ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(19)

2016-12-20 23:18:03 | Weblog
僕はたまに「うまい」という言葉を発する以外、黙々とナポリタンを食べることに集中した。

「はい、孝志君、ポークソテー」

「ありがとう。あっ、おじさんずるいな。一人でビール飲んで」

「いいじゃないか、祝杯なんだから。君はまだ未成年だからね」

「一杯だけ」
藤沢が手を合わせる。

「仕方ない一杯だけだぞ」
白川さんはジョッキにビールをついで、藤沢の前に置いた。

「さすがおじさん」
藤沢は旨そうにビールを飲み干す。

「おじさん、俺にもいいかな」

「そうだな。今日は誠君の合格祝いだもんな。一杯だけだぞ」

「ありがとうございます」

しばらくして、僕がナポリタンを食べ終わり、右隣を見ると、藤沢の端正な顔がだいぶ緩んでいる。

「誠君、まだあるよ」

「いや、もういいです。ご馳走様」

僕らがいろいろと話している間、亜衣はほとんど言葉を発しなかったが、落ち着きがなかった。姿を見せたり消したりしている。父と娘がアイコンタクトを取り、娘が頷いた。亜衣はまたいったん、居なくなり、次に表われた時には、いくつものフルーツを盛った、円形のケーキの乗った皿を両手で持っていた。

「あの、これ私が作りました」
生クリームの上に「合格☆おめでとう」と書いてあった。

「これ、亜衣ちゃんが独りで作ったの?」

「はい。味は保障しませんが」

「凄いね。ありがとう。ナポリタン、おかわりしないでよかった」

亜衣の頬は少し赤みが射していた。しかし、白川さんや藤沢がアルコールでさらに赤くなっているので、それが目立つことはなかった。






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大人になるにつれ、かなしく(18)

2016-12-20 21:20:19 | Weblog
「えっ、何で?」

「電話で話している時も、様子がおかしかったし、矢野は今日も来ないし」

「ああ、別れた。去年の暮れ、クリスマスまで持たなかった」
藤沢はあっさり認めた。

「だったら、そう言ってくれればよかったのに」
僕は少し不満だった。

「あの時はなあ。誠も大事な時だったし。それとどこかで、有紗とよりを戻したい気持ちがあったのかもしれない」

「ああ、そうだったのか」

「今日だってここへ来るように誘ったんだよ。連絡は取れる関係なんだ。だから、お前におめでとうと伝えて欲しいと頼まれたのは本当だ」
藤沢は少し淋しそうな顔をしていた。

「いま、俺たちがここにいることは知ってる訳だから、気が変わって来るかもしれないな」
藤沢への慰めの言葉でもあり、実際に、彼女が姿を見せるのではないかという、淡い期待を抱いていた。

「無理だよ。あいつ、新しい彼氏できたんだ。やっぱり過去は今にはかなわないって事だ。同じ大学の奴らにはかなわない。それは俺もだ。キャンパスの女の子が眩しく見えるんだ」
藤沢は苦笑しながら言った。

「さあ、ナポリタンできたよ」
少し沈んでしまった場を再び浮かび上がらせるように、白川さんは声を張った。
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