白雲去来

蜷川正大の日々是口実

雪月花の時、最も友をおもふ。

2020-04-17 13:09:34 | 日記
四月六日(月)晴れ。

ストックホルムで行われた、ノーベル文学賞授賞式において川端康成は、矢代幸雄博士の言葉を引いて、こう話した。
「雪の美しいのを見るにつけ、月の美しいのを見るにつけ、つまり四季折り折りの美に、自分が触れ、目覚めるとき、美にめぐり合う幸いを得たときには、親しい友が切に思われ、この喜びを共にしたいと願う、つまり、美の感動が人なつかしい思いやりを強く誘い出すのです。この『友』は、広く『人間』ともとれましょう。また『雪、月、花』という四季の移りの折り折りの美を現す言葉は、日本においては山川草木、森羅万象、自然のすべて、そして人間感情の美をも含めての、美を現す言葉とするのが伝統なのであります。そして日本の茶道も、『雪月花の時、最も友をおもふ』のがその根本の心で、茶会はその『感会』、よい時によい友が集うよい会なのであります」。(引用ここまで)

その有名な、「雪月花の時、最も友をおもふ」の出典は、唐代の詩人、白居易の「寄殷協律」(いんきょうりつに寄す)からである。ちなみに殷協律とは、白居易が江南にいた時の部下のこと。コロナ騒ぎで恒例の花見も出来ずに、横浜の名所となった大岡川沿いの桜も、すでに葉桜となってしまった。最も、白居易がその詩を詠んだ時の「花」は桜ではなく梅だったのだろうが、そんなことはどうでも良く、雪月花を楽しむ心の余裕がなくなったと言うのが本音である。花見を楽しむべき盟友は、のっびきならぬ病と闘っているし、コロナの終息も見えない。

酒と読書とDVDの日々。と書くと優雅に聞こえるかもしれないが、「そうせざるを得ない」という所に、鬱なるものがある。まあなるべく明るく生きましょう。

夜は、我が酔狂亭にて、手羽餃子、イワシのフライ、キャベツの千切りを肴に、お供は「霧島連山」にて月下独酌。
 
           

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