H.Iさんは私より四つ年上の大先輩。銀行時代、特に組合活動を通じてお世話になった。女性にしては珍しく豪放磊落、酒は強いし、豪快な筆力で絵を描くなど文化百般に通じる。付き合いも男性の方が多いのではないか? 我々男性仲間の集まりには必ず顔を出していた。
そのHさんの自宅が火災にあったと聞いたので、飲み仲間の三人(いずれも男性…89歳二人と私83歳)でお見舞いの会を持った。Hさんの好きな「どじょう鍋」がいいだろうと、渋谷の『駒形どぜう』で鍋をつついた。
話を聞くと。当日Hさんは飲み会に出席するため銀座に出向いていたという。電車を降りて自宅に近づくと何だか騒がしい。火事だというのでなお近づくと、目の前で自分の家が焼け落ちたというのだ。物的なものはすべてなくしたが、親が残してくれた同敷地内の別の家宅の一室を改良して、無事に暮らしているという。周囲の人からは、「うまくきれいに処分したものだわねえ」と褒められていますと、本人は意外に明るく、けろりと話してくれた。
もちろん、口で言うほど生易しいものではあるまい。一瞬にしてすべてを失うなど、想像しただけで恐ろしい。しかし、87歳の独身女性の身辺整理の仕方としては、望んでもできない快事かもしれない。私などの小人には耐えられないことであろうが、H.Iさんの気質を見込んで、天はこの快事を与えたのかもしれない。
人生の始末どころか、今年一年の始末にオタオタしている。年賀状を書かねばならない、処分したい本や書類の整理が進まない、お世話になった人への御礼をどうしようか、脳溢血で倒れた大阪の弟の見舞いをどうしよう、目の注射に行かねばならない、飲み会が五つもある、……ああ、どうしよう。おそらく今年も、何も片付かないだろう。
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