少しずつ、秋は深まりつつある。空は、青く澄み渡っていた。私の目の前には、海が広がっている。人気のない美しい海。10年近く前、一人暮らしを始める私に、先生が以前買ってくれたワンピース。今日、初めて身に纏っている。やっぱり、少し恥ずかしい。私は童心に帰り、サンダルを脱ぎ捨てて、砂浜の感触を確かめる。そして、思い切り両腕を天に向け伸ばす。このまま、空に吸い込まれてしまいそうだった。夏のひりひりするような熱さはないが、穏やかな温もりがある。もう、重たい荷物を降ろしたい。
私、今日は先生に会いに来ました。結果は知ってるでしょ。やり切ったよ。悔いはありません。
「さおりは天才だ」「24時間、将棋を考えろ」。思い浮かべると恥ずかしく、懐かしい。
「先生、もう菜緒には勝てない。でも私には将棋しかない」
私は呟いた。
「確かに菜緒ちゃんは強い。さおりにないものを持っている。しかし、さおりも菜緒ちゃんにないものを持っている。大丈夫。これから俺はさおりの中で一緒に将棋を指す」
先生の声が右隣から聴こえた。横を見ると先生は優しい顔をしていた。砂浜に私の涙がぽとぽと落ちた。
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2017年5月に掲載した短編小説「駒花」の結末を大幅に変更したため再掲載しました。