呆れるあまり、こっちまで笑ってしまったところ、

「あれ……?」
 ふいにあかねが窓辺により、外をみて、あ!と叫んだ。

「まずい。緑のおじさん回ってきてる。綾さんの車だよね?あれ」
「えっ」

 駐禁の取締りらしい。
 あかねは即座にイスにひっかけてあったTシャツとGパンを身に着けると、

「鍵借りるね。駐車場に移してくるからちょっと待ってて」
 あっという間に出ていってしまった。

 取り残された私。
 しばらくボケっとしてしまったが、外から聞こえてくるあかねの声に我に返った。緑のおじさんと話している。どうやらうまくかわせたようだ。

「………珈琲入れようかな」
 急いで着替えて、懐かしいキッチンに入ってみる。
 驚いたことに、当時使っていたマグカップがそのまま同じ場所にしまわれていた。

「どんだけ物持ちいいのよ……」
 泣きたいような笑いたいようなくすぐったいような、そんな気持ち。

「駐禁セーフだったよー」
 あかねが戻ってきた。ずっと一緒に過ごしてきたような気軽さで。

 お湯の沸く音。珈琲の香しい匂い。そして……

「わあ。綾さんの珈琲うれしい」
 後ろからフワリと抱きしめてくるあかね。

(ああ……幸せ……)

 この幸せを手放して手に入れた結婚生活は、3年前に崩壊した。

『お母さんの人生ってなんなの?』
 健人の言葉がまた頭をよぎる。
『ちょっとは自分の気持ち大事にしたら?』

 私の気持ち……それは……。

「綾さん? どうかした?」
「………なんでもない。お湯、危ないから」
「はーい」
 素直に一歩下がるあかね。

 フィルターにセットした珈琲の上に少量のお湯を注ぐ。蒸らし時間20秒。それから中央から円をかくようにお湯を注いでいく……

「……何?」
 後ろからクスクス笑う声がきこえてきたので、振り返らずに尋ねると、

「んー珈琲入れるときの真剣な綾さん。そそられる。うなじにキスしたい。していい?」
「……お湯かけるわよ?」
「だよね~」
 うふふふふ、とあかねが笑う。
「そう言われるだろうなって思ったら嬉しくて」
「…………何それ」

 あいかわらずだ。本当にあいかわらず。変なことばっかり言ってる。

「ねえ? 綾さん?」
「ん?」

 サーバーからカップに珈琲を移しているので目が離せない。

「何?」
「あと……9年たったらさ」
「うん」

「結婚しない? 私達」
「…………………………え?」

 何て言った?今……

「結婚しよう、綾さん」
「…………あかね?」

 振り返った先のあかねの瞳は、吸い込まれてしまいそうなほど澄んで輝いていた。


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R18にならないよう、セーブしました。はい。
でも二人がラブラブしてるところがかけて満足~~。

今回書きたかったセリフの一つ、
「綾さんの19年、全部見せて」
が書けて、ホッとしましたー。

「光彩」には片づけなければならない話が3つあります。

一つは佐藤家が今後どうなっていくかという話。
美咲はパパのこと割り切ってる、と綾は思ってるけど、本当にそうなんでしょうか…。

それからもう一つは、あかねとあかねの母親の話。

で、当然、あかねと綾の関係がどうなっていくのかという話。

そんなわけでまだまだ続きます。次からあかね目線。

ちなみに……私も20年前から同じマグカップ使ってまーす。別に悪くならないもんね。


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(GL小説)風のゆくえには~光彩3-4

2015年03月12日 12時05分22秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 付き合いはじめてすぐに、合鍵を渡されたけれど、結局一度しか使わなかった。そこまで踏み込むのもこわかったし、なにより女癖の悪いあかねが女の子を連れ込んでいるところに鉢合わせしたら嫌だな、というのがあった。あかねは「綾さん以外の女の子を部屋に入れたことはない」と言っていたけど、全然信用できない。
 そういうわけで、いつもマンションのすぐ下の公園のベンチであかねが帰ってくるのを待っていた。

「お待たせ。綾さん」

 後ろからフワッと抱きしめられる、その瞬間がすごく好きだった。


「オレ、彼女できたんだよね」
 健人が助手席で携帯をいじりながらポツリと言った。

「ちょっとは自分の気持ち大事にしたら?」
と、偉そうに言い放って二階に上がっていった健人だが、11時近くになってから「中島先輩の家で上映会するっていうから行ってくる」と、おりてきた。
 中島先輩とは健人が高校時代からお世話になっている二つ上の映画部の先輩。うちにも何度かきたので会ったことがあるが、しっかりしている好青年だ。
 本人は電車で行くと言ったけれど、もう遅いし、私自身が家にいたくない気分だったので、無理やり車をだした。健人ともう少し話したかった、というのもある。珍しく今日の健人は饒舌だったから。

「あら、良かったわね。どんな子?」
「映画部の子。同い年。……あ、今日はこないからな。今から集まるのは野郎ばっかで、その……」

 野郎ばかりの上映会、何を上映するんだか。健人の赤らんだ顔をみておかしくなってしまう。若いなあ…。

 健人がまた携帯で何かを打っている。
 彼女ができたと聞いて納得した。どうりで最近ずっと携帯を肌身離さず持ってたわけね……。

「オレさあ……」
 携帯を操作しながら健人が言う。

「すげー彼女のこと大切なんだよね。ずっと一緒にいたいと思うし、守りたいと思う」
「…………」
「幸せにしたいと思ってる。彼女に出会って初めてこういう気持ちが分かった」

 照れもせずに言う健人。深夜の車の中の雰囲気が本音を引き出しているのかもしれない。
 健人は真剣な様子で言葉を継いだ。

「だから、お父さんのこと許せなくなった」
「……………」
「あいつは守らなくちゃいけないお母さんに、嫌なこと全部押しつけて、よその女のとこに行った。男としてありえねえだろ」

 吐き捨てるように健人が言う。
 最近しきりに「離婚すれば」と言うようになったのは、自分に愛する人ができたからだったのね…。

「お母さん、もう自由になればいいのに。じいちゃんだってもういないんだからさ」

 自由……。
 今さら自由になっても、どう生きていったらいいのか分からない。

「オレ、じいちゃんに感謝してることがある」
「感謝?」

 ふいに言う健人。健人は義父の部屋にめったに寄りつかなかったが…。

「じいちゃんの世話があるから、お母さん、美咲のダンスの発表会とか運動会とか来られなかったじゃん?」
「……うん」
「だからオレ、ビデオ撮るのはじめたんだよね。はじめはとにかく美咲だけアップで撮ってたけど、そのうち、どうやったらお母さんとじいちゃんに楽しんでもらえるビデオが撮れるかって考えるようになって、で、映像の世界にはまって、映画部入って。で、彼女にも出会えた」
「健人……」

 健人が撮ってきてくれるビデオは私と義父の楽しみだった。最後に義父と見たビデオも、ドキュメンタリー番組のVTRのようで感心したのだ。義父も喜んで何度も見ていた。
 ほんの数か月前のことなのに、ずいぶん前のことのような気がしてしまう。

 ナビが目的地が近いことをアナウンスしている。

「お母さん、30分以上早いけど、誕生日おめでとう」

 ボソッと健人が言うのと同時に、私の携帯がなった。メールだ。
「日またぐとき一緒にいられなくてごめん。今、メール送った。誕生日プレゼント」
「え」
 健人から誕生日プレゼントなんて何年振りだろう。

「オレさ、あかね先生のこと調べたことで、お母さんの若い頃のことも分かってきて……。なんか、当たり前なんだけど、お母さんにもオレくらいの歳の時があったんだよなーってビックリしちゃってさ。色々考えさせられた」
「…………」

 分かる気がする。自分の親ははじめから自分の親でしかない気がしてしまうが、親にも青春時代があったのだ。 
 健人がキョロキョロと先輩のマンションを探しながら言う。

「で、あかね先生のこと、嫌いで別れたんじゃないならヨリ戻せば?とか思ったんだけど」
「……………」

 健人って、そういうのに理解ある子なんだ? それとも今時の子はそんなもんなの?

「オレ、あかね先生なら応援するよ?」
「……なんで?」
「うーーん。こう言うのも何なんだけど……。お父さんのことは大嫌いだけど、お母さんがお父さん以外の男とどうこうなるのは抵抗あるというか……。でもあかね先生ならありかなーと。女性だし。美人だし。何より元カノだし」
「………………」

 分かるような分からないようなご意見です…。

「あー、そこそこ。そこの茶色いマンション」
「分かった。……健人、お菓子と飲み物、後部座席のビニール袋の中。持っていって」
「おっサンキュー」
「本当はお酒がいいんだろうけど、未成年に持たせるわけにはいかないから」
「スナック系としょっぱい系と甘い系と酒のつまみと炭酸……さすがお母さん。気が利く~~」

 調子よく言いながら健人が降りていく。

「じゃ、夜には帰るから」
「ん。先輩のご迷惑にならないようにね」

 すっかり昔の明るい健人に戻った感じ。
 いや、違う。戻った、のではなく、あの家にいると鬱屈して無口で暗くなるということなんではないだろうか。

 中島先輩がわざわざマンションの玄関まで迎えにきてくれていた。私に向かって頭を下げている青年に頭を下げ返してから、車を発進させる。


 夜の道はどこも空いていた。
 家に帰りたくなくて、適当に走っていたつもりだったけれど……

「やだ。私………」

 思わずつぶやく。無意識に道を選んでいたらしい。
 新しい建物、新しい道路ができていて、違うところはたくさんあるのに、人間の脳は便利にできていて「懐かしい」と感じられる。……あかねが住んでいた町だ。
 19年前は免許も車も持っていなかったので、駅から歩いてきていた。徒歩15分ほどのところにある白い壁の5階建てのマンション。今もあるのだろうか。
 鼓動が早くなる。ゆっくりと徐行しながら住宅街を進んでいくと…

「あった……」

 驚いた。19年前と変わらない佇まいの白いマンション。公園までちゃんとある。遊具は当時より新しくピカピカになっている。いつも座っていたベンチも当時よりもきれいだ。
 せっかくなので、車を公園の脇にとめて降りてみる。砂利の音が懐かしい。

 いつものベンチに座って、マンションを見上げる。あかねが住んでいた部屋は電気が消えている。

『住む場所も変えない。電話番号も変えない。いつでも私のところに帰ってきて』

 あかねの言葉を思い出す。あれから19年。あっという間だ。あかねももうここには住んでいないだろう。

 せっかくなので、健人が送ってくれたメールを開いてみる。
「………これ」
 添付されていた画像を見て、息を飲む。

 写真は3枚あった。

 一枚は、先ほども見せてもらったK大演劇部の集合写真。
 一枚は、氷の姫のラストシーンのあかねの姿。美しい。私の愛したあかね。

 そしてもう一枚は……私だった。皆で衣装を作っているところだ。大きな布の裁断をしている。

「私……こんな顔してたんだ」
 真剣な横顔。写っているメンバーもそれぞれ真剣に手元を見ている。

「楽しそう……」
 充実した日々。
 今の私には、ない。

「………いいな」
 戻りたい。あのころに戻りたい。

『お母さんの意思とか希望とか、そういうのないの? お母さんの人生ってなんなの?』
 ふと、脳内によみがえる、健人の言葉。
『ちょっとは自分の気持ち大事にしたら?』

「………あかね」
 無性にあかねに会いたくなった。
 あの瞳に、あの腕に、あの声に、会いたい。

「……でも」
 指先を見つめる。
 昨晩、夫に口づけられてしまった指。汚れてしまった指。
 私は変わった。変わってしまった。19年前とは違う。

「………あかね」
 会いたいけど、もう会えない。
 でも会いたい。会いたい。

「会いたいよ……」

 上を向き、こぼれそうになった涙を目に戻そうとした、その時。

「お待たせ。綾さん」
「!」

 後ろからフワリと抱きしめられた。耳元で優しい声がする。

「お誕生日おめでとう。ケーキ買ってきたよ?」
「…………」

 どうして……

 言葉にならない。涙が止まらない。
 あかねの腕に顔を埋めたまま、私は静かに泣いた。



-------------------------


会えて良かったね。綾さん。

しかし…ここまで長かった……。もー前回から健人喋りすぎ。
本当は前回ここまで書きたかったのに健人が喋りすぎるせいで2回に分かれちゃったし。

とりあえず、ポイント地点だった公園のシーンまでたどり着いてよかった。

次、ラブシーンをどこまで書くか考え中…(←私の頭の中、そんなことばっかり)


綾さんの外見モデルは、国仲涼子さんです。(だから綾さんの旧姓を国中にしたの)
あかねに関しては20年以上前から自分の中にキャラとしていたので、モデルとなる人はいなかったのですが、「自由への道」を書くにあたり、色々考えて、演じてもらうなら、杏さんがいいなーと思ってました。なので、身長も当初は172cmでしたが、杏さんが174cmということなので174cmまで伸びてもらいました。

そんな二人が今、偶然にも月9で共演中。月9を違った意味でニヤニヤしながら見てます私。

そんなこんなでまた来週。


コメント (7)
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(GL小説)風のゆくえには~光彩3-3

2015年03月09日 11時00分31秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 気分は最悪だった。
 夫は行為が終わると満足したように自分の部屋に戻っていった。私はそれからすぐに、シーツもベッドカバーも、夫が触れたもの全部を洗濯機にぶちこんで、お風呂で体を洗い続けた。洗っても洗っても自分が汚れている気がする。眠らないまま、朝を迎えた。

「今日、おばあちゃんとレディースプランに行ってくるね~」
 美咲が朝から明るく言う。取引会社から招待券をもらえるらしく、時々義母と美咲は二人でホテルに宿泊することがある。義母は早朝会議があるとかで朝早く出社していったためもういない。

「明日の夜、ママの誕生日祝いしようね? パパも明日の夜はいるでしょ?」
「ああ、明日、ママの誕生日だったな。綾、何が欲しい?」
「……………」
 妙に機嫌のよい夫が腹立だしい。今、口を開いたら余計なことを言ってしまいそうなので、無言で首を横に振る。

「新しいミシンは? ママが使ってるのすごく古いし」
「ミシン? そんなもんでいいのか?」

 私を置いて、美咲と夫が勝手に話している。

「だってママはチクチクお裁縫してれば幸せなんだもん。あとはお料理? ホント、専業主婦になるために生まれてきた感じだよね、ママって」
「そのおかげで、美咲もパパも安心して仕事したり学校いったりできてるんだろ」

 夫は立ち上がり、コーヒーを飲みほすと、美咲の頭をポンポンとたたいた。

「もう時間だぞ? 駅まで車乗っていくんだろ?」
「行く行く! ちょっと待ってて! ごちそうさまでした!」

 美咲がすっ飛んで行く。夫も笑いながらダイニングを出ていく。

 たぶん、客観的にこの場面だけを見たら、幸せな家族なんだと思う。
 確かに、夫はこちらの家族も大事にしてくれている。

「明日、お母さんの誕生日なのに、夜まで帰ってこないつもりなんだな、あの人」
 ボソッと健人がいう。
 美咲のように割り切ってしまえばいいのに。健人も。そして私も。


 家人が皆、それぞれ出かけて、一人残されたあとのこのうちは、耳が痛くなるほどシーンとしている。大きな家だからなおさらだ。
 義父がいなくなってもうすぐ4か月になるのに、いまだに慣れない。
 義父の遺品の整理ももうすぐ終わりそうだ。本当に義父とのお別れがきてしまう気がしてさみしくなる。


 昨日と同じようにあかねから電話があった。でも取らなかった。

 4日間、あかねからの電話に浮かれていた。だから罰が当たったのだ。
 私は結婚している。例え、夫に他の家庭があろうとも、私は夫に隷属している。逆らえない。

 だから、あかねにはもう会わない。
 なにより……汚れている私を、あかねに見せたくない。

 あかねには、午後過ぎにこちらから電話をした。美咲が「5時間目にあかね先生の授業がある」と言っていたので、その時間にかけた。目論見通り、留守電に切り替わった。

「もう、電話かけてこないで」

 それだけいって、切った。
 その後、もう一度あかねから電話があったが、取らなかった。


 夕方、健人が大学から帰ってきた。
 義母と美咲はホテルにお泊りだし、夫もあちらの家の日なので、今晩は健人と二人きりだ。

「………氷の姫」
「え」

 夕飯が終わりかけたころ、健人が突然、ポツリと言った。氷の姫……それは、あかねの一年時の定期公演の役名。

「一之瀬あかね先生って、大学の時は木村って名字だったんだろ?」
「え」

 あまりに突然のことで、え、しか言えない。

「お母さんとあかね先生って付き合ってたんだって?」
「…………え?」

 完全に固まってしまった私の目の前に、健人が携帯の画面をつきつけた。

「これ、K大の演劇サークルの写真。ここに写ってるのお母さんとあかね先生だよな?」
「………………」

 定期公演の後でスタッフ含め全員で撮った集合写真だ。健人が携帯を操作して、あかねと私をそれぞれアップにする。現像した写真を何かで取り込んだのだろう。ぼやけているがなんとか本人だと分かる。懐かしい20年前の私達。

「先週の運動会の時、写真撮ったあとに2人で喋ってたじゃん? その時の雰囲気が、ただの担任と保護者じゃない感じだったからさ~。ちょっと調べたんだよ」
「…………」

 あれだけでそう思うなんて、鋭すぎる…。

「あかね先生がK大出身っていうのはすぐに分かったから、そこから色々、ネットの人脈使ってさ。あかね先生ってすごい人気あったんだってな? 姫、とか言って」
「……………」
「特に3年生になってからは、めちゃめちゃ女とっかえひっかえしてて、あちこちでもめてたって有名だったんだって。すげえよな、女なのに。まあ、あんだけ美人だしな……」
「……………」

 あかね……何やってるのよ、まったく………。

「そこまで女遊びがひどくなったのは、2年生の時に付き合ってた他学の先輩に振られたかららしい、という情報までゲット」
「……………。それ、誰が言ってるの?」
「んーと……、この人」

 見せられたのはフェイスブックの写真。見たことある顔……。

「田島愛美、だって」
「ああ、愛美ちゃん……」

 この顔で愛美といえば、スタッフの一人だったあかねと同じ歳の子だ。あかねのファンだった。確か名字は田島ではなかったと思うけど。

「お母さんが舞台の上にいるとこなんて想像できないけど」
「…………。私は衣装担当だから舞台には上がってないの」
「ああ、そうなんだ。一緒に作ったりするんじゃなくて、衣装担当っていうのが別にあるんだ。ふーん。本格的だな」

 携帯を手元に戻し、くるくると指で画面をめくっていた健人。ふと手をとめ、こちらを見返した。

「で、その愛美さんが言ってる。その先輩の名前は『綾さん』だってさ。お母さんのことだろ?」
「………………違うわ」

 声が震える。健人がフッと鼻で笑った。

「お母さん、ウソつくの下手。バレバレ」
「……………」

 健人がどう思っているのかが掴めない。何を言ったらいいのかわからなくて黙っていると、

「お母さんって、人身御供、だったんだろ?」
「人身……御供?」

 健人は携帯をいじりながら言葉を続ける。
「何年前だったっけ、国中のひいおじいちゃんの葬式に、おれと美咲で行ったじゃん」
 3年半前の私の祖父のお葬式のことだ。私は義父から離れられなくて行けなかった。

「その時に、おじいちゃんの姉ちゃんとかいうバアさんに言われたんだよ。自分の祖父の葬式にもこられないなんて、かわいそうに。でもあんたたちのお母さんは人身御供だからしょうがないねって」
「………」

 父の姉…あのウワサ好きお喋り好きの伯母のことか…余計なことを。

「バアさん言ってたよ。お母さんは当時恋人もいたのに、会社のために人身御供に出されたんだって」
「……………」
「その当時の恋人っていうの、あかね先生のこと?」
「……………」
「親の会社のために別れて、お父さんと結婚したんだろ?」
「…………違うわ」

 再度否定すると、健人はムッとした瞳でこちらを見かえした。

「ウソつくなよ。バレバレなんだよ、だから……」
「あかねのことは本当。認める。さっきは違うっていってごめんなさい」

 強い口調で遮ると、健人はビックリしたように押し黙った。
 考えてみたら、健人とこんなに長い時間話すのはすごく久しぶりだ。

「でも、人身御供っていうのは違う。それにそのためにあかねと別れたっていうのも違う」
「………じゃあ、なんで別れたんだよ?」
「それは………」

 一度目をつむり、大きく息をつく。

「今でこそ同性愛も認められてきたけどね。それでも色々な偏見とか差別とかあるし、19年前は更にまだ公にできる話ではなかったの。だから、あかねとの将来、なんて考えられなかった。この関係も学生のうちのものだと分かってた。だから4年の冬の時点で、もう別れないとって思った」

 4年生のクリスマスイブの朝を思い出す。
 目覚ましをとめて、あかねの寝顔をずっと見ていた。大好きなあかね。
 このままずっと一緒にいたい。離れたくない。一生そばにいたい。

 そこに突然電話がなって……その音で我に返ったのだ。
 そんなこと、無理に決まってるじゃない、と。

 そもそも、あかねは誰のものにもならない。
 そして法的にも認められない。私はきっと耐えられなくなる。

「そんなときに、お父さんを紹介されたの。お父さんはかっこよくて優しくて、この人とだったら素敵な家庭が作れるって思った。だから結婚したの」
「…………」
「おかげで健人と美咲に出会えた。お父さんには感謝してる」
 勘違いされては困る。自分たちが望まれて生まれたということを知っていてほしい。

「………ふーん」
 健人が再び携帯に視線を落とした。でも、携帯を見ていないことは明白。

「じゃあ、わりと美咲が言ったことも的を射てるんだな」
「え?」
「美咲、そのバアさんに言ったんだよ。『パパみたいな優しくてかっこよくてお金持ちの人と結婚できて、三食昼寝付の専業主婦になれるなら、美咲も人身御供になりたーい』ってさ。国中のおばあちゃん大喜びしてたよ。美咲はいい子ね~って小遣い余計に渡してた」
「…………」

 美咲が天真爛漫に言う姿が想像できる。そして、小学生の美咲にやりこめられて目を白黒させている伯母と勝ち誇った母の姿も。辟易する。伯母と母は昔から仲が悪かった。

「三食昼寝付、だってさ。美咲は知らなかったからな。お母さんが大変なとこ見せないようにしてたから」

 ふいに、健人が口調をあらためた。視線は携帯のままだ。何を言いだすんだろう。

「日本に住むようになってからずっと、じいちゃんの世話、お母さん一人でしてたよな」
「それは……」
「ご飯も時間かけて全部食べさせてやって、オムツの交換もして。夜中も体の位置変えてやるためにちょくちょく起きてただろ? お母さん、小っちぇえのによくあんなでかいじいちゃんのこと動かせるよなっていつも思ってた」
「………」
「それに、じいちゃんがウンコ食べちゃったり、部屋中に投げちゃったりした時も、お母さん、全部一人で片づけてた」
「!」

 健人、知って……

「ごめん、オレ、知ってたのに手伝わなかった。気づいてないふりしてた」
「…………」
「ばあちゃんもお父さんも、知ってたくせに知らないふりしてた。お母さん一人に押しつけてずるいって思ったけど、でもオレも何もしなかったから同罪」
「健人、それは……」
「大変だっただろ? 嫌じゃなかったの?」
「……………」

 大変じゃなかった、といえばウソになる。でも、大変なだけではない。私を100%頼ってくれる義父の存在は私の存在意義だと思えた。美咲はすっかりおばあちゃん子だし、健人は口をきいてくれないし、夫はよそに家庭を作るし。義父だけが私を求めてくれた。

「………オムツかえだって、ご飯食べさせるのだって、健人のも美咲のもやってきたの。三人目だから慣れっこよ」
 言うと、健人はちょっと笑った。

「ずいぶんでかい三人目だな」
「……そうね」

 私もつられて笑ってしまう。
 ストーンと寂しさがよみがってくる。義父はもういないのだ……。

「お母さんさあ、もういいんじゃねえの?」
「何が?」
「もう、この家に縛られてることないだろ。出てっちゃえば?」
「…………」
「よそに子供作る男なんて最低じゃん。普通、慰謝料がっぽりもらって離婚するよ」

 健人。どうしたんだろう。二ヶ月ほど前から、やけにそういうことを言うようになった。滅多に話さないくせに、口を開くと「離婚すれば?」だ。
 私はいつもと同じように首を横に振る。

「健人と美咲を置いて出ていくことなんてできない」
「そうやって」

 いきなり指をさされた。健人の目が強い非難の色を帯びている。

「そうやって人のせいにしてばっかりだよな。お母さんって。あかね先生とは世間に認めてもらえないから別れて? 親がすすめる結婚をして? 旦那がよその女に子供産ませても、じいちゃんの介護があるから離婚しないで? じいちゃん死んだら今度はオレと美咲のせい?」
「…………」
「お母さんの意思とか希望とか、そういうのないの? お母さんの人生ってなんなの?」

 何も……言えない。

「ちょっとは自分の気持ち大事にしたら?」
「……………」

 ごちそうさま、と健人が立ち上がった。
 取り残された私は、空になったお皿をジッと見つめていた。



----------------------------


土曜日にアップした、慶と浩介の能天気な「R18・試行錯誤」から一転、
綾さんとあかねの真面目な話の続きです。

自分の中で、一話5000文字以内、と思っているのですが、また5000字超えてしまいました。
なので、本当はもう少し話を進めてから切りたかったけど、ここで切ることにした。

上に書いた、クリスマスイブの朝の電話、は、風のゆくえには~自由への道5-6の浩介からの電話の話でした。
まあ、この電話の音がなくても、遅かれ早かれ気が付いたことだろうけどね。
でもなんか、パッとひらめくキッカケみたいなものってあるじゃないですか。吹っ切れる瞬間、とか。

あ、あと、健人は「けんと」です。「たけひと」ではありません。
それから、作中の現在は、2014年6月でございます。

次、12日(木)に更新します。
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(BL小説)風のゆくえには~R18・試行錯誤

2015年03月07日 23時27分36秒 | BL小説・風のゆくえには~ R18・読切

単なるやおいです。やまなし・おちなし・いみなしです。自己満足です。
BLのR18です。大丈夫な方だけどうぞ。


基本情報。

渋谷慶:浪人1年目。身長164cm。中性的で美しい容姿だけど性格は男らしい。
桜井浩介:大学1年。身長177cm。見た目ごくごく普通。優しそう。


前に、「風のゆくえには~影日向」というので、慶の妹・南ちゃんの視点で「どっちが受けか」とか潤滑油とかの話書いたのですが、そこらへんの続き的な?
これから書く話は、卒業後5回目くらい……
なんとなく分かってきて、あれこれ試したくなる感じ? でもまだ遠慮がある、みたいな?
書きやすい慶視点でいきまーす。


---------------


「風のゆくえには~R18・試行錯誤」



 風呂上がりに部屋でストレッチをしていたら、妹の南が顔をのぞかせ、

「うわーーーーーーーホント体柔らかいよね、お兄ちゃん」
と、ニヤニヤと言った。

 ……なぜ、ニヤニヤしている……。

「それ、今でも毎日してるの?」
「まあ……よっぽど何かないかぎりは……」

 小学校の時にミニバスのチームに入って以来かれこれ10年、バスケを辞めた今でもストレッチをするのが日課になっていて、歯磨きしたり風呂に入ったりするのと同じで、しないとなんだか落ち着かない。

「あれできる?あれ。股開き。床までつく?」
「あー……たぶん」

 普段はやらないけど、やってみる。普通についた。昔はもっとすんなりできた気がするが、まあ合格点だろう。

「へえええええ……すごいねえ……」

 引き続きニヤニヤしている南……。
 なんなんだいったい……。

「なんなんだよ?」
「いや、別に……。おやすみ~~」

 ニヤニヤしながら手を振っていってしまった。
 我が妹ながら、いつも、本当に、意味の分からない奴だ。


***


「うわーーーーーーーホント体柔らかいよね、慶」
「…………………」

 既視感。デジャブ。つい最近まったく同じセリフを聞いた……。

「慶?」
「いや………」

 一瞬、南の顔が浮かんで、萎えそうになり、慌てて速攻で頭から追い払う。

「ホントにつらくないの? この姿勢」
 足を押し広げられ、胸の横に膝がある状態で、浩介の唇が太ももの内側を這ってくる。刺激されるたび、ビクッと体が反応してしまう。

「おれ、絶対無理だよ。10秒もたない」
「全然平気」

 そんなことより……

「そんなことより、じらされてるほうがつらい」
「んんん?」
「だーかーらー」

 ガシッと両足で浩介の腰を抱え込む。

「さっさと入れろっつってんだよ」
「そんなムードも何もない……」
「うるせーよ」
「もう………」

 浩介が枕元に置いておいた容器を取り出す。透明のジェル状のもの。どこで手に入れたのか聞いても教えてくれない。でも、たぶん……南のような気がする。

「なあ…それナシでしてみねえ?」
「え」

 浩介の手が止まる。

「もう何回もしてるから、大丈夫じゃね?」
「でも……」
「いいから」
「んー……」
 浩介の唇が耳元に落ちてきた。首に食いつく。

「こうす……っ」
 言いかけて、息を止めた。下半身に刺激がはしったのだ。

「お前……何を…っ」
 浩介の指がぐりっとねじ込まれた。今までそんなに奥まで指を入れたことはない。

「こう……っ」
「今、2本なんだけど、痛くない?」
「う、動かすな……っ」

 いつもと違う中での動きに動揺する。指の先が中で曲がるたびにビクッとなる。今まで経験したことがない刺激。

「いくらなんでもおれ、2本以上の大きさはあるよねえ?」
「し……知るかっ」
「知ってるでしょ?」

 浩介が目を細める。時々…本当に時々、浩介はこういう顔をする。いつもは優しいだけの男なのに、ふっと攻撃性というかSっ気というか、そういうのが顔をだすときがある。その顔にメチャメチャドキドキしてしまうということは内緒にしておきたいっ。

「……入れてもいい?」
「…………」
 浩介の別人のような声に、おれはこっくりと肯いた。


 …………結論。
 ジェルをつけたほうが気持ちいい。
 でも、つけない方がはじめは痛いけれど、しばらくすると大丈夫(たぶん浩介の先走りで馴染んでくる)で、一体感も増す気がする。


「どっちも捨てがたいけど、やっぱりつけた方がいい気がする」
 風呂にお湯をためながら、浩介が言う。

「だってやっぱり慶が痛そうなの嫌だもん」
「そうか?」

 シャワーで流しながら答える。そんなに痛そうにしているつもりはないんだけれど……。

「あと1時間くらいあるよね?」
「んーそうだな。入ったの7時くらいだったよな」

 ここは都内のラブホテル。
 男同士で入るなんて止められるんじゃないかと初めのうちは緊張したけれど、そんなことはなかった。というか、ここのホテルは誰にも会わないで部屋まで行けてしまうので、咎められようもない。出るときも、部屋の入り口にある自動販売機みたいな機械にお金を入れるだけ。便利な世の中だ……。

「ここ、ジェットバスついてる。おもしろそうだよ」
「へえ…。あ、泡風呂にできるって。………あ、でも、風呂ためる前にこの入浴剤入れるんだったみたいだな」
「え! 手遅れ?! もう3分の1くらいたまっちゃってるよっ」
「いや、要は、上からの水圧で泡になるってことだから今からでも大丈夫じゃないか?」

 とりあえずその入浴剤を風呂の水の出てくるあたりに入れてみる。うーん。あまり泡立ってこない……。 

「上からシャワーかけてみるとか……」
「そうだな……」

 水圧強にして入浴剤の上からシャワーをかけてみる。

「あ、泡立ってきた」
「よしよし。いいぞいいぞ」

 泡がブクブクと形作られていく。
 浴槽の横に並んでしゃがんでそれを見ていたら、なんだかおかしくなってきた。
 男2人、素っ裸で泡風呂作って喜んで……いったい何してんだおれ達……。

「なに笑ってるの?」
「いや………平和だな、と思って」

 おれは今、浪人生だけれども、このぐらいの息抜き、神様も許してくれる……と信じたい。

「んじゃ、もう一回する?」
「ばーか。しねえよ」
「えーしようよー」
「これ以上したら体裂ける。足腰立たなくなる」

 若干本気で答えると、浩介がシュンとなった。

「ごめん……」
「あ、いや、別にそういうことじゃなくて……。あ、風呂もういいんじゃね? 入るか」

 なんとなく気まずい雰囲気になって、先に湯船につかる。無言になってしまう。
 するとあとから入ってきた浩介が、おれを足で挟んで、後ろからぎゅっと抱きしめてきた。

 そして、耳に唇があたるくらいの近さでつぶやくようにいった。

「じゃ、抜くだけならいい?」
「………………は?」

 何言ってんだ……と振り返って言いかけたところを、唇でふさがた。
 浩介の手がおれのものにのびてきて、お湯の中でゆっくりとしごきはじめる。

「ちょっ浩介っ、さっきいったばっかだっつーのっ」
「うん。でももう……」

 耳からうなじまで唇がおりてくる。ゾクゾクする。でも、理性が勝った。

「ちょっと待てって。ここで出たらせっかくできた泡風呂から出ないといけなくなるだろっ」
「んーーじゃ、慶、ここ座って」
「え?」

 風呂の縁をトントンとたたく浩介。

「なんで?」
「いいから」

 意味が分からないけれど、言われたまま腰をかけると、

「こ………っ」
 浩介がぱくっとおれのものを口に含んだ。舌が絡まってくる。

「ちょ、待……っ」
 これ、どうしても慣れない。3回目くらいだけど、どうにもこうにも……

「やめ……っ」
「ダメ?」

 浩介が上目遣いでこちらを見る。

「ダメっていうか、恥ずかし……」
「おれ、結構好き」
「な……っ」

 屈託のない笑顔に赤面する。何を言うんだこいつはっ。

「それに、慶の困った顔みるのも好き」
「なんだよそれ……っ」
 ツーッと指で内股をなでられ、腰があがる。

「だって、かわいいし」
「こ……っ」
 ゆっくりと味わうような舌先。絞られるように吸いつかれる。丁寧な愛撫。

「こう……っ」
 やめさせようと頭に手を置いたが、無駄な抵抗だった。とてつもない快感に思考が止まってしまう。
 ああ、でもダメだ。このままだと……

「待てって。ホントにいっちまうから……」
「うん。いってよ?」
 浩介は止めようとしない。

「だからダメだって」
「なんで? おれ、いってほしい」
「だーかーらー」
 無理やりに、浩介を引き剥がす。浩介が不満丸出しでムッとしている。

「なんで、慶……」
「だから、いくなら、お前としながらがいいから」

 言うと、浩介はひるんだように口を引き結び、

「………………慶。だって」
 泣きそうな顔になった。……なぜ、泣く?

「だって……」
「あー体冷えてきた。中入る」

 えいっと浩介も湯船の中に座らせて、その股のあいだに後ろ向きに座り、もたれかかる。

「あー泡消えてきたなー。……おっ、こうすると復活する」
 水面をバシャバシャとたたくと、また泡が出はじめた。

 浩介がそろそろと後ろから腕をのばしてきて、おれの腰のあたりにぎゅっと抱きついた。

「慶……ごめんね」
「なにが」

 どうせこいつ、ろくでもないこと考えてるんだろうなあと思いながら水面を叩き続ける。ちょっとずつ泡が復活してくる。

「なにがごめんだよ?」
「だって、おればっかり気持ちよくなってる」
「…………………へ?」

 意味が分からない浩介のセリフに手が止まる。

「なにいってんのお前?」
「だってさ、結局、その………慶が受っていうの? 慶ばっかりがそうなるようになっちゃったじゃん? それで慶ばっかり痛い思いしてて、おれは気持ちいいだけで……」
「………………」

 やっぱり、ろくでもないこと考えてたな……。

「だからせめて、おれがって思ったのに……あ、いや、ホントに慶のするの好きだけど、それだけじゃなくて……」
「……………」
「それなのに慶、おれとしながらがいい、なんて……無理させちゃってるよなあ……と思って……」
「…………めんどくせえ奴だなあ」

 思わず本音がボロッとでると、浩介がガックリとお湯に顔をつっこんだ。ブクブクいってる……。

「こら、浩介。顔あげろ。死ぬぞ」
 向い合わせに座り直して、頭をぐりぐりとなでると、ようやく水面から顔をだした。が、まだ下を向いたままだ。

 浩介は、普段は能天気で明るいんだけど、時々スイッチがはいると、妙に自己評価が低くなり、後ろ向きな考えに囚われてしまう。今もスイッチが入ってしまったようだ。切ってやらないと……。

「なんかお前、勘違いしてるぞ?」
「勘違い?」

 コツンとおでことおでこをくっつける。

「おれ、気持ちいいよ? お前とするの」
「でもさ、痛いでしょ?」
「だーかーらー」

 ぐしゃぐしゃぐしゃと髪の毛をかきまぜてやる。浩介はされるがままに頭をフラフラさせている。

「正直、初めのころは痛かったし、違和感しかなかったけどな」

 実際、高2の終わりの時も卒業前の時も痛くてできなくて……。
 で、浩介が大学生になってホテルを使うようになってから、色々試してみて、おれがされるほうがスムーズに事が進むこともわかった。それについておれに不満はなかったんだけど、浩介はやたらと気にしている。
 しょうがないので、まだ落ち込んでいる浩介に、正直なところを話すことにする。恥ずかしいから本当は言いたくないんだけど……。

「こないだの……前、くらいからかなあ。なんか…当たるようになってきたんだよ」
「当たる?」
「あー………うん」

 言ってて、本当に恥ずかしくなってきた。おれ今絶対顔赤い。

「当たるって?」
「だから………なんかすっげー気持ちいいとこがあんだよ」
「……………………」

 ゆっくりと浩介の顔があがってくる。でも、疑うような目つきをしている。

「ホントに……?」
「ウソついてどうすんだよ。それに入れるだけでも気持ちいい時あるぞ?」
「今まで、おれに気つかってとかじゃなくて、入れてもいいって思ってくれてた?」
「なんでお前に気つかわなくちゃなんねーんだよ。入れたいから入れろって言ってるに決まってんだろ」
「………慶」

 ぎゅっと抱き寄せられた。ぎゅーぎゅーぎゅーと力強く抱きしめられる。

「……なんか、固いもん当たってんだけど」
「だって、そんなこと言われたら……」
「ホントに今日はもうしねえからな?」

 念を押すと、浩介はちぇっと頬をふくらませてから、

「あ、じゃあ、ジェットバス、やってみようよ」
「おー、このボタン、かな」

 ジェットバス、とかかれたボタンを押してみたら、本当に浴槽の両側から勢いよくお湯が噴き出してきた。

「わーおもしろーい」
「肩こりに効きそうだなこれ」
「あ、泡復活してきた!」

 二人で水圧に当たりながら笑い合う。

「あー二人で温泉とか行きたいなー」
「ジジイかお前は」
「なんでーいいじゃん温泉」
「とりあえず受験終わってからだな。……あーーー」

 自分で言った「受験」の一言で現実に引き戻される……。
 タイミング良く、ジェットバスが止まった。
 シンッとした中、浩介が真面目な顔で問いかけてくる。

「こないだの模試どうだった?」
「まあまあ……。あ、それで、英語で教えてほしいとこがあるんだった」
「うん。じゃ、もうあがろっか」
「いやいやいやいや」

 立ち上がろうとした浩介の手をひっぱり、引き寄せる。

「なにが面白くて、せっかく人の目気にしないで二人でいられるってのに勉強なんかすんだよ。帰りの電車の中でいいよ」
「そう?」

 えへ、と浩介が嬉しそうに笑う。かわいいなあと思う。

「せっかくなんだから、時間いっぱいまで遊ぼーぜ」
「うん!」

 即座に強く抱きしめられる。

「慶、大好き!」
「………だから、今日はもうしないからな」
「まあまあまあ」
「まあまあ、じゃない! 変なとこ触んなっ」
「えー、さっきの続きさせてよー」
「しねえよ」
「するする」
「だから……」

 ここのホテルの基本時間は3時間。
 弁当買って持ち込んで、夕飯食べて、それから諸々……あっという間だ。

「早く一緒に暮らしたいなー」
 ため息まじりに浩介が言う。
 そんな夢みたいな日、いつかくるのかな……。
 そのためには、頑張って勉強しないといけないんだけど、今、この時間だけは、見逃してもらいたい。

「浩介……」
 大好きなその瞳にその頬にその耳にキスをする。
 いつまでも一緒にいられますように。いつからかはずっとずっと一緒にいられますように、と願いながら。




---------------------



当初の予定では仲良くお風呂入って終わり、のはずなのに、なにしてくれちゃってんの?二人とも?
勝手に動かれたため、書きたかったシーンが一つ飛んでしまいましたわ。
いや、単なる体位の話なんですけどね……そのうち書こう。(←私の頭の中、基本こんなことばっか)


その他の今回書きたかった話。

・南ちゃんの「柔らか~い」と浩介の「柔らか~い」のデジャブ。
・浴槽の横に二人で並んでしゃがんで、泡がでるの見てるところ。
・慶が受で本人納得しているって話。

でした。
私に絵心があれば、挿絵で、浴槽の横に並んでしゃがんでる二人の後ろ姿、を描きたいとこなんだけどなあ。

体位の話はまた今度にしときます。7000字超えちゃったし……。長くてすみません。
もうねえ、ずーっとダラダラ書いちゃうんですよね。この二人。単なる日常会話だし。


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(GL小説)風のゆくえには~光彩3-2

2015年03月05日 13時13分43秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 油断していた、というのも変な話なんだけれども、自分の機嫌の良さをバレないようにしなくては、という意識が欠けていた、と言える。

「ずいぶん機嫌がいいんだな」
「?! ……痛っ」

 突然の夫の声に驚き、針で指を差してしまった。
 裁縫をしながら、昔のことに意識を飛ばして鼻歌まで歌っていたために、部屋のドアが開いたことにまったく気が付けなかった。
 ティッシュで止血しながら、夫を見上げる。

「何? お腹でも空いた?」
「いや……」

 ぱたんと後ろ手にドアを閉める夫。……嫌な予感がする。夫が私の部屋に入るなんていつ以来だろう。

「お前……男でもできたのか?」
「……………」

 見下ろしてくる夫の目……蛇が獲物を狙うときの執拗さ、みたいな……ぞっとする。
 夫は普段は明るい人だが、時折、家ではこういう陰湿な目をする時がある。

「……そんなものいないわ」
「じゃあ、なんで機嫌がいいんだ?」

 たいして家にいないくせに、そういうことには気がつくらしい。


 確かに最近の私は機嫌がいい、というのを否定できない。
 運動会の翌々日の月曜日。突然、携帯に電話がかかってきたのだ。あかねから。

「なんで携帯の番号知ってるの!?」
 驚いた私に、

「4月のはじめに提出した緊急連絡先に<母・携帯>書いたでしょ?」
 あかねがへらへら~っという。

「役得よね~?」
「それを言うなら職権乱用!」

 速攻でツッコミをいれてから、吹き出してしまった。
 それ以来、今日までの4日連続で日中に電話がかかってきている。
 空き時間に演劇部の部室にこもってかけているらしい。「顧問やっててよかった~」なんて言ってる。ホント、職権乱用だ。

 ほんの数分のことだけれど、昔と同じように話せることが嬉しい。それでついつい機嫌も良くなっていたのだけれども……。


 夫から目をそらし、ティッシュでぎゅっと指を押さえる。

「別に、機嫌なんてよくないわ」
「………それに」

 ぐいっとあごをつかまれ上を向かされた。

「妙に色っぽい」
「……………」
「男だろ?」

 ああ……バカバカしい。バカじゃないの? バカでしょ? 知ってる。バカなのよね。

 夫を押しのけ、立ち上がる。夫がカッとしたように、私の手をつかんだ。

「どこにいく?!」
「絆創膏を取りに。血が止まらないから」
「……血?」

 夫につかまれた手の人差し指から、血のしずくがふくれでる。思っていたよりも深く突き刺してしまったらしい。

「ああ……本当だな」
「!! ちょ……っ」

 ぞっと背筋に寒気が走った。あろうことか、その血の出た指を夫が咥えたのだ。

(あかね……っ)
 あかねがいつもしてくれる指先へのキス。

『綾さんの手は魔法の手』
 はじめはうやうやしく、遠慮深そうに。それから味わうように爪の先を舌で優しく……

「綾……」
 夫の声。違う。違う。違う。この人は、違う! 嫌だ!

「離してっ」
 気がついたら、夫を突き飛ばしていた。

「お前……っ」
「!」

 激昂した夫に、ベッドに押し倒された。両肩を強く押さえつけられる。

「何す……っ」
「何するって、夫婦なんだから当然のことだろ」
「…………っ」

 シャツを捲し上げられる。

「その男とはもうやったのか? ええ?」
「だから……っ」

 胸を這ってくる夫をどかそうとした手を、軽々と掴まれる。力ではかなわない。どうやってもかなわない。悔しくて涙が出てくる。

「男なんていない……っ」
「だったら、なんで……」
「だいたい、いたとしたって、あなたに責められる筋合いはないでしょ!」

 ピタッと動きが止まった。
 ゆっくりと、夫の顔がこちらに向けられる。

「どういう意味だ……?」

 夫の眉間にしわが寄っている。
 私は子供に言い聞かせるように夫に言う。

「どういう意味もなにもないでしょう? あなた3年前に言ったわよね? 自分は別に家庭を作る。だからお前も浮気でもなんでも好きにしろって」

 3年前、夫の浮気相手に子供が産まれた。夫はその子を認知し、二つの家庭をもつことにした。それ以来、一日置きに帰ってくるようになった夫。

「………だから、男を作ったのか?」
「……作ってません」

 身を起こし、衣類を整えようとしたところ、再度夫が手を伸ばしてきた。

「だから……っ」
「お前は一つ忘れている。確かにオレは好きにしろといった。でも、それは、今ある家庭を壊さないで、という条件付きでだ」
「………」

 自分は壊しておいて何をいっているんだろう。この人。

「オレはちゃんと両方大切にしている。お前はオレに抱かれる義務がある」
「…………」

 シャツを脱がされる。露わになった肩に夫の唇が下りてくる。

「浮気してないっていうなら、久しぶりで嬉しいだろ?」
「……………」

 スカートのホックが外される。固い手が太ももを這う。

(あかね……あかね)
 
 目をぎゅうっとつむり、呪文のように心の中で唱える。
 19年前から少しも成長していない私。

 大学卒業前、両親からお見合いを勧められた。
 大手取引会社の社長の息子。その母親に私は気にいられた。彼女と同じ名門女子校出身、ということが大きな理由。あとは、英語が話せて家事ができることが買われたらしい。息子にアメリカ支社を任せるための妻が必要だったのだ。

 夫は格好がよくて、明るくて、優しい人だった。この人とならば一般的にいわれる<女の幸せ>を掴めるような気がした。
 実際、健人や美咲が生まれた時には本当に幸せだと思えた。180cm近くある長身で顔も良く、社交的でお金に不自由していない夫は当然モテて、女の影が絶えなかったけれど、子供たちがいて、夫も子供たちを一番に愛してくれているならそれで良かった。

 日本に戻ってきたのは、5年ほど前。夫の父親が病気のため、社長職を退いたからだ。
 それに伴い、夫が社長となり、義母は引き続き副社長の座に。そして私が義父の介護を一手に引き受けることになった。施設に入れればいいと夫は言ったが、義母が大反対した。他人に頼るなんて、そんな冷たいことはできない、と……。
 それから約5年間、私の生活は義父と共にあった。痴呆症が進んでいた義父は、足が悪かったため徘徊の恐れはなかったけれど、目を離すと異食をしてしまうため、一人にしておくことができなかった。
 子供たちの入学式も卒業式も参観も面談も、すべて夫か義母が行った。夫と義母は義父と関わることを恐れていた。おおらかで頼りがいのあった義父が幼い子供のようになり、自分たちのことも忘れてしまったところを見たくなかったのかもしれない。

 私の唯一の外界とのつながりは、ボランティアの縫子だけだった。それも担当の人が家に運んでくれ、期日になると取りにきてくれる、というものだったけれども。それでも、誰かが大事に着ていただろう洋服をリメイクして、また他の誰かに着てもらえるようにする、ということに喜びを感じていた。ベットの横でいつも縫物をしている私のことを、義父は自分の母親だと思っていたらしい。出来上がった洋服を見せると嬉しそうに笑ってくれた。

 義父が亡くなったのは、今年の2月末。穏やかに息を引き取った。
 義父が亡くなるまでの5年の間に、2つ大きな出来事があった。

 一つは、3年前。夫が他に家庭を持ったということ。
 一つは、半年前。実家の両親が経営する会社をたたんだことだ。

 両親には「もう我慢しないで離婚でも何でもしていいから」と言われた。
 何を今さら……と失笑してしまった。

 小さいころから「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われ続けてきた。
 忙しい両親に変わり、家事も弟の世話も引き受けてきた。
 経済的に余裕があるわけでもないのに、親の見栄のために名門女子校に入学させられた。生活が苦しいのだから公立の学校に転校する、と言っても、母は首を縦に振らなかった。

 夫との結婚が決まった時に、母は言った。
「高い学費払い続けたおかげで、あんたは玉の輿に乗れて、会社は安泰。私の選択は正しかった。感謝しなさい」
 あの時の母の勝ち誇ったような表情は忘れられない。

 私はあかねを愛していた。
 でも、あかねと一生一緒にいることは無理だと思った。結婚できるわけでもない。誰にも認めてもらえない。
 
 何より、あかねは誰のものにもならない。誰にも抱かれない。 

 だから、あかねへの想いから逃げた。あかねに出会う前の私がずっとそうしてきたように、親の言うなりに、親の指し示した方向に進んだのだ。
 私はあかねへの想いと等価交換できるくらいの<幸せな家庭>を作りたかった。

 夫が他の女を抱くのは少しも構わなかった。夫に貞操など求めていない。
 ただ、子供たちを、家族を一番に愛してくれる父親になってほしかった。

 でも、夫は違う子供の父親になった。
 健人と美咲以外の子供を我が子として抱いている夫の手は、汚い。けがれている。


「ああ……」
 夫が私の上で恍惚とした表情を浮かべているのを、冷めた目で見かえしてしまいそうになる。

「すごい…こんなに締まってて…」
「…………」
 吐き気がする。喋らないでほしい。ぎゅっと目をつむる。

「疑ってごめんな。お前、浮気なんかしてないな? してたらこんな……」
「…………」
 うるさいうるさいうるさい。黙れ。

『世の中全部気に食わない。お前ら全員ぶっ殺してやる。……って光を帯びる時あるでしょ?』

 ふと、あかねの言葉が頭によぎる。
 たぶん、今、目を開いたら、そんな光を帯びているに違いない。


----------------------------


綾さん独白回終了。

覚書。綾さん夫の名前、充則。

来週月曜もまだ綾さん視点続く。
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