白雲去来

蜷川正大の日々是口実

平熱に戻った。

2020-03-24 13:04:22 | 日記
三月十一日(水)晴れ。東北震災から九年。

目が覚めたのは十一時前。夜中に、冷えたタオルを三回替えた。起きると調子が良いではないか。体温を測ると35、5度。おお平熱に戻った。良かった。例のウイルスではなく一安心。暖かいので、のんびりと風呂に入った。いきなり空腹感に襲われたので、大学が休みの子供と一緒に「ビックボーイ」にてランチ。ガーリックライスをモリモリ食べた。

それでも調子に乗らずに、夜は「お粥」にして酒はパスした。珍しく三日も禁酒した訳だ。体調悪い時ぐらいは酒を抜かなければ、単なるアル中と変わらない。今日一晩体調を整えて、明日は、一人快気祝いで盛り上がるか。布団の中で、『山頭火の秀句』(上田郷史著・潮文社)を読む。山頭火に関する本は何冊か持っているが、私はこの本が白眉と勝手に思っている。志はあるが、心の中のざまな物を捨てきれず、それが煩悩となり、行乞(ぎょうこつ=十二頭陀(ずだ)の一。僧侶が乞食(こつじき)をして歩くこと。托鉢)し、句作をし、かつ酒に溺れる。

山頭火の句は、読んでいて、彼の生き様が窺えて、まるで写真アルバムを見ているような錯覚を覚える。そんな生き方なんて、私には到底できないが・・・。

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陸軍記念日か。

2020-03-24 12:52:57 | 日記
三月十日(火)雨。陸軍記念日。

今日は、戦前では陸軍記念日で休日であった。明治三十八年の三月十日、日露戦争の奉天会戦にて日本軍が勝利し、奉天(現在の瀋陽)を占領。そして奉天城に入城したのがこの日であった。米軍は、わざわざ昭和二十年のこの日に合わせて東京を大空襲したのである。

陸軍と言えば、有名なのが昭和十九年に公開されたのが、映画『陸軍』である。監督は、木下惠介で、木下が戦中に撮った四本中、最後の作品。戦時下(第二次世界大戦)に、陸軍省の依頼で製作されたもの。作品の冒頭に「陸軍省後援 情報局國民映画」という表記がある。太平洋戦争の開戦日からほぼ3周年にあたる日に公開された。『朝日新聞』に連載された火野葦平の同題名の小説を原作に、幕末から日清・日露の両戦争を経て満州事変・上海事変に至る六十年あまりを、ある家族の三代にわたる姿を通して描いた作品である。主演は田中絹代。出征して行く息子を追いかけて行く田中のラストシーが忘れられない。

そうそう熱だ。食欲が戻って、愚妻に「ほっともっと」に走らせて「特のりタル弁当」を買って来て貰い完食。熱を測ったら36,6度。マアマアだ。油断大敵、またオデコに冷えピタして布団に入った。「寝るのが趣味」と思われるほど良く寝る。

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熱が出た。

2020-03-24 12:40:24 | 日記
三月九日(月)晴れ。

起きた時に何か体がダルい。朝食後に体温を測ってみたら何と37,7度もある。この時期にちょっとビビる。医者から様々な薬を貰って飲んでいるので、売薬を使うのはちよっと怖い。これから病院へ行くのも億劫である。あの狭い待合室で一時間近くも待たされるかと思うと、余計に熱が上がるような気がする。仕方がないので頭に冷えたタオルをのせて横になっていた。

身体は正直なもので調子が悪い時は延々寝ていられる。夜になっても熱が下がらず、食欲もないので子供が買ってきたケーキを二つ食べて、また布団に入った。夜中に目が覚めたので体温を測ったら37度を少し下回っている。安静が一番と延々と寝ていた。普段ならば「風邪か」で済むのだろうが、この時期は、そんな簡単には済まされない。また眠くなった。

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「おみや」が少なくなった。

2020-03-23 16:17:19 | 日記
三月八日(日)雨。

朝は、焼きそば、納豆、東マルのうどんスープで「うどん」。焼きそばは我が家ではご飯のおかずになるのである。昼は、おにぎり一個。夜はちょっと寒かったので「豚肉鍋」「ピーマンと豚肉とタケノコ炒め」を「黒霧島」をお供に、録画しておいた「名古屋ウィメンズ・マラソン」を見る。いい試合だった。

そう言えば、最近、中華街や料理屋で、食べきれなかった分を「おみや」にして持って帰る。と言うことをしなくなった。例の「O157」の騒ぎ以来、中華街でも「おみや」は断っていたように思う。その昔は、結婚式の披露宴などでは「鯛の塩焼き」が出たものだ。それを披露宴の席では食べずに、置かれた風呂敷で持って帰った。正直言って、冷えてカチカチになった鯛の塩焼きなど、余り喜ぶ者はいなかったが、それでももったいないので温め直して食べた。「おみやげ」のことを「おみや」と略して言っていた。確か昭和の頃の話である。

食べ物が豊富にあり、今では残り物の「おみや」を喜ぶ子供や大人も少なくなった。それでも、馴染みの店で家族用に、別に作って貰った「おみや」を下げて自宅に帰ると、親父の威厳が少し取り戻せるような気持ちになる。

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閑古鳥が飛び回っている。

2020-03-23 15:56:32 | 日記
三月七日(土)晴れ。

自粛、閉鎖、中止で飲食店やホテル、観光業などは閑古鳥が鳴いていると言う。今月の二十日に、翌日の私の誕生日にすき焼の名店である某店に予約を入れたら「当日は予約でいっぱいです」とあっさり断られた。何だ、こんな時でも入っているお店はあるじゃん。と頭に来たり、良かったと思ったり複雑な気持ちになった。

政府は、このコロナ不況に対して、大がかりな経済支援策を考慮中とか。現金か商品券か、それも国民一人当たり幾らになるのか知らないが、私は、どうせ渡すのならば現金よりも商品券の方が経済効果は大きいと思う。半端な現金ならば貯蓄に回す人や家庭も多いのではないだろうか。商品券ならば、使わざるを得ない。お店も、一万円の商品券で一割、あるいは二割程度お得に使えます。と宣伝したらじゃあ行こうか、と言う気持ちになると私は思うのである。

夜は、愚妻と上の子供とで「オアジ」にて食事。「オアジ」のパスタと「やまと」の「手羽揚げ」を食べるとコロナ予防になる。いやなるらしい。いやなるかもしれない。と根拠のないことを私は信じてしょっちゅう食べに行っています。(笑)

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