旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

お酒のさかな 食べ物篇(4) … 豆腐、中でも冷奴と湯豆腐

2015-06-27 11:30:10 | 

 

 豆腐は、日本人のもっとも日常的な食品である。みそ汁には賽の目が浮かんでいるし、煮付け類からすき焼きなどに至るまで、気が付けば豆腐が入っている。
 大豆の搾り汁をにがりで固めたもので、日本人のタンパク源。西洋のチーズに匹敵するが、方や動物性タンパクであるのに対し植物性であるので、その健康性を誇る。前述したようにあらゆる料理に使われ、天明時代に既に『豆腐百珍』(1782年)が書かれていたほどである。
 当然、酒の肴としてもさまざまな豆腐が出てくる。沖縄の豆腐ようや九州五木の豆腐の味噌漬けなどの珍味類もいいが、酒のさかなとしては何と言っても冷奴と湯豆腐ではないか。このシンプルな食べ物は、酒肴としては王様と言えるのではないか。
 とにかく素朴なのがいい。どちらも、醤油さえあれば十分だ。ネギのみじん切りにおろしショウガが乗っかれば大満足だし、削りカツオでもふり掛ければ最高だ。およそ料理ともいえないこの素朴な絶品は、まさに酒肴の王様、冷奴にしても湯豆腐にしても、豆腐一丁で酒2合はいける。
 
 もちろん、この素朴な素材をさまざまに料理して、名物として売り出しているところも多い。京都南禅寺もその一つであろう。その思い出を一つ。
 もうずいぶん昔のこととなるが、せっかく南禅寺を訪れて豆腐を食べない手はないであろうと、門前に並ぶ某店に上がる。広い座敷で、数組がほとんど同じコースを食べており、私もその一角を占める。ところが、豆腐料理は相応においしかったが、残念なことにお酒がまずい。伏見の某大手蔵の普通酒だ。
 実は私は、その時バッグの中に、同じく伏見の名蔵招徳酒造の金賞受賞酒を持っていた。前夜訪ねた行きつけの店(先斗町の『た可』)の女将が、飲み残しをプレゼントしてくれたものだ。私はどうしてもそれが飲みたくなって、仲居さんの目を盗んで、飲み干したグラスに注ぎ何杯か飲んだ。これはおいしく、名物豆腐料理にぴったり合った。
 面白かったのは、だんだんいい気分になってきた私を見る仲居さんの眼だ。「あのお客さん、大分出来上がってきたようだけど、グラスのお酒はいっこうに減らないなあ?」というような不審な眼(まなこ)を、何度も私の満ちたグラスに向けていた。
 悪いことをしたと反省はしているが、名肴は常に名酒とともにある。これが「お酒のさかな」の本髄であり、ここは許していただくほかはない。


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