ロンドンでは何としてもミュージカルを見よう、と決めていた。かつてニューヨークに行くたびにブロードウェイで観たように。
事前調査でわかったことだが、ニューヨークに負けないくらいたくさんの劇場があり、新旧ミュージカルが公演されており、どれにするかかなり迷った。結局は、何度も映画で観た単純明快に楽しい「サウンド・オブ・ミュージック」とした。旅の疲れを癒しながら楽しむためには、知り抜いたストーリーで美しい音楽を聞くのが一番、と思ったのだ。
そしてその狙いはピッタシであった。
大英博物館からタクシーを拾いオックスフォードサーカスの劇場“ロンドンパラディウム”に向かう。私が運転手に「オックスフォードサーカス・・・ロンドンパラジューム」と行き先を告げると、その運転手は私の目を正面から見つめ「・・・ロンドンパラディウムか?」と、私の発音の拙さを訂正するかのように確かめてきた。その発音は、私には「パラダイウム」と言う風に聞こえた。
これには参った。これこそ“キングスイングリッシュ”か・・・、などと思いながら「そうだ。ミュージカル サウンドオブミュージック・・・」と告げると、彼はにっこり笑って「乗れ」と顎をしゃくった。しかも、聞いたことのある曲(ハリー・ヴェラフォンテ?)の口笛を吹きながら運転してくれた。
のっけから大英帝国の威厳を市井の運転手に示され、いささか緊張して劇場に着いたが、この地域(オックスフォードサーカス)は日本で言えば新宿、池袋、渋谷の感じで、若者を中心にごった返していた。入りたくなるパブらしき店がたくさんあり、親しみやすさにあふれていた。
そして、この劇場の雰囲気、満員の観客も全く下町の雰囲気であった。アリアが一曲終わるごとにヤンヤの喝采と歓声、口笛まで出てくる。本当にミュージカルを楽しんでいるロンドンっ子の姿がそこにあった。
隣席の初老のおばさんも、大声を出して笑いながら楽しんでいたが、何度も私たちに「貴方たちもエンジョイしているか?」と聞いてきた。私はその度に「ファンタスティック!」とか「ザ グレイト!」とか連発しながら観たのであった。
ミュージカル自体も、この雰囲気に実によく合った小気味良いテンポの演出であった。日中の疲れで眠くなるのではないかなど心配していたが、それどころかむしろ疲れが吹っ飛ぶような楽しいミュージカルであった。