旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

一挙に夏の気配…

2012-05-06 14:53:10 | 時局雑感

 

 春の嵐が日本列島を吹き荒れ、数々の被害を残した低気圧が過ぎ去ると、一挙に夏の気配が立ち込めてきた。昨日から日差しが強くなり、今日は昼飯の蕎麦を求めて行きつけのそば屋のある隣駅(上北沢)まで歩いたが、汗ばんできて長袖のシャツをかなぐり捨てたくなった。

 そういえば5月1日は八十八夜、昨日の5日端午の節句は24節気の立夏である。八十八夜は立春から数えて88日目、正確にいうと立春当日から数えるので87日目となる。通常年なら5月2日となるが今年は閏年であったので1日となった。「夏も近づく八十八夜…」という歌があるがその3、4日後には立夏を迎え夏が始まる。
 しかしこの時節にはとんでもない寒い日が来たりするので、「八十八夜の忘れ霜」とか「八十八夜の別れ霜」などの言い伝えがある。前者は、「忘れたころに急に霜が降ったりするので農作物などには注意せよ」という戒めだろうし、後者は「もうそろそろ霜の心配もいらないので、霜おおいなどは始末して農作にかかろう」という、微妙な季節の分かれ目を言い伝えているのであろう。12の月とか24節気に準じた雑節の一つで、ほかにも入梅、土用、彼岸とか二百十日などがある。季節の変化が人体や農耕に与える影響などを考慮して注意を喚起する日とした知恵であろう。
 温暖化をはじめ、季節のメリハリがなくなったことや天候不順が続き、このような先人の教えはだんだんと姿を消していくのかもしれない。
 昨夜、風呂に入ると湯槽に菖蒲(しょうぶ)の束が浮いていた。家族の健康を願う妻の心遣いである。これに浸かれば暑い夏も元気に過ごせる。

  端午の節句、わが家の菖蒲湯。
   


めまぐるしい季節

2012-05-04 11:32:47 | 時局雑感

 

 昨日から今日にかけて、5月としては記録的な豪雨が全国を襲い、テレビはその災害の様相を伝え続けている。どうも「記録的」な自然現象が多すぎる。困ったものだ。昔なら神の怒りを抑えるために生贄でも捧げたのかもしれない。
 元来この時節はあわただしい。木々の彩りもめまぐるしく変わるし、新年度に合わせて行事も多い。加えて先月はフランスの友セルジュ一家の来訪を受け忙しかったが、そのあとも行事らしきものが続いている。
 4月23日、喜寿の誕生日を迎えた。職場で祝いの言葉を受けてお祝いの酒をいただいた。その夜は、ワイフと娘が祝ってくれた。なんと娘のおごりで、小田急ハルク8階の「叙々苑」で高級な焼肉をご馳走になった。娘におごってもらうなんて嬉しいものだ。翌日は弟の健次が渋谷の「酒菜亭」で祝ってくれた。「酒菜亭」が閉店することとなったため、その名残を惜しむことも重なったのだ。そこで店が閉店記念にサービスしてくれた「日置桜」古酒はおいしかった。確か10数年ものだったと思う。
 おいしい酒といえば、1日に会社の隣にある「宇和島たいめし屋」で久しぶりに「雁木」純米吟醸を飲んだがおいしかった。この燗酒は同僚に喜ばれた。その翌2日、そば屋「木枯」でのんだ岐阜の「栄一」純米酒もおいしかった。そば屋の食事にぴったりの酒で、これも燗酒が良かった。
 さかのぼって4月26日は三浦海岸の「まほろばマインズ三浦」に一泊した。臼杵高校同級生の東京近郊に住む13人が集まり「喜寿を記念する“まほろばミーティング”」としゃれこんだのだ。特に何をすることもなく、温泉につかり名物のマグロを食いながら、同じような話を語り合っただけだ。
 明日はわが社の元社員の結婚式だ。19日には銀行仲間の「庭園散策とスペイン料理の会」が予定され、21日から臼杵へ帰り、「高校同期生の喜寿同窓会」の本番だ。7,80名集まるようだが、おそらく同窓会もこれが最後かもしれない。

 昨日の豪雨に代わって今日は晴れ間がのぞいた(また午後は雨らしいが)。気が付けば、つい先日まで真っ白だった庭のハナミズキは既に緑に変わっていた。

 
わが家のハナミズキ(5月4日午前11時撮影)
       
 
 6日
前の隣家のハナミズキ(4月29日午前11時撮影)


原発に対応した三国の実例 … NHKテレビ「子供たちへ…」に感動

2012-05-03 13:42:20 | 政治経済

 

 4月30日朝8時20分からのNHK総合テレビ「子供たちへ“時任三郎世界電気の旅”」は感動的であった。原発の災禍を未来の子供たちへ残さないために対応している三つの国の探訪記である。
 まずドイツ。人口数千人の小さな町の一女性が原発に頼らない電力確保に取り組む。人々に訴え太陽パネルによる電力供給、川を利用した水力発電や自然エネルギーを求めつつ、ついに電力会社を設立。最後は、全国に訴え4億円の寄付を集め既存の電力会社から送電線設備を買い取り自給体制を確立する。
 このような背景があったからか、メルケル政権は昨年、2021年までに原発を全廃する方針を閣議決定する。因みにメルケル首相は著名な原子力学者で原発推進論者であったが、福島原発事故の3日後「日本のような高い安全技術を持つ国で起こりえないことが起きた」と発言して脱原発論者へ転向した。
 次はデンマーク。この国は将来の電力を何に求めるかを国民が見極めるため、原発にかかわる賛否両論、経済的得失などをすべて情報公開して“3年間の国民議論”にかける。その結果、総意に基づいて原発に頼らない方向を決め、風力発電を中心にした自然エネルギーに依拠した方向をとる。国の嫌われものであった風を、逆にエネルギー源に活用したのだ。
 最後はフィンランド。この国は原発を活用しながら、そこから生じる核燃料の処理に取り組んでいる。使用済み核燃料は30年から50年冷却してもなお超長半減期の放射性物質が残り、最終処理には数万年を要するのでそれを地層処理する計画だ。強固な岩盤を数キロも掘り進み、地下数百メートルに「核のゴミ捨て場」を建設しようというのだ。さすがに「ノキア」の国、技術力に頼るところはすさまじいが、その努力を見るにつけ、「人類は大変なものを生み出した」という感に堪えない。
 そこまでして核燃料を使わねばならないのだろうか? ただ、この電力会社の本社は原発に隣接しており、その本社の最上階に社長が住んで陣頭指揮を執っているようだから、東京電力などと器が違う。
 いずれも、核の災いを知りぬきその災禍を未来の子供たちに残さないように、命を懸けて取り組んでいる姿があった。

  
   再び咲いたわが家の胡蝶蘭


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