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狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

アジア女性基金の遅すぎる解散

2007-02-11 16:08:38 | 従軍慰安婦

 

【正論】現代史家・秦郁彦 アジア女性基金の遅すぎる解散

 現代史家 秦郁彦(撮影・大西正純)

 ■誤解招く「河野談話」を取り消すべき

 ≪元慰安婦償い事業終了≫

 「アジア女性基金ニュース」第28号(最終号)なる刷り物が先日送られてきた。12年つづいた元慰安婦たちへの「償い事業」が今年3月末に終了、基金(村山富市理事長)が解散するというお知らせである。

 「償い事業への募金にご協力くださったみなさまへ」と題し、韓国、台湾、フィリピンなど計285人の元慰安婦たちに対する5億6500万円の支援事業が終わったという新聞公告を見たのは平成14年7月だから、「えっ、まだ解散していなかったの」とおどろく人もいよう。

 政府の補助金に全面おんぶするこの種の特殊法人は、あれこれと理由をつけては延命をはかるのが常道。女性基金も慰安婦たちのアフターケアが必要だとか、アフリカに女性会館を建てたいとか、いろいろと画策しているのを筆者も耳にしていた。

 ニュース28号でも和田春樹専務理事が「政府の形を変えた支援措置が望まれる」と未練たっぷりに書いているが、かねがね基金の事業を「税金の壮大な無駄遣い」とみなしてきた筆者は、仕事もないのに5年も延命させた責任を問いたいぐらいだ。ではなぜ無駄遣いなのか。

 国民から集まった浄財は5億円余だが、それを配る基金の人件費や事務経費に毎年3億~4億円、合計すると50億円前後の国費を投入しているからである

 しかも認定作業は相手国政府に丸投げ、送金は銀行がやるから、関係省庁や市民団体からの「天下り」職員は、時折開くシンポジウムのお膳立てか、作文コンクールの審査ぐらいでお茶を濁してきた。

 ≪米議会も対日非難決議案≫

 それでも国連のお墨付きまでつく日本の恥部にされてしまった慰安婦問題が決着したのなら50億円は安いものだが、そうはならなかった。野党3党は、この解決策は国が法的責任を回避するものだとして、韓国NPOなどと連携、別に公式謝罪と国家補償を軸とする救済法案を13年から何度も提出した。

 そのつど廃案になったが、まだあきらめていないようだ。条文のなかには「いまだ判明していない被害者の調査」もふくまれている。

 こうした動きはアメリカにも飛び火して、同趣旨の慰安婦問題に関する対日非難決議案が下院に上程された。日本大使館の奔走もあり、決議案は昨年12月廃案となったが、日系3世のマイク・ホンダ議員らが中心となって1月31日、再上程にもちこんだ

 さすがに自民党の有志議員による「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」小委員会は、いわゆる「河野談話」の見直しに向け、年頭から活動を始めた。

 河野談話とは5年8月4日、宮沢内閣の官房長官河野洋平氏(現衆院議長)が発表した政府見解で、新聞は「従軍慰安婦-政府、強制連行を謝罪」(読売)のみだしで報道した。筆者はその前日に担当の内閣外政審議室長から原案への意見を求められ、いくら政治的妥協とはいえ、たしかな証拠なしに強制連行を認めるかのような表現を入れると、必ずや将来に禍根を残すと切言したが、河野氏が事務局の抵抗を押し切ったとあとで聞いた。

 それから十数年、わが国では櫻井よしこ氏らの努力でこうした内情はかなり知られてきたが、海外では国連をふくめ、河野談話は日本の公式見解として定着してしまった。この誤解を解くには、285人の元慰安婦で官憲が強制連行した例は1件も見つかっていない事実をふくめ、河野談話を明確に否定する声明を出すしかないと思う。

 ついでに書けば、筆者は以前から河野という政治家のあやふやな歴史認識に危惧(きぐ)の念を抱いてきた。最近では昨年10月、ベトナムのズン首相を国会に迎えたとき「先の大戦で、わが国の軍政下において多数の餓死者を出したことを忘れてはならない」(10月25日付朝日)と挨拶(あいさつ)している

 ≪ベトナム大量餓死の誤認≫

 餓死説の起源は、ホーチミンの独立宣言に出てくる「200万人餓死」のくだりだが、ベトナムはフランスの統治下にあり、日本が軍政をしいたのは餓死が下火になりつつあった昭和20年3月以降の5カ月にすぎない。

 それをフランスではなく日本の責任と言いだしたのはわが国の一部歴史家と運動家だが、ベトナム政府はその扇動に乗る気配はない。

 河野議長の迎合的言動をズン首相は黙殺したらしいが、朝日紙上で話を振られた河野氏は「過去を学ばねば流される」とのたまった。河野さん、まさか基金を作って謝罪と補償をと言い出さないでしょうね。(はた いくひこ)

(2007/02/06 05:53)

 ◆参考エントリー:

「従軍慰安婦」を食い物にした福島瑞穂

 

■3/18付産経朝刊国際面「経度緯度」米国での慰安婦訴訟の教訓(ネットソースなし)

【ワシントン=古森義久】 慰安婦問題といえば、最近でもなおNHKの番組や朝日新聞の報道をめぐって、論議が絶えないが、米国内でこの問題で日本を非難する勢力にとって大きな後退となる最終判決がこのほど出された。米国の司法や行政の良識を思わせる適切な判決だったのだが、ここにいたるまでの五年以上の原告側の執拗な動きからは日本側にとっての多くの教訓もうかがわれる。

 米連邦最高裁判所は第二次大戦中に日本軍の「従軍慰安婦」にさせられたと主張する中国や韓国 の女性計十五人が日本政府を相手どって米国内で起こしていた損害賠償請求などの集団訴訟に対し、二月二十一日、却下の判決を下した。この判決は米国内でのこの案件に関する司法の最終判断となった。もう慰安婦問題に関して日本側に賠償や謝罪を求める訴えは米国内では起こせないことを意味する点でその意義は大きい。

 この訴えは最初は二〇〇〇年九月に首都ワシントンの連邦地方裁判所で起こされた。米国では国際法違反に対する訴訟は地域や時代にかかわらず受けつけるシステムがある一方、外国の主権国家については「外国主権者免責法」により、その行動を米国司法機関が裁くことはできないとしている。ところが同法には外国の国家の行動でも商業活動は例外だとする規定がある。元慰安婦を支援する側は慰安婦を使った活動には商業的要素もあったとして、この例外規定の小さな穴をついて、日本政府への訴えを起こしたのだった。

 日本政府は当然ながらこの種の賠償問題はサンフランシスコ対日講和条約での国家間の合意で解決ずみだとして裁判所には訴えの却下を求めた。ワシントン連邦地裁は二〇〇一年十月、日本側の主張を認めた形で原告の訴えを却下した。原告側はすぐに上訴した。だがワシントン高裁でも二〇〇三年六月に却下され、原告側は最高裁に上告したところ、最高裁は二〇〇四年七月に高裁へと差し戻した。ちょうどこの時期に最高裁が第二次大戦中、ナチスに財産を奪われたと主張するオーストリア女性の訴えを認め、オーストリア政府に不利な判決を下したため、日本政府を訴えた慰安婦ケースも類似点ありとして再審扱いとしたのだった。

 だが、ワシントン高裁の再審理でも日本政府に有利な判断がまた出て、原告は二〇〇五年十一月にまた最高裁に再審を求めた。その結果、最高裁が最終的に決めた判断が却下だったのだ。

 六年近くもこの訴訟を一貫して、しかもきわめて粘り強く進めた組織の中核は「ワシントン慰安婦問題連合Inc」という団体だった。在米の韓国人や中国人から成り、中国政府関連機関とも連携する政治団体である。Incという語が示すように資金面では会社のような性格の組織でもあるという。

 この「ワシントン慰安婦問題連合Inc」は実は二〇〇〇年十二月に東京で開かれた「女性国際戦犯法廷」にも深くかかわっていた。この「法廷」は模擬裁判で慰安婦問題を主に扱い、日本の天皇らを被告にして、その模擬裁判を伝えたNHK番組が日本国内で大きな論議の原因となった。「慰安婦問題連合」はまた、その少し前には中国系米人ジャーナリスト、アイリス・チャン氏著の欠陥本、「レイプ・オブ・南京」の宣伝や販売を活発に支援した。

 この種の組織は日本の戦争での「侵略」や「残虐行為」を一貫して誇張して伝え、日本の賠償や謝罪の実績を認めずに非難を続ける点では間違いなく反日団体といえる。その種の団体が日本を攻撃するときによく使う手段が米国での訴訟やプロパガンダであり、その典型が今回の慰安婦問題訴訟だった。米国での日本糾弾は超大国の米国が国際世論の場に近いことや、日本側が同盟国の米国での判断やイメージを最も気にかけることを熟知したうえでの戦術だろう。日本の弱点を突くわけである。

 だから「慰安婦問題連合」は日ごろワシントン地域で慰安婦についてのセミナーや写真展示、講演会などを頻繁に開いている。最高裁の最終判決が出るつい四日前も下院議員会館で慰安婦だったという女性たちを記者会見させ、「日本は非を認めていない」と非難させた。

 だが米国の司法は最高裁での却下という結論を打ち出した。行政府のブッシュ政権も一貫して「日本の賠償は対日講和条約ですべて解決ずみ」という立場を裁判の過程でも示した。

 しかし立法府である米国議会は「慰安婦問題連合」などの果敢なロビー工作を受けて、慰安婦問題ではまだ日本を非難する決議案をたびたび出している。その種の工作の持続性、粘り強さは今回の訴訟での軌跡がよく示している。日本側も米国という舞台でのこの種の争いの重要性を十二分に意識して、果敢に反撃すべきだろう。反撃すればそれなりの成果も得られる。今回の最高裁の判決はそんな教訓を与えてくれるようである。


2チャンネルコピペ。

205 :オレオレ!オレだよ、名無しだよ!!:2006/03/03(金) 09:28:48 0
日本軍による「従軍慰安婦」はいなかった(コピペ推奨)

ウソ:慰安婦制度は犯罪である。
真実:当時は公娼制度があり、法律で認められた管理売春が存在した。貧困が即人身売買に直結する不幸の時代であって、犯罪ではない。

ウソ:慰安婦は軍により強制連行された。
真実:「強制連行の証拠」として新聞等でも紹介された文書自体、誘拐まがいの「募集」を行う業者(多くは半島出身)に軍が警告を発し、指導するという、全く反対の性格のものだった。また、唯一の「加害証言」である吉田証言も、今日では虚偽であったことが判明している。当時は、貧しさ故に苦海に身を落とす娘が珍しくなかった。元慰安婦の「証言」以外に、「強制連行」を示す証拠は何もない。にも関わらず、河野官房長官(当時)は、その事なかれ主義により、「官憲による強制連行」を認めてしまった。

ウソ:慰安所は軍が直営していた。
真実:業者が経営し、軍が監督指導していた。

ウソ:軍は慰安婦を連れ歩いた(従軍させた)。
真実:慰安所は後方の兵站に置かれていた。師団が移動すれば兵站も移動するから、当然慰安所も移動する。つまり、軍とともに移動したのだと強弁できないことはないが、戦場を連れ歩いたかのようなイメージは誤り。また、「従軍慰安婦」という呼称は当時存在せず、そう呼ぶこと自体歴史の偽造だ。

ウソ:慰安婦は虐待酷使された。
真実:大部隊の通過で賑わう揚子慰安所では、検診の結果、オーバーワークと判断された慰安婦に、軍医が3日間の休業を命じた。すると慰安婦達は、この書き入れ時に3日も遊ばせるつもりかと、軍医に抗議した。

ウソ:性病に罹っても医者に見せなかった。
真実:慰安婦が性病に罹って兵にうつさないよう、検診は厳重に行われた。寧ろ慰安婦の方が、入院でもさせられたら収入が減るため、何とか誤魔化そうとした。


 

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「お笑い・ジャーナリスト宣言」終演のお知らせ

2007-02-11 07:40:48 | 県知事選

「ジャーナリスト宣言。」広告、朝日新聞が自粛
2月9日3時11分配信 読売新聞


 朝日新聞社は、写真記者(46)(諭旨解雇)の記事盗用問題を受け、「ジャーナリスト宣言。」と題した企業イメージの向上を図る広告キャンペーンを自粛した。

 社内の不祥事による広告自粛は同社で初めてという。

 同社によると、このキャンペーンは昨年1月に始まり、テレビ、ラジオでCMを放映したり、新聞、雑誌、公共交通機関に広告を出したりした。

 しかし、1月31日に写真記者が読売新聞の記事を盗用していたことが発覚したため、今月1日夜からすべてのキャンペーン広告を取りやめた。

 同社広報部は、自粛の理由について「今回の事態を重く受け止めたということに尽きる」と説明している。 

最終更新:2月9日3時11分

                    ◇

朝日新聞の去年の「ジャーナリスト宣言」ほどネットを楽しませてくれた話題は無い。

記事の捏造を繰り返す朝日にとって、「ジャーナリスト宣言」なんて「お笑い劇場」にすぎなかった。

捕まっても捕まっても犯罪を繰り返す病的ミラーマンの「ミラー放棄宣言」のようなものだった。

それとも管直人の「ブーメラン放棄宣言」?

とにかく、わずか1年の公演で終演とは実に勿体無い。

左に傾いた体勢を無理に立て直して踊る「築地をどり」に筋肉痛でも起こしたのだろう。

 「ジャーナリスト宣言」の中には爆笑語録が綿々と続く。

≪ジャーナリズムの原点に立とうという思いを、力強い言葉に込めました

≪言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。≫

≪著作権、商標権などの知的財産権を尊重し、自らの権利を保護するとともに、他者の権利を侵害しません≫

当たり前過ぎる事をわざわざ宣言するところがお笑いのコツ?

そして最後の感動的オチに向かって宣言は高らかに謳い上げる。

≪記事の素材として、著作物から文章、発言、数字等を引用する場合は、出典を明記し、適切な範囲内で趣旨を曲げずに正確に引用する。盗用、盗作は絶対に許されない≫

そして一気に冒頭記事の「読売記事盗用」で見事に大爆笑のオチが来るのである。

「ジャーナリスト宣言」は、「コンプライアンス体制の見直しも行い、高い見識と志を持った記者を育てるため「朝日ジャーナリスト学校」を開設し、記事の編集や記者教育体制の充実を図るなどの内容となっていた」というから朝日の笑いのセンスは高く評価できる。

終演の挨拶が上席役員待遇編集担当と言う長ったらしい肩書きのお方の謝罪だったというのもサビが効いていて笑える。

≪・・・記者倫理に著しく反する行為であり、読者の皆さまの信頼を裏切ったこと、読売新聞社や関係者の皆さまにご迷惑をおかけしたことを深くおわびいたします。≫(三浦昭彦上席役員待遇編集担当)

 


                     ◇

 

朝日新聞の典型的偏向報道
 
  1. 文化大革命礼讃報道(S42~46)
  2. 教科書問題の発端 侵略進出書き替え誤報/責任転嫁コラム(S57.6.26/9.7)
  3. 「南京大虐殺」でっちあげ報道・おわび記事・日記開示命令判決不服従(S59.8.4~62.1.23)
  4. 毒ガス戦でっちあげ報道・いい加減な釈明記事(S59.10.31/11.14)
  5. 従軍慰安婦強制連行捏造報道(H3.8.11/4.1.11/9.3.31/10.7.31)
  6. 日の丸・君が代には執拗に反対(H11.8.10/9.4)
  7. 空想的平和主義報道
  8. 似権至上主義報道
  9. ソ連報道
  10. つくる会教科書について、検定通過後も猛反対(H12~13)
  11. 北朝鮮報道(S34.12.25/35.2.26/46.11.17/H14.9.18~ )
  12. 朝日珊瑚事件http://asahilog.hp.infoseek.co.jp/

                   ◇

ジャーナリスト宣言」した朝日新聞の「言葉のチカラ」
 
【PJ 2007年02月03日】- 1月30日付朝日新聞の夕刊(東京本社版)の富山県立山町の「かんもち」作りの記事が、読売新聞のHPに掲載された記事から盗用されたものとわかった。それも社外のインターネット・メディアから記事が酷似しているとする取材依頼を受け、調査したところ盗用が発覚したという。

 朝日新聞社は2005年8月21日、22日の「郵政民営化法案反対派による新党立ち上げ」を報じた記事に関連し、長野総局の記者が田中康夫長野県知事(当時)の取材メモをねつ造した。その件について8月30日に同社の吉田慎一常務取締役(当時編集担当)が、次のような談話を発表した。

 「実際の取材をせずに、あたかも取材をしたかのような報告メモをつくり、それが記事になるという、朝日新聞の信頼を揺るがす極めて深刻な事態が起きてしまいました。記者倫理に反する、決してあってはならないことであり、責任を重く受け止めています。(中略)こうしたことを二度と繰り返さないために特別チームを社内に立ち上げ、社を挙げて取材・報道の心構えや記者倫理のあり方を抜本的に再点検し、傷ついた信頼の回復のため具体策を早急にまとめて公表します」
 
 そして朝日新聞社はまず2006年1月25日に以下のようなジャーナリスト宣言キャンペーンを開始した。

 「今後もジャーナリズムの原点に立とうという思いを、力強い言葉に込めました。さまざまな改革に着手し、テレビ・ラジオCMや交通広告などでアピールしていきます。(中略)『ジャーナリスト宣言。』は、その原点を今一度見つめ直し、調査報道の充実、時代のニーズに合わせた柔軟な取材組織への変革などに取り組む姿勢を示しています。 『言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。ジャーナリスト宣言。朝日新聞』・・・」

 次いで4月1日付で編集部門等を総点検した改革案をまとめた。それは東京本社に紙面づくりに専念する編集局長と記者の育成や配置などを管理する編集局長の「2人編集局長制」を導入、また高い見識と志を持った記者を育てるため「朝日ジャーナリスト学校」を開設し、記事の編集や記者教育体制の充実を図るなどの内容となっていた。

 それと併せコンプライアンス体制の見直しも行い、「朝日新聞社行動規範」なるものがまとめられた。その一番目「朝日新聞社の使命」の「具体的方針」の7番目で「著作権、商標権などの知的財産権を尊重し、自らの権利を保護するとともに、他者の権利を侵害しません」とジャーナリストとして命とも言える、逆にあまりにも当然のことである知的財産権について言及している。

 また、その後本社記者が取材先から多額の餞別を受領していたことなどを受けて、12月1日付で「朝日新聞記者行動基準」を制定した。そのなかにはさらにきわめて具体的な規定が盛られている。

 今回の不祥事に該当する主な個所を引用すると、「インターネットからの取材」については「公的機関や企業などの公式ホームページに掲載されている事柄は、(中略)ホームページから引用する場合は、記事にその旨を明記することを原則とする」さらに「著作と引用」において「記事の素材として、著作物から文章、発言、数字等を引用する場合は、出典を明記し、適切な範囲内で趣旨を曲げずに正確に引用する。盗用、盗作は絶対に許されない」と止めを刺すかのごとく盗用等の行為を厳しく戒めている。
 
 朝日新聞は「ジャーナリスト宣言」のなかで、これまで「言葉のチカラを信じている」というメッセージを強く読者に訴えてきた。ところが、これまで述べてきた社内体制の整備が図られてきた挙げ句の今回の不祥事である。

 そして今回の盗作について1日、三浦昭彦上席役員待遇編集担当らが記者会見に臨み、「・・・記者倫理に著しく反する行為であり、読者の皆さまの信頼を裏切ったこと、読売新聞社や関係者の皆さまにご迷惑をおかけしたことを深くおわびいたします。二度とこのような事態を招くことがないよう、早急に体制を立て直す所存です」と謝罪した。

 わたしは1年半前の吉田常務と同じ内容の言葉に接し「言葉のチカラ」とはいったい何を意味しているのかむなしさを隠せなかった。「言葉のチカラ」とは、どのように社内体制や規律、規範といった体裁を整えようが、そのためにどのような多言を弄しようが、ジャーナリストとしての魂の原点が定まっておらねば、何の役にも立たぬ、何の訴えるものも持たぬことを今回の朝日新聞の不祥事により知らされた。

 「言葉のチカラ」とは、まさに小田光康氏がPJオピニオン「自戒を込めて、報じる者の社会的責任。『夕刊フジ』誤報事件で」のなかで言う「『事実確認』と報じる者の社会的責任」の重みをジャーナリスト、いやわれわれPJ自身が量るところから、産み出されてくるものだと思った。【了】



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