ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(22)

2016-12-21 23:11:15 | Weblog
10月下旬、久しぶりに藤沢から連絡があった。「おじさんの喫茶店で少し話さないか」と。僕に断る理由はなかった。数日後、僕らは空いている時間を見計らって、カウンターへ座った。随分、白川の髪に白いものが目立つようになった。

「今年初めてかな。でも、変わってないね」

「最近、記憶力が衰えてね。孝志君のことも忘れそうだったよ」

「おじさん、それはひどいなあ」
藤沢の声は明るかった。

「試験はどうだった?」
僕は単刀直入に聞いた。藤沢は大学4年だった去年、弁護士を目指し、司法試験を受けたが、不合格で、今年が2度目の挑戦となる。

「うん、悪くなかったと思う」
言葉は控えめだったが、藤沢の顔には自信が浮かんでいた。

「そうか、それは期待が持てそうだね」

「ああ。ただ、こればかりは相手のある事だから。自分らの大学だと30人に1人ぐらいしか合格できないんだ」

「そんなに厳しいのか。孝志の力は信じてるけど、その倍率を聞いてしまうとなあ」

「だから、結果には期待しすぎないようにしている。ただ、やり切ったとは思ってる」

「それが大事だよ。やり切ったっていうさ、その気持ちが」
白川さんが口を挟んだ。

「おじさん、もし俺が合格したら、合格祝い、ここでやりたいなあ」

「そりゃあ、勿論だよ。誠君の時よりも、豪華にやろう」

「何で、そんな格差をつけるんですか。まあ、確かに自分の時とは難度が全く違うからなあ」
僕も白川さんと同じ思いだった。盛大に藤沢を祝ってやりたいと思った。

「あれ、亜衣ちゃんは?」
突如、藤沢が話題を変えた。

「仕事が忙しいんだよ。もう社会人だから」
そう言って僕は視線を窓の外に向けた。亜衣は短大を卒業して、中堅のT銀行に就職した。

「誠と亜衣ちゃんが付き合うなんてな」
藤沢は誰ともなく呟いた。すでに陽は西に大きく傾いていた。






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大人になるにつれ、かなしく(21)

2016-12-21 17:24:07 | Weblog
4年の月日が流れた。23歳の僕は、まだ就職していない。留年した訳ではない。無事、卒業はした。就職浪人という訳でもない。しかし、これは当たらずとも遠からずだ。いまは臨床心理士を目指し、大学院に通っている。

入学当時、僕は当然のように卒業後は、就職するのが当たり前だと思っていた。しかし、学年が上がるにつれ、漠然とは感じてしていた、心理学科の就職の難しさが、より具体的に迫ってきた。2年生の秋から彼女が出来たが、就職活動に忙しくなった彼女と、その頃には大学院進学に舵を切っていた僕との間に溝ができ、4年の夏に別れた。

入れ替わるように、僕の考えを理解してくれた女性がいた。いまはその人と付き合っている。白川亜衣。あの僕らの行きつけの喫茶店「樹々」のマスターである白川さんの娘。彼女が少女から大人に変わっていく様を、僕は見てきた。そして次第に彼女に魅了されていく自分に気付いたのだ。

僕に告白する度胸はなかった。亜衣に僕はどう映っているのか?就職もせず、ふらふら漂っている、駄目な男と判断を下されているとしても、仕方ないと思っていた。それに彼女にも付き合っている彼氏がいても不思議はない。いや、むしろいない方が不自然な程、亜衣は女性としての魅力を増していた。

僕に勇気を与えてくれたのは他ならぬ、亜衣の父、白川さんだった。

「亜衣は誠君の事が好きみたいだよ」

僕のナポリタンをかき込んでいた右手が止まった。

「えっ、亜衣さんがそう言ったんですか?」

「いや、なかなか父親にはそういうこと話さないけど、言葉の端々や、君が店にいる時の亜衣のしぐさを見てると分かるんだよ。藤沢君を見る目と、誠君を見る目が、全然、違うんだ」

「おじさんは、いつからそう感じていたんですか?」

「誠君の合格祝いの時に、亜衣がケーキを作ったことがあったの覚えてる?」

「勿論です」

「正直言うと、実は少し手伝ったんだ。その時の亜衣の真剣なまなざしには、こっちも少々、戸惑ったよ」

「でもあれから4年以上も経ってるんですよ」

「変わってないよ、あの頃と。誠君を見る亜衣の眼差しは。それはあいつも21だから、彼氏がいた時期もあったかもしれない。でも、やっぱり変わってないよ」

僕はそれからまもなく、亜衣に告白したのだ。








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大人になるにつれ、かなしく(20)、 逃げ恥最終回20%越え

2016-12-21 10:37:21 | Weblog
入学して1ヶ月が過ぎたゴールデンウイーク明け。心理学部の印象でまず感じたのが、女子学生が多いことだった。勿論、入学前から分かっていたのだが、改めて、その中に入ってみると、自分はここに居ていいのかとさえ思う。ただでさえ法学部や経済学部に比べて、脇に置かれている学部である。

「もしもし誠、大学生活はどうだ。楽しいか?」
受話器から藤沢の少しからかいの混じった、楽しそうな声がする。

「ああ、楽しいね」
ネガティブな言葉を並べたら、どこか負けのような気がした。

「それは良かった。彼女は出来たか?」

「いや、まだ」
どうも口が重い。

「そうか。隠し事はなしだぞ」

「心理学科は女子学生が多くてね。もう少し男が多い方がやりやすいよ、いろいろと」

「贅沢言うなよ。羨ましい環境じゃないか」

「俺も最初はそう思ってたんだよ。まあ、少ない分、男たちの結束は固いけどな」

「ほお、それは良かった」

「それより孝志こそ、新しい彼女できたんじゃないか?」

「ああ。できたよ」

「それは良かった。おめでとう」
心からそう思った。嫉妬よりも、嬉しさのほうが勝った。藤沢がもてないはずがない。

「ああ」

「孝志の彼女だから可愛いんだだろうな」

「そりぁ、可愛いよ」
藤沢の言葉に力がない。オウム返しのような言葉。何となく気がかりだ。

「孝志、お前もしかしてまだ有紗のことが・・・」
禁句を口にしてしまったと思った。僕はそれ以上言葉を続けられなかった。

「馬鹿いうなよ。あいつの事はとっくに忘れたよ。今が楽しいからさあ」
少し怒気を含んだ力のこもった声だった。藤沢はまだ有紗を忘れていない。それがはっきり分かった。

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逃げ恥、20%越え!凄い。もしかしたらとは思っていたけれど。ドラマが始まった頃に、この数字を予測した日とはおそらくいなかったのではないでしょうか。この手のドラマは、例え良作でも低視聴率に終わることが多く、逃げ恥も初回は最終回の半分の10%。2話目からは一桁に落ちるのが常でした。登場人物が、皆マイノリティーですからね。

しかし、その流れを変えたのがガッキーこと新垣結衣のドラマのエンディングで流れる恋ダンスでした。「可愛い」と話題を呼び、動画再生回数もとてつもない事になり、社会現象にまでなりました。ガッキーの可愛らしさなくして、この高視聴率はなかったですね。

菅野美穂とは別の意味で、新垣さんも役の人格に忠実になりきろうとする女優だと思います。ただ、どうしても可愛らしさばかりが目立ってしまう。何年か前に見た「情熱大陸」。ガッキーという可愛くて明るい女の子というイメージとはかけ離れた、むしろ人見知りで、マイナス思考で悩んでいる姿が印象的でした。今回のドラマは、世間のステレオタイプなガッキー像を受け入れながらも、女優として役を全うしようとし続けた彼女へのご褒美だったのだと思います。新垣結衣の代表作が出来ましたね。

世間的に2016年を代表する曲は、朝ドラ主題歌の宇多田ヒカルの「花束を君に」と、「逃げ恥」でガッキーとダブル主演だったとも言える星野源の「恋」ではないでしょうか。紅白でもまた二人の再会を期待したいところです。

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大人になるにつれ、かなしく(19)

2016-12-20 23:18:03 | Weblog
僕はたまに「うまい」という言葉を発する以外、黙々とナポリタンを食べることに集中した。

「はい、孝志君、ポークソテー」

「ありがとう。あっ、おじさんずるいな。一人でビール飲んで」

「いいじゃないか、祝杯なんだから。君はまだ未成年だからね」

「一杯だけ」
藤沢が手を合わせる。

「仕方ない一杯だけだぞ」
白川さんはジョッキにビールをついで、藤沢の前に置いた。

「さすがおじさん」
藤沢は旨そうにビールを飲み干す。

「おじさん、俺にもいいかな」

「そうだな。今日は誠君の合格祝いだもんな。一杯だけだぞ」

「ありがとうございます」

しばらくして、僕がナポリタンを食べ終わり、右隣を見ると、藤沢の端正な顔がだいぶ緩んでいる。

「誠君、まだあるよ」

「いや、もういいです。ご馳走様」

僕らがいろいろと話している間、亜衣はほとんど言葉を発しなかったが、落ち着きがなかった。姿を見せたり消したりしている。父と娘がアイコンタクトを取り、娘が頷いた。亜衣はまたいったん、居なくなり、次に表われた時には、いくつものフルーツを盛った、円形のケーキの乗った皿を両手で持っていた。

「あの、これ私が作りました」
生クリームの上に「合格☆おめでとう」と書いてあった。

「これ、亜衣ちゃんが独りで作ったの?」

「はい。味は保障しませんが」

「凄いね。ありがとう。ナポリタン、おかわりしないでよかった」

亜衣の頬は少し赤みが射していた。しかし、白川さんや藤沢がアルコールでさらに赤くなっているので、それが目立つことはなかった。






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大人になるにつれ、かなしく(18)

2016-12-20 21:20:19 | Weblog
「えっ、何で?」

「電話で話している時も、様子がおかしかったし、矢野は今日も来ないし」

「ああ、別れた。去年の暮れ、クリスマスまで持たなかった」
藤沢はあっさり認めた。

「だったら、そう言ってくれればよかったのに」
僕は少し不満だった。

「あの時はなあ。誠も大事な時だったし。それとどこかで、有紗とよりを戻したい気持ちがあったのかもしれない」

「ああ、そうだったのか」

「今日だってここへ来るように誘ったんだよ。連絡は取れる関係なんだ。だから、お前におめでとうと伝えて欲しいと頼まれたのは本当だ」
藤沢は少し淋しそうな顔をしていた。

「いま、俺たちがここにいることは知ってる訳だから、気が変わって来るかもしれないな」
藤沢への慰めの言葉でもあり、実際に、彼女が姿を見せるのではないかという、淡い期待を抱いていた。

「無理だよ。あいつ、新しい彼氏できたんだ。やっぱり過去は今にはかなわないって事だ。同じ大学の奴らにはかなわない。それは俺もだ。キャンパスの女の子が眩しく見えるんだ」
藤沢は苦笑しながら言った。

「さあ、ナポリタンできたよ」
少し沈んでしまった場を再び浮かび上がらせるように、白川さんは声を張った。
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大人になるにつれ、かなしく(17)、砂の塔最終回

2016-12-19 22:13:11 | Weblog
6時過ぎ、藤沢が店に入ってきた。すでに日は暮れていた。
「ごめん、ごめん。待たせたね」
「孝志、それはいいけど矢野は?」
「うん、まあね。声はかけたんだけど、駄目だった。誠に「おめでとう」と伝えてくれと言ってたよ」

「なんだ残念だな。有紗ちゃん来ないのか」
白川さんは淋しそうだ。
「お父さん、なんか気持ち悪い。いい年して」
娘の亜衣に言われ、さらに淋しそうだ。店内が一瞬、静まり返った。

「それよりも今日は、誠の合格祝いだろ。よかったなあ、誠。おめでとう。プレゼントは何もないぞ」
藤沢が沈黙を破った。
「別に期待してないよ」
孝志が心から喜んでくれているのは、よく分かっている。それでも僕の気持ちはもうひとつ晴れない。
「私はありますよ」
亜衣の声は弾んでいた。彼女は有紗が来ないことが嬉しいのかもしれない。
「えっ、何かなあ?」
「あとで見せます」
「楽しみにしてるよ」
亜衣の楽しそうな顔を見て、僕も自然に笑みがこぼれたのを自覚した。有紗の不在を少し忘れさせてくれた。

「それよりなに食べる。張り切って作るよ。メニュー以外のものは無理だけど」
白川さんは気持ちを立て直した顔をしていた。
「ナポリタン。ナポリタンが食べたいなあ」
「そんなものでいいのか。遠慮しなくていいんだよ、誠君」
「いや、好きなんですよナポリタン。特にここのナポリタンが」
「そうか。じゃあ少し待ってて。亜衣、二人にサラダ出して」
「うん」
亜衣がサラダを取りにいった。

「もしかして、有紗と別れた?」
僕は小声で藤沢に尋ねた。

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「砂の塔」最後に数字は上げてきました。菅野さんは主演ドラマではほとんど1桁は取らない不思議な女優です。

しかし、ドラマの脚本自体は褒められたものではなかったです。当初は主婦のいじめがかなりメインに描かれていましたが、これが評判が悪かったため、路線変更でいじめシーンはほとんどなくなり、菅野さんと血のつながりのない息子の関係、また松嶋さんのフラワーアレンジメントもいつの間にか消え、菅野さんの息子を愛する実の母親の立場を押し出してきました。それでも足りないと思ったのか、最後は強引に菅野さんの幼馴染みの体操教室のお兄さんを犯人にするという、行き当たりばったりの内容でした。

こうした脚本の迷走に惑わされず、菅野さんはじめキャストは、それぞれ、自らの役を全うすることに徹していたのは賞賛に値するのではないでしょうか。



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大人になるにつれ、かなしく(16)

2016-12-18 23:23:38 | Weblog
3月上旬。日が暮れるにはもう少し時間を要しそうだ。僕は約束の場所、喫茶店「樹々」で、藤沢と有紗を待った。白川さんが僕の合格祝いのために、店を早く閉めてくれた。彼の娘の亜衣さんの姿もある。白川さんは謙遜で「十人並み」と評したが、眼がパッチリとしたショートカットの似合う、可愛らしい娘だった。

「はじめまして、娘の亜衣です。坂木さん、合格おめでとうございます」
「あ、ありがとう」

僕は「十人並み」という彼女の父親の言葉を鵜呑みにし、少し慌てつつ、いい意味で期待を裏切ってくれた嬉しさもあった。

「いよいよ、大学生ですね」
「うん、ようやくね。亜衣さんは来年受験かな?」
「はい」
「がんばって」

「いや、これに大学は無理だよ」
コーヒーカップを拭きながら、親父が話しに割り込んできた。
「そんなのやってみないと分からないじゃん」
亜衣は頬を膨らませる。
「藤沢君や坂木君とは頭の出来が違うしね。うちの亜衣は」
「いや受験は、勉強すれば何とかなりますよ」
僕の偽らざる本音だった。
「ほら、坂木さんがこう言ってくれてるんだよ」
「いや、この子は何をやっても長続きしなくてね」
彼女は痛いところを突かれたようで、少しうつむき、言葉を返せずにいた。

僕はその光景を微笑ましく眺めながらも、あの二人が揃って姿を現すのかどうかを気にしていた。
「そろそろ来るかな藤沢君と有紗ちゃん。二人揃って」
白川さんが呟いた。


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大人になるにつれ、かなしく(15)

2016-12-18 21:29:58 | Weblog
雪が舞っていた。本命の大学の合格発表の日。年末の予備校の試験結果での、この大学の合格確率は50%と算出されていた。自信も半々だった。

この1年、自分なりに大学合格のための努力はしてきた。1年前とは比べ物にならないぐらい実力がついたのは確かだ。しかし、すでに2校不合格という結果が出た。3度目の正直か。2度あることは3度あるか。ボードに番号が張り出されている。あの中に僕の番号はあるのか?藤沢の「心理学部や心理学科にこだわるな」という卒業時の忠告は正しかったのかもしれない。しかし、どの学部でもいいとの気持ちでは、ここまで努力は出来なかっただろう。

僕は張り出された番号の目の前に立った。21,27,34・・・。かなり番号は飛び飛びだ。予想していたとはいえ、現実を突きつけられると、ネガティブなイメージしか沸いてこない。しかし、想像は外れた。僕の番号があったのだ。何度確認してもある。そして決して消えることはなかった。M大学の心理学科に合格したのだ。「ここに決めよう」。まだ受験予定の大学もあったが、M大学への入学を僕は事実上、雪が積もり始めたその場で、決意を固めた。


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大人になるにつれ、かなしく(14)

2016-12-17 21:16:20 | Weblog
「そっちはどうなの?キャンパスライフ、楽しい?」

「ああ、楽しいよ。サークルにもいくつか入って、今は車の教習所通いを始めた。あと大学生になると、女が急に色っぽくなる」

「免許とって、車を買ったら、あの美人の有紗ちゃん。彼女を助手席に乗せて」

白川さんが話しに割り込んでくる。

「おじさん。何で矢野でなく、有紗で覚えてるの?でも大学に通っている間に、中古でいいから自分の車が欲しいな。そういえば、おじさんにも娘がいたよね。一度だけ、ちらっと見かけた事があるけど、結構かわいかったなあ」

「おいおい藤沢君、あんなべっぴんな彼女がいながら、うちの娘にまで」
白川さんはそういいつつ、笑っている。
「なあに、うちの娘は十人並みだよ」
「娘さん、高校生くらいですか?」
僕も少し興味を持った。
「うん、16歳だからね。高2だよ」

名前は、亜衣というらしい。僕らは今度、紹介してくれるよう、白川さんに頼んだが、「いや実は、あいつは人見知りなところがあって、君たちが来るとどっか行ってしまうんだ。店を手伝ってくれる日もあるんだけどね」
「おれたち嫌われてるんだな」
僕と藤沢は顔を見合わせ苦笑した。
「来春、坂木君が大学に合格したら、ここでお祝いしよう。勿論、無料で」
白川さんは細い目をさらに細めた。
「ありがとうございます。何とか頑張ってみます」
僕は素直に、そして少し語気を強めた。
「誠、その意気だよ」
藤沢も僕に釣られたのか、声を張った。
「その時は、有紗ちゃんも一緒にね」
「分かったよ、おじさんがそんなに言うなら。おじさんこそ、亜衣ちゃんを参加させてよ」
「ああ、わかった、わかった」

打ち解けた雰囲気のまま、僕らは店を出た。気になったのは有紗の話題になると、藤沢が話を逸らそうとしていたことだ。付き合っているのは確かなようだが、卒業式の時より、少し距離が出来たのかなと僕は勝手に想像した。




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大人になるにつれ、かなしく(13)

2016-12-16 21:13:18 | Weblog
卒業後、僕が藤沢と初めて会ったのは、ゴールデンウィーク只中の5月のはじめだった。場所は高校時代、よく出入りしていた例の喫茶店である。

再会した大学生の藤沢は、やはり眩しかった。白シャツにジーンズを基調としていて、その上に春物のジャケットを羽織っている。特に1年前の初夏の時期とさして変わらない。髪型も短髪で額を見せているのも高校時代そのままだ。強いて言えば、ネックレスをしているのが新鮮に映った。

挨拶もそこそこに、僕らは喫茶店のカウンターに座った。店内はランチの時間を過ぎたのもあり、空いていた。

「おじさん、コーヒー。それといつものサンドイッチ」
藤沢が注文すると、僕はなんとなく面倒臭い気分で「じゃあ、同じで」と言った。
「何だ、坂木君。主体性がないなあ」
店主の白川さんは、相変わらず優しい目をしていた。僕らは白川さんを親しみをこめて「おじさん」と呼ぶ。
「そうですか?」
僕はそっけなかった。白川さんの言葉の意味が分からない訳ではない。ただ、気分が今日のような初夏のようには、晴れていなかっただけである。
「勉強ははかどってる?」
藤沢が尋ねる。僕は自宅から30分ほど電車に乗り、大手予備校へ通っていた。
「うん、まあね」
僕は無味乾燥な返事をする。藤沢が煙草に火をつけた。窓越しに、同世代の若者たちの楽しげな姿が映る。
「孝志、俺にも1本くれよ」
僕は藤沢から貰ったマルボロに火をつけ、白い煙を吐いた。




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