白雲去来

蜷川正大の日々是口実

テレビをつけると練炭女と女漫才師のことばかり。

2012-02-24 16:50:10 | インポート

二月二十三日(木)雨のち晴れ。

 

 午前と午後に来客あり。昼間なので、酒肴の接待はなしでコオヒイで雑談。午後から、郵便局や事務所を回ってから帰宅。

 

 夜は、残りのおでんと、ソフトサラミのマリネ、ツナサラダで「いいちこ」を飲み、録画しておいた「コーンエアー」というドタバタ映画を見る。ブログを三日分更新してふと時計を見れば深夜の二時。何でこんな金にもならないことに体力を使ってと思うのだが、こんなヨタ記事でももしかすると魂の記録になるかもしれないと思って頑張っている。

 

 相変わらず、テレビをつければ、金に目がくらんだデブのブスが、何人もの男を操って金を巻き上げ、挙句の果てには殺されて・・・。騙された男たちは、その女とネットで知り合ったというが、自分の過去を振り返って、モテたこともないのにいきなり女が惚れてくるものかどうか、わかりそうなものだが。そういった遊び慣れていない男たちだけを狙ってだますのだから、いい玉だ。

 

 あとは、女の漫才師が占い師に騙されているとか、どうでもいいような話ばかりでうんざりする。かと思えば、親子三人が餓死したり、一体、日本はどうなっているのだろうか。まあ考えてみれば金もなく、働きもしなければ、飯が食えなくなることぐらい小学生でも分かるだろう。さらに自分の親が死んでも葬儀も出さずに、隠しておいて親の年金を詐取する。役所ももう少し調べろよ。大体120歳の人が何十人もいるということが、おかしいとは思わないかなぁー。公務員に身分制度など与えるから、こんな事なかれ主義の連中ばかりになる。

 

 神奈川県の知事が東北の瓦礫の引き受けを表明したら、住民の反対で引き受けができない。福島から250キロも離れた場所の瓦礫だというのに、拒否する。その反対運動をしている中に地元の住民でない連中がいるというのだから、おかしなことだ。何でも国や県のすることに反対して生活している連中がいることは明らかなのに、マスコミはそれを報道しない。沖縄などで、反基地運動をしている大多数が、共産党や過激派の活動家であることは周知のことなのに、なぜか「市民団体」と報道する。いやな世の中になったものだ。

 

 と世をののしり、悲憤慷慨しつつ今日も酒か。毎日酒のネタが尽きずに有難いってことか。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「慣れ」と「堕落」は共通語。

2012-02-24 01:44:02 | インポート

二月二十二日(水)曇り。夜来から雨。

 様々な事情があって、北の果てでの生活を余儀なくされていた頃。何が一番辛かったと言えば、それは「寒さ」との戦いであった。小学生の時に新聞配達のアルバイトをしていた頃以来、手や耳にしもやけが出来た。一人の部屋で、本をめくる時にかすかに感じる風にさえ寒さを意識して袖から指先だけを少し出して読書した日々。その時に励みになったのが、野村先生の「銀河蒼茫」と共に、江戸時代の朱子学の大家であった菅茶山の漢詩「冬夜書を読む」であった。

 

 その土地に行ってから一年半を過ぎてから、「切通し農場」という場所で農業に従事し、冬になると、さらに山深い「住吉農場」という所に移動させられた。「農場」とは名ばかりで、実際には伐採などの重労働を課せられた。胸まである雪の山道を人力で道をつけながら作業場に行く。生まれて初めて樹氷やダイヤモンドダストを見たのも、この時であった。そして横浜育ちの私にとって、雪は決して風流なものなどではなく、「克服」するものと思い知らされた。

 

 そんな時に「漢詩選」で知ったのが、菅茶山の「冬夜書を読む」だった。人は、どんなに苦境に陥っても、一篇の句や詩を知ることによって耐えられることができるという経験をしただけでも、そこでの三年余は無駄ではなかったと思っている。

雪は山堂を擁して樹影深く

檐鈴動かず夜沈々

閑かに乱帙を収めて疑義を思えば

一穂の青燈万古の心

降り積もった雪は山中のわが家を取り囲み、こんもりと繁ったまわりの樹木の影は薄い。軒の風鈴は下がったままで動かず、夜はしんしんと更けていく。とりちらかした書物を静かにかたづけながら疑問の箇所を考えていると、昔の聖賢の心が燈火の青い焔に照らし出されてくる思いがする。

 

 野村先生の句、「この雪の打擲に耐えて、耐えて行く」と共に励まされた詩であった。その頃のことを思ったら、暖房など贅沢な話だが、慣れと堕落は共通語となり、「歳」を言い訳にして日々老いて行く。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

李白だって家飲みを楽しんだ。

2012-02-24 01:02:23 | インポート

二月二十一日(火)曇り。

 

 情けないことに家飲みして二日酔いになる。考えてみれば、低予算ビックな企画で、それなりに楽しいだが、しかし家人らが体のことを心配して?、文句を言われるのが、少々わずらわしい。

 

 

 

 花咲く木の間で一壺の酒を抱え、相語る友もいないので独りで飲む。杯を挙げて名月を迎えると、月と私と私の影法師と三人連れとなる。だが月は酒を飲むことを解しない。影はただ私の動くままに動くだけである。まあしばらく月と影法師を連れにして、春のさらないうちに、楽しみをつくしておくことにしよう。私が歌うと月が空をさまよい、私が舞うと影法師も地面に乱れる。醒めているときは三人は一緒に喜び合うが、酔って寝てしまうとばらばらになってしまう。だが月下独酌の楽しみは忘れられず、月と影法師と私は長く無情の交わりを結ぶ。酔夢の中で落ち合う約束の場所は、はるか彼方の天の川である。(駒田信二訳)

 

 

 

 詩聖と言われた李白の「月下独酌」の和訳である。まあ古今東西酒飲みとはこんなものである。酒飲みの一番の楽しみは、どんなにおいしい肴よりも、共に酒を楽しむ友のいること、正に人間味である。

 

 夜は、カナブン君とサエの字と私と愚妻の四人で、某ホテルのメインバーで飲む。たまにはこういったおしゃれな場所で飲むと心が洗われる。その後、友人も参戦して久しぶりにサリーの店へ。仕上げは後輩の経営している「鉄板職人」とかいう店へ行き、したたか飲んで解散。

 

 

  仕事の合間に、海外旅行で泊まったホテルの絵葉書をスキャンしてPCに保存した。

011h72※ソウル、ホテル新羅。市街地から少し離れているが、いいホテルだった。

013h167※ソウル・ウエスティン・チョースン。私は、ロッテよりもここが静かで好きだ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

月と影とを伴って酔狂亭にて独酌。

2012-02-24 00:19:15 | インポート

二月二十日(月)晴れ。

 N通販で買ったフライパンのセット。うたい文句では「こびりつかず、少しの油でも大丈夫」と言うことだったが、買ってから一ヶ月もたたずに、使い勝手が悪くなった。こびりつかないどころか、スーパーで五百円程度のフライパンよりも質が悪い。まあ通販など、詐欺まがいのものに手を出した自分が悪いと自省して、あきらめた。N通販のゴミ野郎め、安い買い物ではなかっただけに本当に頭にきた。歯医者に行く途中で、ニトリでフライパンを二つ買った。

 

 仕事の合間をみて、スクラップや趣味の写真、そして読んだ本の整理などをしている。本を読んで、気に入った言葉や、紹介されている本、さらに自分では知らなかった語彙をノートに書き留めている。他の人から見れば、「何だこんな言葉も知らないのか」と馬鹿にされそうだが、知らないことは恥ではない。知ろうとしないことの方が恥ずかしいのだ。

 

 昨日も、浅田次郎氏の「つばさよつばさ」という本の中に「かくて私は一年の三分の一を羈旅の空に過ごしている」というくだりがあった。教養のない私は、その「羈旅」という言葉を知らなかった。早い話が「旅」の意味なのだが、無学な自分をののしりつつ、ノートに書き写した。

 

 かつて野村先生が、「車だって燃料が尽きれば止まってしまう。知識も一緒で、常に補給していなければ、すぐに尽きてしまう」とおっしゃっていた。その言葉を「初心」として、この歳になっても勉強と思って努力している。しかし生来の阿呆は治りそうにもないのが悩みの種だ。

 

 熊本は本渡諏訪神社の大野康孝兄より天草の「でこぽん」を頂く。子供たちの大好物で、以前、そのことを伝えたら、毎年気を遣ってくれる。生まれたばかりの子供と、愚妻を伴って天草に兄を訪ねたのはいつのことだったか。癌の治療と戦っているが、熊本は勤王第一党の人の健康を願わずにはいられない。夜は、酔狂亭にて月下独酌。月と影とで三人で相親しむ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三日ぶりに外飲み。

2012-02-21 10:39:42 | インポート

二月十九日(日)晴れ。

 

 三日も、出かけずに家にいると、どうもお尻がムズムズしてくる。二時過ぎまで自宅で「大吼」の校正を行った。原稿が届くのがバラバラで、中には手書きのものがあるので、校了が近づくともうパニック状態となる。

 

 

 午後に、上の子供の友達が来て、ケーキ作りにいそしんでいた。何でも、受験でバレンタインどころではなく、やっと一段落したので「友チョコ」のお返しのケーキやチョコを作っている。我が家には、私以外は皆、女性ばかり、女が三人いると「姦しい(かしましい)」と言うが、四人もいるのだから、かしましいどころではない。夕方に、ひでちゃんやカメちゃんに電話して、「一杯やろう」と言うことになった。こんな話は即決だ。

 

 五時半に「やまと」で待ち合わせて、のんびりと飲んだ。日曜日とあって、転戦せず、九時前に帰宅。ストレスの解消となった。

 

 余談ではあるが、私にはこれと言って趣味がない。まあ酒を飲んでいるか本を読むか、好きな映画のDVDを見るかぐらいなものだ。少し前までは釣りやキャンプに凝った時期もあったが、一緒に行く友達がいなくなったので、最近はほとんど行っておらず、釣竿やキャンプ道具は、文字通り宝の持ち腐れとなっている。趣味とは言えないが、旅行に行ったときに、乗った飛行機会社の絵葉書や泊まったホテルの絵葉書を旅の記念として集めている。

 

 スクラップブックを見ると、今はなくなってしまったJASの飛行機や、JAL、ANAの機体にペインティングしたものなど何枚か持っている。従って、ホテルに泊まっても絵葉書やレターセツトが備わっていないとがっかりする。だから旅に出た時には、なるべくビジネスホテルなどには泊まりたくない。暇をみてはホテルの絵葉書をパソコンに入力している。旅日記でも書いてみるか。

Img597※今はなき、JASのレインボージェット。貴重ですな。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする