ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(27)

2016-12-23 22:38:20 | Weblog
「ああ、そうなんだ」

「あんまり驚かないんだな」

「同窓会に出た奴から、なんとなく噂として耳に入ってたから」
水族館という具体的な言葉は使えなかった。

「どこから漏れたんだろうなあ。この手の話は広まるのが早くてかなわない」
藤沢の苦笑が見えるようだった。

「ところで矢野とは、どこで再会したんだ?」

「うん、まあな。確かに有紗は同窓会に出たらしい。何年ぶりかで」

「孝志も出席したのか?」

「いや、俺は大学卒業してからは出てないよ。俺の連絡先を知ってる奴から、有紗が聞き出したらしい」

「なるほどね。じゃあ、矢野から連絡があった訳だ」

「そういう事。もうあいつ、俺が何度も司法試験に失敗してることを知ってたよ」

「有紗はいま何やってんの?」

「S書店で働いてる」

「ああ、大手だな。矢野は文学少女だったから。まあ元気ならいいけど」

「格差を感じるよ。劣等感かな。有紗はフロアを任せられるまでになってるのに、俺はなあ」

藤沢から声の力が抜けた。

「出来れば、3人でまた会いたいなあ」

「そうだな、そのうちな」

彼に似合わぬ、弱々しい口調だった。
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大人になるにつれ、かなしく(26)

2016-12-23 21:23:25 | Weblog
生まれてくる子供を含めた家族、そして仕事。これが僕にとって、最も重要であることは分かっている。しかし、そうした生活の隙間、思考の隙間に二人がよぎる。藤沢と有紗。僕の同い年の兄と姉。その二人が何故、一緒にいたのか?長い時を経て、恋人に戻ったというのか?藤沢に手紙で聞いてみようか。しかし、それは返って藤沢が離れてしまうような気がして、僕は心の隅で彼からの手紙を待ちながら、日中は病院で心理士として患者に向き合い、夜は亜衣との時間を大切にした。

藤沢から連絡があったのは、すでに葉桜の頃だった。電話から聴こえてくる、久しぶりの藤沢の声だった。

「悪かったな、心配かけて」

「ああ。まあ、元気そうで良かった」

「いや、司法試験のことで、相当、落ち込んでしまってね」

「まあ、無理もないよ」

「変わらず、法律事務所では働いてるんだけど、しばらくは酒浸りのような生活を送ってた。親ともうまくいかなくなってね。だからこんな調子で、誠とこれまで通りの付き合いをしてたら、お前にまで見捨てられてしまうと思ったんだ。だから連絡を絶った」

「もうその事はいいよ。それより親って親父さんの事?」
確か彼の両親は中学の時に離婚し、父親が藤沢を引き取り、母親が彼の妹を引き取ったはずだった。

「ああ。まあ、俺が悪いんだ。試験に何度も落ちた上に、この体たらくな生活をしている訳だからな。大手企業のエリートの親父としたら、許せなかったんだろう」

「酒浸りはやめたのか?」

「浸るのはやめたけど、昔よりは量は増えたかな。それより、誠に話しておかないといけない事がある」

「うん。俺も孝志に話したい事がある」

「そうか。子供でも出来たか?」

「うん。まだ、生まれてはいないけど」

「そうか。それはおめでとう。誠が父親か。亜衣ちゃんによろしく」

「ああ、伝えておくよ。それで、孝志の話しておきたいことって?」

「うん。実はいま有紗、矢野有紗と付き合っている」




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