ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(35)

2016-12-27 22:31:40 | Weblog
「最近、あまり良く眠れないんだよ」
確かに藤沢の目の下に隈ができている。

「眠れないって、大体一日何時間くらい寝てるんだ?」

「日によってまちまちだけど、3~4時間かな」
藤沢は赤ワインを口にする。

「6時間位は寝たいよなあ」

「ああ。睡眠薬、飲んだほうがいいかな」
そう言いながら、ワイングラスを口に運ぶ。料理にはほとんど無関心だ。

「うん。睡眠をしっかりとることは大事だからな。でも、酒と一緒にはよした方がいい」

「それぐらい分かってるよ、俺だって」

「ところで、有紗ちゃんは元気?」

「ああ。でも有紗ちゃんはないだろ。誠、いくつになった?」

「30だけど」

「ということは有紗も30ってことだ」

「それは分かってるけど。たまには一緒に連れてくればいいのに。有紗ちゃんを」

僕は何だか少しイライラした。本当は矢野と呼びたいのだ。

「いや、あいつは仕事が忙しいから」

「そんなに忙しいのか?」

「うん。いま2LDKの、家賃もそこそこ高いところに住んでるけど、肩身が狭くてな」

「何で?二人の家じゃないか」

「収入格差っていうやつ。あそこに住めるのも有紗のおかげ。あいつにはかなわない。それより誠、子供2人目、生まれるんだろ?」

「ああ」

「良かったな。亜衣ちゃんを大切にしろよ」

「分かってるよ。それより孝志、そっちはどうなんだ、子供」
藤沢と有紗が結婚して1年が過ぎていた。

「ああ。俺は欲しいんだけど、有紗がな」

「子供が欲しくないって?」

「いや、そうじゃないけど、もう少し仕事に専念したいっていうんだ」

「そうか。早く見てみたいけどな。二人の子供なら、きっと可愛い顔だろうなあ」

「ああ、そのうちな。でも誠は立派だよ。いまは一人で亜衣ちゃんと子供を養ってる訳だから」

「まあ、何とか。でも俺の収入じゃ、もう一人増えたら、やっていけるかと不安になるよ」

「確かに誠も高給取りじゃないからな。でもお前は立派だ、俺とは違って」

藤沢は淋しそうな笑みを浮かべた。僕はワイングラスに口をつけた。返す言葉を探したが、見つからなかった。否定したかったが、出来なかった。今は何を言っても、彼を傷つけてしまうような気がして、沈黙を選んだ。






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大人になるにつれ、かなしく(34)

2016-12-27 21:15:29 | Weblog
亜衣の報告は妊娠だった。亜衣はよちよち歩きの長女に「お姉ちゃんになるんだよ」と笑顔で頭を撫で、僕は長女の時と同じように、無事に生まれてくるよう願いを込めて、亜衣の腹部を擦った。心から嬉しかった。それは幸福な光景だったに違いない。

しかし時間がたつにつれ、自分の収入で、子供二人を養っていけるのだろうかとの不安が色濃くなっていく。亜衣との結婚を機に止めたはずの煙草を、彼女らの目の触れない場所で、再び吸うようになった。もしかしたら僕は、藤沢や有紗らに囲まれ、心理学を志したあの頃よりも、心が弱くなったのではないかと思うことがある。人の悩みを手助けする仕事をしているというのに。亜衣は時を重ねるたびに、強くなっているというのに。大人になり、人の親にさえなったというのに。

それに、やはりあの二人が心配になる。藤沢と有紗。特に藤沢とは時々、レストランなどで食事をするのだが、かなり酒量が増えた。「税理士か何か、目指してみたらどう?」と言っても「あまり、ピンと来ないんだよね」とはぐらかされてしまう。会う度に顔色が悪くなっているのも気になっていた。そして、都内のイタリアンレストランで藤沢は僕に悩みを打ち明けた。




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