田辺の翌日のこと(7月)。飛び地の漕走で充分に満足し、次の日、高野山に寄って帰ることにする。
いきなり工事中で予定の県道に行けず、代わりの道をナビに所望すると、どえらい道を示される。何とかクリアしてやれやれと。
高野竜神スカイラインに入り、途中の護摩壇山(?)の道の駅でトイレへ。まだ店は開いていないようなので、店への道に段差があったが、あまり突き詰めて考えずに済んだ。
高野竜神は単車の時以来か。行動パターンが全く変わっていない。変わったのはバイクから車になったということ。高野竜神は、単調なイメージしかなかったが、なかなかどうしてよい景色だった。
高野の奥側から入る。
奥の院。ろくに調べていないが、何となくで進む。ろくに調べてなかったが、凄いところなのは確か。
ここから先は写真撮影禁止で。
で、中から下ろうとすると、途端に階段に遭い、表の車道を行く。まあこれはこれで悪くはなかったが。
普通の街だが、人はそこそこ多い。
なるほど、という感じのバリア。まあ仕方がないか。
端から端まで漕いで往復で10キロ近くになった。しかもアップダウンはそこそこあった。
高野山は、巨大なテーマパークのようで、じいさんばあさんの「原宿」が「巣鴨」であるように、ここはじいさんばあさんのUSJとかTDLみたいなもんだと思ったが、外国人のバックパッカーも多くて、爺さんばあさんだけのもんでもないんだろうなと思い直した。
大門まで行き引き返す。
2時間しっかり漕いで、車に戻った。橋本に出て、松原経由で阪神高速へ。
車いす対応の宿坊、何てないのかなと、そういうことを思いつつ家路につく。まあそこそこ楽しめた。
追記:後で思い出したが、2年前のブラタモリか何かでこの高野山が取り上げられたとき、橋本から高野山まで走ってみようと思い、「ピーチ」を取ってヨメさんの許可も貰って準備していた一週間前に脊髄をやられて入院したんだった。
流石に車いすで橋本から上がるのはしんどいだろうが、それに近いことはできたのかもしれない。
いきなり工事中で予定の県道に行けず、代わりの道をナビに所望すると、どえらい道を示される。何とかクリアしてやれやれと。
高野竜神スカイラインに入り、途中の護摩壇山(?)の道の駅でトイレへ。まだ店は開いていないようなので、店への道に段差があったが、あまり突き詰めて考えずに済んだ。
高野竜神は単車の時以来か。行動パターンが全く変わっていない。変わったのはバイクから車になったということ。高野竜神は、単調なイメージしかなかったが、なかなかどうしてよい景色だった。
高野の奥側から入る。
奥の院。ろくに調べていないが、何となくで進む。ろくに調べてなかったが、凄いところなのは確か。
ここから先は写真撮影禁止で。
で、中から下ろうとすると、途端に階段に遭い、表の車道を行く。まあこれはこれで悪くはなかったが。
普通の街だが、人はそこそこ多い。
なるほど、という感じのバリア。まあ仕方がないか。
端から端まで漕いで往復で10キロ近くになった。しかもアップダウンはそこそこあった。
高野山は、巨大なテーマパークのようで、じいさんばあさんの「原宿」が「巣鴨」であるように、ここはじいさんばあさんのUSJとかTDLみたいなもんだと思ったが、外国人のバックパッカーも多くて、爺さんばあさんだけのもんでもないんだろうなと思い直した。
大門まで行き引き返す。
2時間しっかり漕いで、車に戻った。橋本に出て、松原経由で阪神高速へ。
車いす対応の宿坊、何てないのかなと、そういうことを思いつつ家路につく。まあそこそこ楽しめた。
追記:後で思い出したが、2年前のブラタモリか何かでこの高野山が取り上げられたとき、橋本から高野山まで走ってみようと思い、「ピーチ」を取ってヨメさんの許可も貰って準備していた一週間前に脊髄をやられて入院したんだった。
流石に車いすで橋本から上がるのはしんどいだろうが、それに近いことはできたのかもしれない。
確かに最近の体重増は、晩飯の後にスナック菓子食べ過ぎるのが原因だとは思うが。
夏は今よりも気にせず食べてた割には50切ってた。この数字は35年振りぐらいではないか。
確かに、外(飲み屋ではなく路上)で呑むことは減った。去年はまだあったが、今年は少ない。
ほろ酔いで乗ることが本当に少なくなった。
麺類は余り食べないので、仕事で外に出たときは美味しく頂くが、店に入るのではなくあくまでコンビニ。バリアフリーが約束されているから。
去年はまだ、車いすになる前の状態に固執していたということだろう。今は、量があまり食べれないから、楽しみがなくなってきたのもある。車に乗るということに慣れたのもある。いろいろなことが変わった。
健康診断はとりあえず優良。
おまけ。職場の冷蔵庫に入れっぱなしで賞味期限が切れていた炭酸飲料。案外大丈夫らしい。
夏は今よりも気にせず食べてた割には50切ってた。この数字は35年振りぐらいではないか。
確かに、外(飲み屋ではなく路上)で呑むことは減った。去年はまだあったが、今年は少ない。
ほろ酔いで乗ることが本当に少なくなった。
麺類は余り食べないので、仕事で外に出たときは美味しく頂くが、店に入るのではなくあくまでコンビニ。バリアフリーが約束されているから。
去年はまだ、車いすになる前の状態に固執していたということだろう。今は、量があまり食べれないから、楽しみがなくなってきたのもある。車に乗るということに慣れたのもある。いろいろなことが変わった。
健康診断はとりあえず優良。
おまけ。職場の冷蔵庫に入れっぱなしで賞味期限が切れていた炭酸飲料。案外大丈夫らしい。
手袋の補修をする。
一つめは「試合」用。こちらは最近使った後カチカチになるのでコロンブスの靴クリーム(透明:ダイソーにはないシルクで買う)も使用。今回は皮ではなく手首のジャージ(?)の部分がとれたため。こちらは861円(消費税値上げ前)。近所のホームセンターで購入可能。
もう一つは「練習」用。左の親指のサイズが合わない(というより左右のサイズが極端に異なる)ので、その部分を修正。
この皮が水にも強く(試合用に比べて滑らないし)厚手なので、今現在はこれが最強。但し、試合用に比べてフィット感が落ちるし左右の大きさが違うので、その辺りはストレスになりがち。
近所の作業用品屋で購入可能(693円:消費税値上げ後)。
この他に破れた裏地の補修とか、針と糸は使わなかったがジャージのゴム交換とかも。コンタクト止めて眼鏡にしたから、作業自体はやりやすい。
一つめは「試合」用。こちらは最近使った後カチカチになるのでコロンブスの靴クリーム(透明:ダイソーにはないシルクで買う)も使用。今回は皮ではなく手首のジャージ(?)の部分がとれたため。こちらは861円(消費税値上げ前)。近所のホームセンターで購入可能。
もう一つは「練習」用。左の親指のサイズが合わない(というより左右のサイズが極端に異なる)ので、その部分を修正。
この皮が水にも強く(試合用に比べて滑らないし)厚手なので、今現在はこれが最強。但し、試合用に比べてフィット感が落ちるし左右の大きさが違うので、その辺りはストレスになりがち。
近所の作業用品屋で購入可能(693円:消費税値上げ後)。
この他に破れた裏地の補修とか、針と糸は使わなかったがジャージのゴム交換とかも。コンタクト止めて眼鏡にしたから、作業自体はやりやすい。
昨日の続き。
夏休み最終日は、帰省している妹に会いに実家へ行くことにする。
息子さんが中学生になってこれからは部活とかで一緒に帰るというのもなかなかみたいな感じになるので、単独帰省とのこと。相変わらず夜行バスとかで。因みに私も妹も東京の大学に行ったが、妹はストイックにバスしか利用したことがなかったらしい(私は飛行機とかも結構使ってましたまあ単車で帰ったこともありますが)。
ラン時代なら、国道の桜三里走って約23キロだが、交通量が多くて路肩がほとんどないあの道を車いすで行くのは流石に決心がつかず。ならばと、逆側から20キロということで、西条駅までバスで。そしてそこから西へ。勿論国道を外して漕ぐ。
バスは車いすをトランクに乗せてくれる。ただ、国道でそれをお願いするのは流石に運転手さんに悪いので、少し遠いが、某病院のバス停まで行ってから乗る。で、西条駅前。四国では珍しくバリアフリー仕様の駅なのでJRでも来れるが(四国はまだ数駅の筈)、バスの方が安くて便利なので。
小学生のときに通っていた耳鼻科の前を過ぎる。まだまだ良い感じの店がある一方で商店街はなかなか厳しい。
西へ向かい川を越えて、ここからはランでも走ったことがある石鎚田園通り。
無料化された東予有料道路。近くには重量制限の橋。この辺りのギャップが面白いところ。
四国一周、いつか。
だだっ広い道を淡々と漕ぐ。流石にこの日は水分を探しながら。
漸くという感じで自販機を見つける。どこかの会社の営業の方もすぐ後に買っていた。
淡々と漕ぐが、水分は急激に減る。再び見つけた自販機では糖質を取りにかかる。デカビタは瓶じゃなくて缶で仕方なく半分捨てる(そんなに一気には飲めない)。
いつもなら左に曲がるところを更にまっすぐ。
なるほど。
母校(小学校)を見ながら進む。実家に辿り着く前におはかまいりをする。墓に行くには杖が要る(狭いところがあって車いすでは進めないため)。で。
今回の秘密兵器。杖がもう少しコンパクトなら問題はないのかもしれないが、この杖も十分ノーマルなサイズだろう。これが車なしで運べたというのが収穫だなと。
帰りは、近くの(といってもぼちぼち遠いが)バス停から帰る。
また一つ、可能性が広がった日。
夏休み最終日は、帰省している妹に会いに実家へ行くことにする。
息子さんが中学生になってこれからは部活とかで一緒に帰るというのもなかなかみたいな感じになるので、単独帰省とのこと。相変わらず夜行バスとかで。因みに私も妹も東京の大学に行ったが、妹はストイックにバスしか利用したことがなかったらしい(私は飛行機とかも結構使ってましたまあ単車で帰ったこともありますが)。
ラン時代なら、国道の桜三里走って約23キロだが、交通量が多くて路肩がほとんどないあの道を車いすで行くのは流石に決心がつかず。ならばと、逆側から20キロということで、西条駅までバスで。そしてそこから西へ。勿論国道を外して漕ぐ。
バスは車いすをトランクに乗せてくれる。ただ、国道でそれをお願いするのは流石に運転手さんに悪いので、少し遠いが、某病院のバス停まで行ってから乗る。で、西条駅前。四国では珍しくバリアフリー仕様の駅なのでJRでも来れるが(四国はまだ数駅の筈)、バスの方が安くて便利なので。
小学生のときに通っていた耳鼻科の前を過ぎる。まだまだ良い感じの店がある一方で商店街はなかなか厳しい。
西へ向かい川を越えて、ここからはランでも走ったことがある石鎚田園通り。
無料化された東予有料道路。近くには重量制限の橋。この辺りのギャップが面白いところ。
四国一周、いつか。
だだっ広い道を淡々と漕ぐ。流石にこの日は水分を探しながら。
漸くという感じで自販機を見つける。どこかの会社の営業の方もすぐ後に買っていた。
淡々と漕ぐが、水分は急激に減る。再び見つけた自販機では糖質を取りにかかる。デカビタは瓶じゃなくて缶で仕方なく半分捨てる(そんなに一気には飲めない)。
いつもなら左に曲がるところを更にまっすぐ。
なるほど。
母校(小学校)を見ながら進む。実家に辿り着く前におはかまいりをする。墓に行くには杖が要る(狭いところがあって車いすでは進めないため)。で。
今回の秘密兵器。杖がもう少しコンパクトなら問題はないのかもしれないが、この杖も十分ノーマルなサイズだろう。これが車なしで運べたというのが収穫だなと。
帰りは、近くの(といってもぼちぼち遠いが)バス停から帰る。
また一つ、可能性が広がった日。
約3ヶ月前の夏休み4日貰ったときの後半戦(前半戦は「飛び地」へ実地研修に行った)。
休みなのに職場に出掛けるつもりで出発(諸事情で9月のイベントが急遽決まり性分から落ち着かなくなったので)。
珍しく、道後ルートを取る(時間に制約がないため)。ここは、今の脊髄の病気のとき救急車で運ばれた病院(その後2次転送されてK病院へ)。
ここは道後に近い。道後麦酒の製造元。
M大前。久々。で、寄り道しながら順調に。
がしかし、トイレに入るためにドラッグストアのトイレを借りた辺りから気が変わって(ドラッグストアもぎりぎり開店したという時間)。とりあえず、職場を遠ざけるようなルートを取る。
北上止めて西進し再び北上して久し振りの勝岡八幡。以前、この近くのスーパーで麦買って、地べたで昼間っから出来上がっていたこともあった。懐かしい。
この辺りは、移動スーパーも来るようなところらしい。いい感じ。
この日は出来上がらずにもう少し先まで。で海。
観光港で麦を買って、高浜でと思ったが何か雰囲気がイマイチなので隣の梅津寺まで。
目的を果たす。
遠出した翌日にしては上出来の漕走。
休みなのに職場に出掛けるつもりで出発(諸事情で9月のイベントが急遽決まり性分から落ち着かなくなったので)。
珍しく、道後ルートを取る(時間に制約がないため)。ここは、今の脊髄の病気のとき救急車で運ばれた病院(その後2次転送されてK病院へ)。
ここは道後に近い。道後麦酒の製造元。
M大前。久々。で、寄り道しながら順調に。
がしかし、トイレに入るためにドラッグストアのトイレを借りた辺りから気が変わって(ドラッグストアもぎりぎり開店したという時間)。とりあえず、職場を遠ざけるようなルートを取る。
北上止めて西進し再び北上して久し振りの勝岡八幡。以前、この近くのスーパーで麦買って、地べたで昼間っから出来上がっていたこともあった。懐かしい。
この辺りは、移動スーパーも来るようなところらしい。いい感じ。
この日は出来上がらずにもう少し先まで。で海。
観光港で麦を買って、高浜でと思ったが何か雰囲気がイマイチなので隣の梅津寺まで。
目的を果たす。
遠出した翌日にしては上出来の漕走。