白雲去来

蜷川正大の日々是口実

四十九日の法要と新年会。

2019-01-26 12:08:34 | 日記
一月二十四日(木)晴れ。

昨年の暮に亡くなられた国府正男先生の四十九日の法要と納骨の儀が横浜の磯子のお寺にて行われ出席。阿形充規先生はじめ斯界の重鎮の方々が参列。納骨の後に精進落としをしてから解散。

夕方から新横浜の中華料理屋にて大行出版の新年総会があり、四時半に新横浜駅にて群青の会の大熊雄次氏と待ち合わせて出席。会場は、人で溢れて満席状態である。離れたテーブルに親しい同志や諸先輩がいるのだが、余りにも人が多く、席の移動が困難である。手を上げたり、アイコンタクトで挨拶するのが精一杯である。結局、始まりから終了まで席を動かずにいた。終了後に、大熊氏を誘って、藤棚の鶏料理の名店「やまと」へ。佐伯さんが合流。しばらく飲んで解散。

テレビでは、見たくもないニュースが垂れ流される。見なければ良いじゃん。と言われそうだが、他のニュースも気になる。ご皇室関係のことに触れるのは、大変僭越なのだが、金を出して上げた。借用書が無いから頂いた。随分みみっちいバトルを展開し、それを面白おかしくワイトドショーが伝える。どっちもどっちだと思うが、「金を出してやった」などとせこいことを言われるのならば、耳を揃えてばーんと返して無視すれば良い。一番ご迷惑をしているのは・・・。と思うと身がすくむ思いがする。

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中華街にて。

2019-01-25 12:43:29 | 日記
一月二十三日(水)晴れ。

がぁーっと飲んでも十時前に寝ると、それほど二日酔いにはならない。大体、少なくとも毎日八時間ぐらいは寝る。歳のせいもあって、朝方、五時過ぎにトイレに起きて、おお後二時間くらいは寝ていられると、また布団に入る。極楽、極楽。朝食は、また新玉ねぎと豚肉とエリンギのオイスタソース炒め、納豆、新玉ねぎの味噌汁。夕方から中華街で食事の約束があるので、昼食は抜いた。

五時に、その昔お世話になった某出版社のI氏と先ごろ筆名の高い沖田臥竜さんとその友人の格闘家の方と中華街は状元楼にて食事。中華街の老舗にはほとんど入ったことがある。馴染みの店となるのは、やはり、料理の味よりも「人間味」である。状元楼に来たのは十五年も前のこと。伝統的な上海料理のお店として有名だが、どうしても知り合いの店に足が向く。お店の名前となっている「状元」とは、中国の科挙制度で最終試験(唐朝では省試、宋朝では殿試)で第一等の成績を修めた者に与えられる称号である。現在でも中国や台湾、香港では高考などの大学入試での成績最優秀者を状元と称すなど、現代でも生きた中国語として使用されている。

昨年の五月に、上海と寧波を訪ねた折に、連れて行って頂いたお店が、寧波の状元楼というお店だった。とても豪華なお店で、一階のフロアの壁に、唐代から清末までの状元の人の名前が書かれていた。中華街で友人らと歓談中にそんなことを思い出した。上海モダン、老上海をイメージしていると言う、宴会場や個室を見てみたいと思った。二時間ほど飲んで解散。楽しい時間だった。


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嫌なニュース。

2019-01-25 12:17:23 | 日記
一月二十二日(火)晴れ。

良い天気だ。気持ちが良いが、こう晴れの日ばかり続くと、困っている人も多いいのではないかと、ちょっと心配にもなる。朝は、豚肉と茄子と新玉ねぎのオイスターソース炒め。新玉ねぎの味噌汁。新玉ねぎが好きで、この時期は、味噌汁や炒め物に良く使う。昼は、忙しかったので、おにぎり二個。夜は、友人と「やまと」にて一献会。

良く分からないが、世の中には、「男気」のカケラも持ち合わせていない者がいるのを知り、そのニュースが流れると、すぐに他の局に換えてしまう。交際している時、それも結婚を前提にして付き合っている時に、彼女の喜ぶ顔が嬉しくて、プレゼントをしたり、高級なお店に食事に行く。それが別れた途端に、今までプレゼントした物や、食事代などを返せと言う男。それも細かく、あれにいくら使った、タクシー代を立て替えた。あのお金も出してあげた・・・。こんなことを言う男は、最低であることは言うまでもない。女の嘘でだまし取られたと言うのならともかく、自分だって良い思いをしただろう。そのお金というのが、たかだか〇百万と言うではないか。ああ嫌だ。鶴田浩二が泣いてますぜ。

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会社の携帯を失くした。

2019-01-25 11:33:30 | 日記
一月二十一日(月)晴れ。

どうでも良い話しですが(いつもですが)麺類が好きだ。家で食べる時は、うどんか素麺(冬は暖かい汁で食べる)。蕎麦屋で食べる時は、ほとんど蕎麦。それも温かい蕎麦は高級店よりも、「ゆで太郎」のような蕎麦屋の方が好きだ。冷たい蕎麦は、やはり名の通ったお店が、断然美味しい。体調のことを考えて、ラーメンやパスタを口にするのは、年に数えるほどだ。

そんな訳で、朝は「稲庭うどん」を暖かい汁で食べた。昼は、伊勢の同志の手作りのクッキーにコーヒー。夜は、肉屋にとても美味しそうな「つみれ」があったので、五人前ほど買ってきて「鶏ダンゴ鍋」を囲んだ。豆腐以外余計な物を一切入れずに、土鍋のなかで、コロコロと踊るのを楽しみながら、「黒霧島」のお供とした。

会社の携帯を失くした。どこで失くしたのか全く記憶がない。AUの位置情報では、「鶴見区の栄町の附近にある」。とのことだったが、そんな所に行ったことはない。仕方がないので、AUに頼んで「停止」して貰った。今度の休みには、新しいものを買うつもりだが、自業自得とはいえ、ついていない。

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あんな大人になりたくない。という自分は・・・。

2019-01-22 10:49:32 | 日記
一月二十日(日)曇り後晴れ。

CCRのかつてのヒット曲ではないが、「雨を見たかい」。随分と見ていない。空気の乾燥とインフルエンザの因果関係が良く分からないが、我が家では上の子供が、ついにインフルにやられた。お陰様で、我が家では自宅にいても、食事の時以外は皆マスクを着用している。部屋には加湿器をバンバン炊いて湿っぽくしている。元気が一番。早く良くなってほしいものだ。

私が子供の頃、醤油もソースも日本酒もウイスキーも量り売りをしていた。母から、「ちょっと酒屋さんで醤油を二合買って来て」と言われると、容器を持って酒屋に行き、醤油樽から、木の栓を抜いて、升に入れる時の「トクトクトク」という音を覚えている。その頃も昼から酒屋の隅で立ち飲みをしているオヤジたちがいた。何故か皆、良く日焼けしていて、焼酎焼けなのか鼻の頭が赤かった。「おいマー坊(私のことです)これやるから持って行け」と、三角のチーズや味付けされたイカのゲソ、多分イカかタラの加工品だったと思う、真ん中に緑や赤色の物がサンドイッチされた細長い物を渡される。周りに安酒の匂いが漂い、その匂いがとても嫌だった。

子供心に、「大きくなったなら、絶対ああいう大人にはなりたくない」と思ったものだ。しかし、最近では酒屋の立ち飲みが「角打ち」とかいってブームになっており、「角打ちの出来る酒屋」といったようなガイドブックも出ている。ちなみに角打ちとは、四角い升の角に口を付けて飲むことから、酒屋の店頭で升酒を直接に飲むこと。転じて、店の一角を仕切って立ち飲み用にすること。また、そこで飲むこと。(コトババンク)

私は、肴を楽しんで酒を飲む方なので、酒屋にある簡単なツマミで酒を飲んだり、立ち飲みの店が好きではない。しかし、子供の頃に、「あんな大人になりたくない」と思った呑んべぇのオヤジに間違いなくなっている。情けない。

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