白雲去来

蜷川正大の日々是口実

燃えよ祖国の製作。

2014-08-25 12:32:18 | インポート

八月二十三日(土)曇り。

朝から餃子ライス。因みに本場の中国では、餃子とライスや春巻きとライスという組み合わせはしないそうだ。スパゲティーもケチャップで炒めた物をナポリタン。ミートソースをイタリアンなどとは今は言わなくなった。そう言えば、私の子供の頃は、ポークソテーに缶詰のパイナップルの輪切りが載っているだけで「ハワイアン風」などと言うメニューがあった。茹でたスパゲティーを炒めずに、茹でたての物にソースをからめて出すと言うのが本場のスタイルということを知った時は、カルチャーショックを受けた。それでもスパゲティーをパスタ、ケーキ類をスゥイーツなどとは、恥ずかしくて口に出しては言えない。

今日は、一日「燃えよ祖国」の第二百五号の製作に励んだ。今月号は、野村先生がかつて全国の刑務所で発行されている「人」新聞で第二位となった「碁の心」、大行社の小針政人君の朝日新聞の虚報についての原稿。さらに福田春秀さんの「夏に銀河蒼茫を読む」などである。何とか今月中に完成、発送したいと思っています。

Scan0023 ※第二百五号の表紙写真です。場所はフイリピンのマタブンカイ・ビーチ・リゾートホテルのプールサイドです。平成四年夏。


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趣味の保存で頭が痛い。

2014-08-25 11:54:18 | インポート

八月二十二日(金)晴れ。

くだらん話で恐縮だが、無趣味な私の唯一の趣味と言えるものは駅伝とマラソンの観賞である。よって録画したVHSのビデオが山ほどある。ソニーのベーターの時代からであるから、数えたことはないが恐らく百本は軽く超えていると思う。ビデオテープはがさばるのでDVDに録画したいと思うのだが、生憎DVDで録画できるのは二時間と少し。高校駅伝などは男女の試合があるのでDVDでは時間がオーバーしてしまう。

ブルーレイが登場してからは、ビデオのハードディスクに録画しておいたものはBDディスクに保存しているのだが、VHSテープをブルーレイに録画する方法が分からない。我が家のテレビは外部入力がないので録画不能と言うのだが、何とか良い方法がないのかと頭を悩ませている。ビデオテープは劣化が早いので何とかしなければ。

またNHKなどのBSで放送された画像をDVDやBDディスクに録画することはできるのだが、それをコピーすることが出来ないのだ。そのようにプログラミングされているのだと思うが、友人に録画した物を上げようと思ってもコピーが出来ず、仕方がないので、一回づつDVDに録画している。時間がかかって仕方がない。

午後に、部活を終えて帰ってくる子供と横浜駅で待ち合わせてビックカメラへパソコンの周辺機器を買いに行く。ダイヤモンド地下街の生鮮館で良い鰹を発見したので即購入。家族が揃ってから夕食。暑い時には熱い物をと、社友の福井英史さんから頂いた「味噌煮込みうどん」を鍋にした。明治生まれで、明治、大正、昭和とヨコハマで過ごした貴重な庶民史「我が故郷はヨコハマなり」(大橋二郎著・幻冬舎)を肴に月下独酌。

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コメント (1)
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また先輩の悲報が・・・。

2014-08-25 11:16:10 | インポート

八月二十一日(木)晴れ。

友人から毎年頂く日記帳に、三食の食事のメニューや一日の出来事をメモ程度に書いているのだが、二日もズボラをすると、一昨日の夕食は何を食べたのか思い出せない時がままある。

痴呆症の始まりなのか、それとも単なる物忘れなのか、歳なりに悩むのだが、先日テレビでその違いを聞いてほっとした。昨日何を食べたのか思い出せないのは、単なる、物忘れで、食べたことの記憶がないのは痴呆症。そうかまだ大丈夫だ。

群青の会の大熊雄次氏よりメールが入り、蒼龍会の小島石根会長が亡くなられたとのこと。蒼龍会は、国粋会の会長だった森田政治先生が結成し初代会長を務めた団体で、小島会長は第二代会長であった。

森田政治先生と言えば、拳銃密輸容疑で逮捕され獄中にいる時に野村先生と短い時間であったが千葉刑務所の病舎で共に過ごしている。その森田会長との出会いを、野村先生は昭和四十一年十二月七日の「獄中日記」にこう記している。

「今日、日本国粋会の森田政治さんが我が病舎へ入病してくることとになった。勿論入病することは判っていたのだが、同室の幸運に恵まれるとは夢にも思って見なかった。それも隣床にありて深く語り合う天機を得たことは何と言っても我が喜びではあった。我が知る渡世人の中で、一応の頭目と今日まで語り合う機会も多くありしが、森田政治さんの様な真なる意味の侠客と語り合う機会には恵まれていなかった。いや、真なる意味で侠客の存在すら疑っていたものだ。「仁義とは慈悲だ」「人生とは誠意だ」という言葉を、このご仁の口から聞いた時、矢張りこの人に逢って良かった、と心から思った。「人生は友達の良否によってその価値が左右される」「誠意は尽くした人から帰ってくるものに非ず、至誠は通天である」というこの人の言葉に、我は久しぶりに酔った。矢張り人物はいるものだ。沁々と思う。勿論、この人はやくざだ。だが単にやくざと言って片付けられない人間の重さを感じさせられるのは、この人の今日までの人間修行のたまものに他あるまい。人いずれの道を進もうとも、極めれば必ず通ずるのだ。その道が剣であれ禅であれ事業であれ学問であれ任侠であれだ。それを初めて自分はこの人から教えられた。これが我が、森田政治との出会いである。」

野村先生が、「河野邸焼き討ち事件」にて十二年の獄中生活を終えて、戦線復帰した際に蒲田の蓮沼という所でスナック「山河」を開店した。そのお店で森田先生と二度ほどお会いしたことがある。もちろん野村先生のお供をしてだ。

森田先生の後を継いだ小島会長が主宰していた蒼龍会の勉強会には幾度か出席したことがある。また過日亡くなられた森洋先輩も出席していた「日本を糺す会」の常連の参加者でもあった。ご冥福を。

Cimg2290 ※平成十九年十一月二十九日、熱海で行われた「日本を糺す会」にて。左、故小島石根会長。右、故松崎忠男会長(平成二十四年十一月一日没)

 


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自然の驚異には逆らえないか。

2014-08-21 14:38:14 | インポート

八月二十日(水)晴れ。

鶏肉が沢山あったので「塩麹」で味付けしてから片栗粉をつけて揚げてみた。これが中々家族に評判が良かった。でも私は朝から揚げ物は遠慮して納豆、筋子に豆腐の味噌汁。

広島で大規模災害が起きて大変なことになっているらしい。日本は水は豊かだが、この時期には台風や大雨でいつも被害が出る。まことに不謹慎で申し訳ないが、先日、野球の試合中にピツチャーマウンドにいた高校生に雷が直撃して死亡するという事故?が起きた。ニュースによれば周りには避雷針があったにも関わらずだ。考えてみると、野球をしていて雷に打たれると言う確率はどのくらいあるのかと思ってしまう。自動車事故や飛行機事故など様々な事故で亡くなられる方もいるが、そういった事故に比べたら雨も降っていない時に雷に打たれるという確率は極めて低いに違いあるまい。だからこそご両親もあきらめがつかないだろう。子を持つ親として同情に耐えない。

私の家だって、盛土の上に安普請の家が建っている。おまけに片側は四メートルぐらいの、いわゆるのり地である。地震や大雨で、そののり地を支えている壁が崩れたら家は間違いなく倒壊する。おまけに一年以上も続いている解体、造成工事で目には見えないが、きっと地盤が緩くなっているのに違いあるまい。大自然の驚異には抗することは難しいが、そう言った時の備えはしておかなければならないだろう。

一日、カタログや読者プレゼントのCDのダビングや、その表紙などの作業に追われた。早めにシャワーを浴びてからカメちゃんと「やまと」で待ち合わせて一時間ほど。最近は、お互いに「八べろ(八時にベロベロになる)」となるので愚妻に迎えに来てもらい帰宅。あっという間に寝てしまった。


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ワシも羽田で考えた。

2014-08-21 14:12:15 | インポート

八月十九日(火)晴れ。

十一時二十分のJALで愚妻と下の子供が帰ってくるので羽田へ迎えに行った。駐車場へ車を入れようとしたらP1もP2も満車で待ちの車が並んでいる。ウイークデーなのに、えっ。という感じである。これを見た時に、羽田に来るときは車はやめようと思った。もし出発の時間に余裕がなかったならば、駐車場を待つ間に乗り過ごしてしまうかもしれない。特に我が家から羽田までは混んでいなければ二十五分ぐらいで着いてしまうので、いつもあまり時間に余裕を持たずに家を出る。これからは電車かリムジンバスを利用しようと思った次第。

定時に、飛行機は着。愚妻と子供と合流して昼食をとりに中華街へ。久しぶりに中華飯店で名物の「モツそば」を食べようと思い店を見たら満席。丁度昼時なので仕方ないか。それでは群青忌の打ち合わせもあるので均元楼へ行くが、何と定休日。では香港路の「安記」でもと店に行けば、ここも満席。あらら最後の手段と思い「菜香」へ。店が広い分ここでは座れた。幼馴染の吉次氏に席に案内してもらい飲茶を堪能した。

夜は一週間ぶりに家族揃って夕食。先日、テレビで見たエリンギのオリーブ油炒めと、同じ要領で茄子も炒めてみた。エリンギは、普通、縦に平たく切るが、横にして均等にぶつ切りにする。茄子も同じだ。これをオリーブ油にニンニク、唐辛子を先に炒めてから、あまり温度を揚げずにじっくり炒める。最後は醤油で味付け。まるでホタテ貝を食べているような食感となるから不思議だ。

山崎洋子さんの自伝「誰にも言えなかったことがある」(山崎洋子著・清流出版)を読了した。その感想は後日に。


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