ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(4)

2016-12-09 22:58:06 | Weblog
高2の時、長い期間ではなかったが、僕は同じクラスの女子生徒と付き合ったことがあった。彼女のことがいちばん好きだと思っていたが、それが否定される瞬間があるのだ。それは矢野有紗が僕の視界に入った時。申し訳ないと思いつつ、自分の彼女がみすぼらしく見えた。理性でそれを否定しようとしても、僕の理性など高が知れていた。

彼女と別れたのは、有紗とはなんら関係なく、僕らの未熟さからだった。短期間とはいえ、恋人だったにもかかわらず、別れた後は、彼女のことは不思議なほど眼に入らくなった。それからは心置きなく、僕は有紗のファンになった。いや、ファンに戻ったのだ。

「坂木君、最近、随分頑張ってるみたいだね」

有紗が僕の顔を覗き込むように問う。

「あっ、いや、それほどでも」

有紗と目が合い、僕は顔が赤くなっていないかと心配だった。自分が色白である事が腹立たしかった。

「眼に隈できてるよ」

有紗は僕に優しい。そして表面的には、藤沢にはきつい言葉を投げかけたりする。しかし、実際には有紗は藤沢と付き合っているのだ。それでも、不思議と藤沢に対して嫉妬心は沸かなかった。そもそも自分と有紗では釣り合わないし、むしろ二人の仲がこじれ、別れてしまう方を恐れていた。


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「砂の塔」見ました。これまではドラマの構成上、抑えられてきた菅野さんの女優としての本来の力の片鱗が、出せていたような気がします。
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大人になるにつれ、かなしく(3)

2016-12-09 21:21:27 | Weblog
「孝志はどうなの?」

「どうなのって」

「受験勉強だよ。難関校ばかり狙ってる訳だし」

「下手な鉄砲、数うち当たるだよ。まあ、夏からはバイトもやめて、それなりに準備はしている」

「孝志が本気になってるんだから、合格できるよ」

「どうだかな」

そう言って、藤沢は僕の頭を撫でるように叩いた。僕は生意気にも、藤沢を下の名前で呼び捨てする。クラス替え直後の春先、藤沢が「誠」と呼び、僕は「孝志君」と呼んだ。これでも苗字ではなく、名前で呼ぶという最低限の踏み込みはしたつもりだったが、藤沢が「君なんていらねえよ、呼び捨てでいい」と言ってくれたので、その通りにした。

藤沢とは今春からの付き合いだが、矢野有紗の存在はその2年前、つまり高1の時から知っていた。正確に言うと、入学式で見かけた時からである。まだ桜が咲いていた。鮮烈な印象だった。長身で色白、大きな瞳には、可愛らしさに加え、上品さが漂っていた。友人と談笑している彼女の長い黒髪に、散り始めた桜の花びらが舞い降りた光景を、僕は今でもはっきりと記憶している。


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