ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(37)

2016-12-28 22:03:47 | Weblog
「いつ頃やめたの?」

「3月だからもう3ヶ月近く前」
あのレストランであった時には、すでに藤沢は法律事務所をやめていた事になる。

「孝志も新しい就職先でも探す気になったのかな。あいつがアシスタントなんてもったいないよ」

僕は少し無理して声の調子を上げた。

「実はね、あの人、解雇されたんだ」

「解雇、された?」

「うん。欠勤や、遅刻、早退が多かったみたい」

「そうなんだ」

「藤沢と、孝志さんと再会した時から、この人変わったなと感じてた。いい意味の変わったではなく。昔のような輝きは消えてた」

「じゃあ何で孝志と結婚したの?」

「やっぱり好きだからかな。だからこうした事もあるかもしれないとは薄々ね」
次第に有紗の声が力を失っていく。

「酒の量は増えてない?」

「増えてると思う」

「飲みすぎると、体だけでなく、心に悪影響を与えることもあるから。鬱にもなりやすいんだよ」

「そうなんだ。言われてみるとあの人、寝つきが悪いみたいだし、食欲も落ちてきてる。病院へ連れて行ったほうがいいのかな?」

「出来れば、診てもらった方がいいと思う。ただ、孝志を精神科や心療内科へ連れて行くのは難しいだろうね」

「うん、あの人はプライドが高いところがあるからね。とにかく彼とよく話し合ってみる」

「そうだね。俺もこの次に顔を合わせた時は、もう遠慮しない。嫌われても構わない。孝志が立ち直ってくれるのが大事だから」

「ありがとう」
有紗の声は心なしか張りを取り戻したようだった。僕は有紗の携帯番号を聞き、電話を切った。
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大人になるにつれ、かなしく(36)

2016-12-28 15:50:24 | Weblog
その後、食事に誘っても藤沢は僕に会おうとしない。電話やメールでやり取りするだけだ。妊娠中の亜衣の体も心配だったが、それと同時に楽しみでもある。しかし、藤沢への心配は、ただただ、僕の気持ちを暗くさせるだけだ。イタリアンレストランでの彼の印象が、頭から離れない。有紗はどうしているのだろう?藤沢は本当のことを話してくれない。念のため、高校時代の友人の何人かと連絡を取り、それとなく藤沢の事を聞いたが「もう何年も会っていないし、携帯の番号も知らない」と口を揃えた。やはり有紗に聞くしかない。しかし、有紗の携帯番号が分からない。思い切って彼らの自宅の固定電話へ掛けた。

「もしもし」

「はい、藤沢ですが」
女性の柔らかな声だった。

「坂木ですけど、こんばんは」

「ああ、坂木君。久しぶりだね」
有紗の声は明るかった。

「いま一人?」
僕は少し緊張していた。

「うん、藤沢は近所の居酒屋にいると思う」

「いや最近、孝志に会ってもらえなくて」

「そうなの?ああ、そうなんだ」
有紗は意外そうな口調だった。

「だから電話やメールだけなんだ。しかも最近、本音を話してくれない。だから矢野、いや有紗さんに孝志の様子を教えて欲しくて電話したんだ」

「そうなんだ。あの人、何にも話してないのかな」

「何かあったの?」

「うん。あったよ」
有紗の声に少し翳りがあった。

「出来れば、教えて欲しいんだけど」
少しばかりの沈黙が流れた。

「藤沢には言わないって約束できる?」

「うん、約束するよ」

「あの人、法律事務所やめたの」
有紗の口調は淡々としていた。






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