三月八日(日)雨。
朝は、焼きそば、納豆、東マルのうどんスープで「うどん」。焼きそばは我が家ではご飯のおかずになるのである。昼は、おにぎり一個。夜はちょっと寒かったので「豚肉鍋」「ピーマンと豚肉とタケノコ炒め」を「黒霧島」をお供に、録画しておいた「名古屋ウィメンズ・マラソン」を見る。いい試合だった。
そう言えば、最近、中華街や料理屋で、食べきれなかった分を「おみや」にして持って帰る。と言うことをしなくなった。例の「O157」の騒ぎ以来、中華街でも「おみや」は断っていたように思う。その昔は、結婚式の披露宴などでは「鯛の塩焼き」が出たものだ。それを披露宴の席では食べずに、置かれた風呂敷で持って帰った。正直言って、冷えてカチカチになった鯛の塩焼きなど、余り喜ぶ者はいなかったが、それでももったいないので温め直して食べた。「おみやげ」のことを「おみや」と略して言っていた。確か昭和の頃の話である。
食べ物が豊富にあり、今では残り物の「おみや」を喜ぶ子供や大人も少なくなった。それでも、馴染みの店で家族用に、別に作って貰った「おみや」を下げて自宅に帰ると、親父の威厳が少し取り戻せるような気持ちになる。
朝は、焼きそば、納豆、東マルのうどんスープで「うどん」。焼きそばは我が家ではご飯のおかずになるのである。昼は、おにぎり一個。夜はちょっと寒かったので「豚肉鍋」「ピーマンと豚肉とタケノコ炒め」を「黒霧島」をお供に、録画しておいた「名古屋ウィメンズ・マラソン」を見る。いい試合だった。
そう言えば、最近、中華街や料理屋で、食べきれなかった分を「おみや」にして持って帰る。と言うことをしなくなった。例の「O157」の騒ぎ以来、中華街でも「おみや」は断っていたように思う。その昔は、結婚式の披露宴などでは「鯛の塩焼き」が出たものだ。それを披露宴の席では食べずに、置かれた風呂敷で持って帰った。正直言って、冷えてカチカチになった鯛の塩焼きなど、余り喜ぶ者はいなかったが、それでももったいないので温め直して食べた。「おみやげ」のことを「おみや」と略して言っていた。確か昭和の頃の話である。
食べ物が豊富にあり、今では残り物の「おみや」を喜ぶ子供や大人も少なくなった。それでも、馴染みの店で家族用に、別に作って貰った「おみや」を下げて自宅に帰ると、親父の威厳が少し取り戻せるような気持ちになる。