旅の好悪は天候によって決まる、と言っても過言ではあるまい。今回のヨーロッパの旅で幸運に恵まれたように、この上高地の旅も快晴に恵まれた。
高速道路から松本で降りたまでは、山に靄(もや)がかかり視界が悪く「これは中国から来た黄砂のせいではないか?」などと言っていたが、マイカーの最終点「沢渡(さわんど)」に到着すると、靄はすっかり晴れて視界完璧となった。乗り換えたタクシーの運転手が
「お客さん、今日は最高の日に来ましたねえ。上高地の紅葉(実は上高地は黄葉ですが)は最高ですよ」
と話してくれた。ヨーロッパ旅行から天気の強運を引き継いでいると思った。
ところで、私の最大の誤算は「距離感覚」であった。実はガイドブックや写真で見てきた上高地――それは、河童橋や大正池、梓川などが一体となっていたので、全ては一箇所にあって、せいぜい10~20分もあれば全て行けると思っていた。
ところがどっこい・・・わが宿「上高地温泉ホテル」から明神池までは、左岸を通って約4キロ、右岸では5キロ強、往復4時間近くを要する。翌日の大正池までも往復4~5キロ、一時間半はかかる。
「ああ・・・、これが世に言う北アルプスというものなのか・・・」
などと思いながら歩いた。
そして、これこそが上高地に来た意味であったような気がする。この数時間の歩きが、これまで味わうことの無かった世界を与えてくれた。タクシーの運転手さんが言った「黄葉」を漏る黄色い木漏れ日が、例えようもなく美しかった。
上高地の池、と言えば大正池の写真だけを想像していたが、それをはるかに上回って明神池が美しかった。穂高神社の奥宮の所有であるので、明神池を見るには拝観料を要したが、それを支払っても十分にその価値があると思った。
明神池と明神岳の配置は、神がかり的なものがあるのではないか・・・?
疲れた体を癒してくれたのは、ホテルの温泉であった。段々に配置された露天風呂と、その合間に置かれた“樽風呂”もなかなかの味わいだ。久しぶりの歩きで痛くなった足腰は、この温泉ですっかり治った。