梅雨空が続くが、やがて灼熱の太陽が降りそそぐ真夏が来る。その夏とともにある風景は、私にとって海である。海は四季を問わないが、もっとも海らしいのはギラギラと輝く太陽のもとの海だ。私が豊後水道(それは太平洋につながるが)に面した海浜で育ち、夏は一日中ハダカで海とともに生きてきたからかもしれない。
そして海を思うとき、最初に浮かんでくる歌は文部省唱歌の『うみ』である。
ウミハ ヒロイナ、 大キイナ、
ツキガ ノボルシ、 日ガシズム。
ウミハ 大ナミ、 アオイ ナミ、
ユレテ ドコマデ ツヅクヤラ。
ウミニ オフネヲ ウカバシテ、
イッテ ミタイナ、ヨソノ クニ。
――『ウタノホン(上)』昭16・2
(講談社文庫『日本の唱歌(中)』より)
林柳波作詞、井上武士作曲の文部省唱歌である。この歌は特に夏の歌ではない。しかし前述したように、私にとって夏…海…として最初に浮かぶ歌がこれである。
この歌は、私がおぼえた最初の歌であったかもしれない。というのは、母が毎晩私を寝かせつけるために歌ってくれたからだ。私は、母が耳元で歌うこの歌から、大きな大きな世界を想像しながら、ついにその大きさを処理できなくなって、毎晩眠りについたのである。
月が上り太陽が沈む大きな海…、揺れてゆれてどこまで続くかわからないほど大きな海…、その海にお舟(お船?)を浮かばして見知らぬよその国に行ってみたい! 海の向こうにはどんな国があるのだろう……、その大きな夢の広がりの中で、私はいつも眠りについた。
少し大きくなって、一つ気なることがあった。それは私の育った太平洋側では、極端な地形の場所を除いて海に日が沈むことはない。太陽は海から上り西の山の端に沈む。海に日が沈むのは日本海側である。作詞者林柳波はこの詩を日本海を眺めながら作ったのかもしれない。
秋田県男鹿半島の落日(2004年6月)