ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(31)

2016-12-25 22:57:06 | Weblog
「ええと、プリント持ってきてもらえましたか?」

「あっ、はい」

彼女はバックから数枚のプリントを取り出した。数枚といっても種類としては2つに分けられる。

「ではまず、2週間分の生活記録の方から見せてもらいますね」

「はい」

Uさんが2枚の用紙を僕に差し出す。

「うん。前回よりだいぶ不安の数字が下がっていますね」

「はい、そうですね。この2週間は比較的・・・」
生活の場面、場面での不安堵を0から100まで患者の自己判断で書いてもらっている。

「ええ。前回は70、80という数字が結構ありましたが、今回は60という数字がひとつあるだけで、後は高くても50で収まっています」
彼女はかすかに頷いた。

「ではもう一枚のプリント、認知行動の方をお願いします」

「ああ、あまりうまく出来ませんでしたけど」

Uさんの声は消え入りそうだった。

「いや、全然構わないんです。これはなかなか難しいですから」

僕は冷めかけた紅茶をすすった。このプリントには縦軸に出来事と感情、横軸に認知と行動が記されている。一枚目のプリントには「出来事はエレベーターに乗ろうとした。感情は恐怖、不安。認知は空欄で、行動はエレベーターには乗れず階段を使った」と丁寧な文字で書かれていた。パニック障害の典型的な症状と言える。


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大人になるにつれ、かなしく(30)

2016-12-25 21:36:17 | Weblog
F大学病院の精神科の診療室。口ひげを蓄えた、恰幅のいい白衣姿の医師と、若い女性患者が机を挟んで、向き合っている。診察は終わったようだ。僕は医師の右隣へ歩を進めた。

「では、この後は心理士さんとのカウンセリングになります」
医師は軽く僕に会釈した。
「はい」
女性はか細い声で答えた。

僕とUさんは本館を出た。別館へと続く渡り廊下に、病弱な陽の光が有り難い温もりを届けてくれる。今日は小春日和だ。
別室に移り、今度は白衣姿の僕と若い女性患者がテーブルを隔てて向き合った。

「よろしくお願いします」
僕はパイプ椅子に腰を下ろした。

「よろしくお願いします」
Uさんは、聞き取れるぎりぎりの声で言う。彼女がまだ立っていたので、僕は座るように促した。

患者のUさんは25歳の女性。4年制大学を卒業後、自宅から1時間弱の都内の食品メーカーに就職したが、1年ほど前に、電車内で過呼吸発作を起こし、半年前に退職し、現在は無職。両親とともに暮らしている。

「いま紅茶入れますね。安物ですけど」

「あっ、ありがとうございます」

小さな声だったが、彼女は少し笑った。




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