お家(うち)忘れた 子雲雀(こひばり)は
ひろい畑の麦のなか
母さんたずねて ないたけど
風に穂麦(ほむぎ)が 鳴るばかり
この歌は春の歌に属するかもしれない。雲雀は典型的な春の鳥であるからだ。冬のとばりを破り陽光が明るさを増してくる頃、一段と高くなった雲までとどけと舞い上がる雲雀の姿は、まさに春の風物詩である。
一方、この歌の舞台は麦畑である。しかも穂麦が風に鳴る頃は麦の収穫期、それは初夏の時節である。麦は越年草で、寒い冬の麦踏に始まり春に成長し、収穫されるのは初夏である。従って麦の季題は夏となる。(雲雀は春であるが) また、稲などの収穫期の秋になぞらえて麦の収穫期を麦秋と呼ぶが、それは24節気の小満(今年は5月21日、それから6月5日の芒種の前日までをいう)の末項の時期をさすというので、まさに今からの時節である。そうなるとこの歌は初夏の歌といえる。
昔の日本農業は二毛作を基本とし、夏から秋にかけて稲を育て、そのあと麦を育てていたので、今頃は一面に黄金色の麦畑が打ち続いていた。今は麦をつくることが少なくなり、麦畑を見ることが少ない。2009年の今頃、長崎を旅したとき筑紫平野に広がる麦畑を見て懐かしく思ったことを思い出す。
麦秋の筑紫平野
雲雀は冬鳥で、冬に南下して日本各地で過ごし繁殖する。生まれた子供もようやく育ち、親鳥を見習って空に舞い上がるが力尽きて舞い降り巣に戻ろうとする。しかしそこは何処までも広い麦畑…、自分の巣を見つけることもできずに母を呼ぶも、返ってくるのは風に鳴る穂麦の音ばかり。2番の歌詞の「お家忘れたまよい子の 雲雀はひとり麦の中 お山の狐はなかぬけど 暮れてさみしい月あかり」に至ってはいよいよさみしく、言い知れぬセンチメンタリズムが漂う。
鹿島鳴秋作詞、弘田龍太郎作曲。この二人はこのほかにも、名曲『浜千鳥』をはじめ、『金魚の昼寝』や『お山のお猿』など親しまれた童謡を数多くつくっている。