十一月十九日(木)晴れ後雨。
いつも家族に笑わられるのだが、私は、「ナポリタン」は、ご飯のおかずにして食べるのが一番好きである。今朝も、赤ウインナー、目玉焼きにナポリタンとキャベツの千切り、というメニュー。「ナポリタン」と言っても、私が作るものを本場のイタリア人が見たら、ビツクリポンに違いあるまい。玉ねぎと赤ウインナーを入れてスパゲティーを炒めてケチャップで味をつけただけのものだ。
スパゲティーが「パスタ」で、炒めずに茹でたものにソースをからめて食べる、と言うことを知った時は、随分と驚いたものだ。私の若い頃は、スパゲティーは専門店やレストランで食べるのではなく、喫茶店で食べるものだった。まあどうでも良い話ですが。
歳時記によれば、今日は「一茶忌」だそうだ。一茶のつくった句は約二万二千句。で、芭蕉の約千句、蕪村の約三千句に比べ非常に多い。最も多くの俳句を残したのは、正岡子規で約二万四千句であるが、一茶の句は類似句や異形句が多いため、数え方によっては、子規の句数を上回るかもしれない。よく知られている「我と来て遊べや親のない雀」にも、「我と来て遊ぶや親のない雀」と「我と来て遊ぶ親のない雀」の類似句があり、これを1句とするか3句とするかは議論の分かれるところである。
現代の一茶研究で最も権威のある『一茶全集』第1巻(信濃毎日新聞社、一九七九年)には、一茶のほぼ全作品が収録されている。なお、その後の発行された『一茶発句総索引』(信濃毎日新聞社、一九九四年)で、一九八句が新出句として追加されるとともに、『一茶全集』第1巻に久保田兎園等の句が40数句あったと記述されている。一茶の句の発見は、これ以後も続き今日に至る。(「ウイキ」より。)
昼に、友人が来て、中華街の「安記」にて昼食を共にした。車で行ったので、当然飲まず。中華街に行って酒を飲まずに食事だけと言うのも寂しいが、最近胃が痛むことが多いので、休肝日とした。友人を駅に送ってから事務所にて仕事。
いつも家族に笑わられるのだが、私は、「ナポリタン」は、ご飯のおかずにして食べるのが一番好きである。今朝も、赤ウインナー、目玉焼きにナポリタンとキャベツの千切り、というメニュー。「ナポリタン」と言っても、私が作るものを本場のイタリア人が見たら、ビツクリポンに違いあるまい。玉ねぎと赤ウインナーを入れてスパゲティーを炒めてケチャップで味をつけただけのものだ。
スパゲティーが「パスタ」で、炒めずに茹でたものにソースをからめて食べる、と言うことを知った時は、随分と驚いたものだ。私の若い頃は、スパゲティーは専門店やレストランで食べるのではなく、喫茶店で食べるものだった。まあどうでも良い話ですが。
歳時記によれば、今日は「一茶忌」だそうだ。一茶のつくった句は約二万二千句。で、芭蕉の約千句、蕪村の約三千句に比べ非常に多い。最も多くの俳句を残したのは、正岡子規で約二万四千句であるが、一茶の句は類似句や異形句が多いため、数え方によっては、子規の句数を上回るかもしれない。よく知られている「我と来て遊べや親のない雀」にも、「我と来て遊ぶや親のない雀」と「我と来て遊ぶ親のない雀」の類似句があり、これを1句とするか3句とするかは議論の分かれるところである。
現代の一茶研究で最も権威のある『一茶全集』第1巻(信濃毎日新聞社、一九七九年)には、一茶のほぼ全作品が収録されている。なお、その後の発行された『一茶発句総索引』(信濃毎日新聞社、一九九四年)で、一九八句が新出句として追加されるとともに、『一茶全集』第1巻に久保田兎園等の句が40数句あったと記述されている。一茶の句の発見は、これ以後も続き今日に至る。(「ウイキ」より。)
昼に、友人が来て、中華街の「安記」にて昼食を共にした。車で行ったので、当然飲まず。中華街に行って酒を飲まずに食事だけと言うのも寂しいが、最近胃が痛むことが多いので、休肝日とした。友人を駅に送ってから事務所にて仕事。