狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

ヤケクソ

2007-04-16 19:17:36 | 県知事選

TBSニュース:2007年04月16日(月) 18時41分http://news.tbs.co.jp/headline/tbs_headline3541314.html

    TOTOウォシュレットで発火、18万台修理

 温水洗浄便座、ウォシュレットの一部で発火事故が起き、TOTOは18万台余りを無料で点検・修理すると発表しました。

 問題の便器は1999年から2001年までに製造された、ウォシュレットとタンクが一体になっている「Zシリーズ」の一部で、これまでに発火が3件、発煙が26件確認されています。

 原因は、温度を調整する基盤のメッキがはがれたためで、ヤケドをした人はいませんでした。(16日18:15)

                  ◇

トートー来たか。

以前からアースが必要だの、漏電したらピリピリ来るだのネット上に出てはいたが・・・。

水が出る代わりにお尻に火がついたんじゃシャレにもならない。

これが本当のヤケクソだろう。

 

尻から発煙するのも怖いけど。

 


ゾルゲに中国人協力者  スターリンの「砕氷船作戦」

2007-04-16 13:20:45 | 歴史

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ゾルゲに中国人協力者
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          産経新聞

“ゾルゲ事件”対日工作 中国人工作員が関与

【上海=前田徹】20世紀で最も成功したスパイ事件とされるリヒャルト・ゾルゲの対日スパイ網構築が当時、ソ連コミンテルンに属していた中国人工作員によって行われていたことを示す自伝が見つかった。

自伝は文化大革命で迫害を受け失明した著者が革命秘話として書いたものだ。上海でゾルゲから直接、対日工作を指示されたことや日本では近衛内閣顧問の尾崎秀実(ほつみ)と協力していたなど事件の貴重な裏話がつづられている。

自伝で告白 尾崎秀実(ほつみ)とも協力

著者は著名な経済学者で中国国際文化書院院長をしていた故・陳幹笙氏で、問題の自伝は「四个時代的我」(四つの時代の私)だ。同書は1988年に7000部出版されたが、一般市販されず大半が散逸している。

218ページある同書は陳氏の戦前、戦後を通じた人生の思い出話の体裁をとっているが、1920年代半ばから1930年代後半について書いた「革命のため危険を避けず」「日本、ソ連、米国への放浪」の2章がゾルゲ事件に関連した内容になっている。

陳氏は米とドイツで農業経済、歴史を学んだ後、26年にソ連コミンテルン(国際共産主義運動)に加わった。その後、上海でコミンテルン工作員として活動を始め、表向き蒋介石率いる国民政府所属社会科学院で学者として従事する一方、対国民政府工作と同時にゾルゲとともに対日工作に関与する様子が描かれている。

ゾルゲとの出会いは29年、陳氏同様にコミンテルン工作員で、ドイツ紙特派員の肩書で上海に滞在していたアグネス・スメドレーからの紹介だった。その際、ゾルゲがソ連赤軍第4部諜報(ちょうほう)員であり、陳氏が指示を受ける立場であることも示唆している。

また、ゾルゲが当時、国民党の軍事情報収集に力を入れており、蒋介石側近で後に台湾国防部長になった何応欽将軍ら国民政府軍中枢に情報源を得ていたことも明かされている。

ただし陳氏は具体的諜報活動やその成果については一切触れず、ゾルゲと駅で密会し、2人で西安へ重要任務に向かったというようなあいまいな内容に徹している。

一方、上海での抗日工作や対国民政府工作が難しくなった34年冬、ゾルゲはスメドレーを通じて陳氏に日本で活動するよう指示、陳氏は即座に妻とともに来日した。

表向きは東洋文庫での中国関係文献調査となっているが、実際はゾルゲの指示で日本の国策会社だった南満州鉄道株式会社での情報収集に従事し、その際、当時、朝日新聞記者だった尾崎秀実の支援を受けていたことも書いている。

また、出会いについては29年に朝日新聞上海支局員だった尾崎をスメドレーから紹介されたことも記している。

陳氏の日本での情報活動がいかに緊張をともなったものだったかは、35年4月、モスクワから上海経由で来日予定だったウォルトンという名の極東情報局員との密会が頓挫したエピソードに描かれている。

ウォルトンは上海治安当局に3冊のパスポート所持を理由にスパイ容疑で逮捕されていたことを知った陳氏は着の身着のままで妻にも知らせず横浜から上海行き客船に飛び乗っている。

陳氏はスメドレーらによって匿(かく)まわれた後、モスクワに脱出し、新たに米国での抗日宣伝の任務を与えられるのだが、このさい中国共産党コミンテルン代表だった康生らの計らいで「仕事の必要性から中国共産党に入党した」と書いており、当時の中共がいかにモスクワの強い影響下にあったかを示す記述ともなっている。

また、米国での工作は当時、アジア問題の最高権威とされた「太平洋問題調査会(IPR)」の機関誌編集者を表向きの仕事としながら、康生の指令に従ってニューヨークにあった海外中国人向け雑誌の抗日宣伝活動に傾注した。

戦後、米国ではいわゆる「マッカーシズム(赤狩り)」が吹き荒れ、同機関誌のオーウェン・ラティモア編集長に対しスパイ疑惑が突きつけられ、その真偽がいまも謎とされているが、陳氏は「ラティモアは私がモスクワから派遣された工作員であることを知らなかった」と自伝で明言している。

■ゾルゲ事件 第二次大戦中の1941年9月から翌年6月にかけてソ連赤軍第4部の諜報(ちょうほう)員だったリヒャルト・ゾルゲら17人がスパイ容疑で検挙された。

グループの中に近衛文麿内閣の中国問題顧問で満鉄顧問だった尾崎秀実が含まれていたことから大きな注目を浴びた。グループは34年から検挙されるまで約400件の情報をモスクワに流し、最も成功したスパイ事件とされる。ゾルゲと尾崎は44年処刑された。(国民には永らく伏せられた)。
(Sankei Web 2007/04/13 10:26)

                   ◇

温家宝首相は離日前に京都で記者会見して、

日中間の「氷を解かす旅」が成果を収めたと総括した。

時を72年さかのぼる1935年。
 
大東亜戦争開戦の6年前、

スターリンは第七回コミンテルン大会で、「氷解」ならぬ

砕氷船理論」を再確認した。

『ウィキペディア(Wikipedia)』

砕氷船理論(さいひょうせんりろん)とは、レーニンが唱えた戦略である。後にスターリンの手によって実行された。

1935年(大東亜戦争開戦の6年前)、モスクワで開かれた第七回コミンテルン大会でスターリンが再確認した。

「ドイツと日本を暴走させよ!しかし、その矛先を祖国ロシアに向けさせてはならぬ。ドイツの矛先はフランスと英国へ、日本の矛先は蒋介石の中国へ向けさせよ。そして戦力の消耗したドイツと日本の前に、最終的に米国を参戦させて立ちはだからせよ日、独の敗北は必至である。そこで、ドイツと日本が荒らしまわって荒廃した地域、つまり、日独砕氷船が割って歩いた後と、疲弊した日・独両国をそっくり共産主義陣営にいただくのだ」

つまり、日本とドイツを他の国と負ける戦争をさせ、その後ソ連が両国を属国にするよう仕向けさせた。これはその後忠実に実行され、最後の一行以外は全て現実のものとなった。

◆参考:太平洋調査会http://csx.jp/~gabana/Zaakan/hibi0505/hibi-niisi-050508.htm

 


慰安婦強制示す調書、東京裁判に各国検察提出

2007-04-16 06:26:00 | 従軍慰安婦

慰安婦強制示す調書、東京裁判に各国検察提出
2007年04月15日03時00分 朝日新聞

 日本軍慰安婦問題をめぐり、東京裁判に提出された各国検察団の証拠資料の中から、占領支配したアジアの女性が日本軍に強制的に慰安婦にされたことを示す尋問調書などを、林博史・関東学院大教授(現代史)が確認した。17日に日本外国特派員協会で会見して公表する。裁判で証拠として採用されたもので、東大社会科学研究所図書館に所蔵されている。

 東京裁判には、日本軍によるアジア各地での住民・捕虜殺害など具体的な残虐行為を立証するために膨大な証拠資料が提出された。今回、林教授が確認したのは、オランダやフランス、中国など各国の検察団が提出した調書や陳述書など。

 インドネシアで、ジャワ島やモア島、カリマンタン(ボルネオ島)で女性たちが強制的に慰安婦にされたことを示す証拠資料が提出されたことが判明したほか、アジア各地で同様のケースがあった。これまで、国立国会図書館所蔵の東京裁判関係資料から尋問調書の一部が確認されていた。

 オランダが提出した、ボルネオ島で海軍の情報機関にいた男性軍属に対する46年3月13日付の尋問調書。日本人と親しくしていた地元女性が日本軍に拘束され、警備隊長に平手打ちをされ、裸で立たされる状況に触れて、取調官が追及する

 彼女たちを拘束した理由について、男性軍属はこう答えた。「抑留したのは彼らを淫売(いんばい)屋に入れることができるための口実を設けるために警備隊長の命令でなされたのであります」

 46年5月16日付の尋問調書では、ジャワ島の民間抑留者の収容所にいたオランダ人女性が強制的に慰安婦にされたことを証言している。

 44年1月28日、インドネシア人警察官が彼女を含め計7人の女性や少女を日本軍捕虜収容所事務所に連れていき、日本人に引き渡した。さらに車で小さな収容所に運ばれた。同年2月3日に医師による健康診断を受けた際、日本人向けの「娼楼(しょうろう)(brothel)」で働かされることを知ったという。

 「労働日には娼楼は日本将校のために、日曜日午後は日本下士官のために開かれ、日曜日の午前は兵卒等のために保留された。時々一般の日本人が来た。私は常に拒絶したが無駄だった」

 フランスが提出したベトナム人女性の口述書の抜粋には「日本人はフランス兵と一緒に生活していた私の同国人数人に、光安に設けた慰安所(brothel)へ一緒へ行くよう強制しました」とある。

 中国の「軍事委員会行政院」が46年5月27日付で作成した資料は日本軍の桂林での残虐行為に言及、「四方より女工を招致し、麗澤門外に連れ行き脅迫して、妓女(ぎじょ)として獣の如(ごと)き軍隊の淫楽(いんらく)に供した」と記す。東京裁判の判決も桂林の残虐行為に触れた中で、「工場を設立するという口実で、かれら(日本軍)は女工を募集した。こうして募集された婦女子に、日本軍隊のために醜業を強制した」と認定している。

 一連の資料について林教授は「これらは各国が作成した公文書であり、判決でも強制したことが事実認定されている。サンフランシスコ平和条約で戦犯裁判を受諾した日本には、これらの文書の意味は無視できないだろう」と話している。


           
       ◇

検証もされていない「証拠」を一方的に取り上げた復讐劇の検事調書を今頃引っ張りだして一体何が言いたいのか。

「浜の真砂は・・・」と言わずとも、世に悪事を働く者の種は尽きない」。

戦時中といえども悪いヤツはいただろう。 悪徳警官だって。

それは罰すればよい話でナチのような国家犯罪とは別のこと。

それにインドネシアの悪徳警官の罪まで日本が悪いとは・・・。

東京空爆を日本の責任だと集団訴訟を起こすマゾヒズムと同じことだ。

サンフランシスコ平和条約で戦犯裁判を受諾した日本には、これらの文書の意味は無視できないだろう

ん? と言うことはサンフランシスコ条約で日本は「性奴隷誘拐」を「受諾した」ってこと?

この先生に指導された学生が気の毒だ

埃かぶった「資料」を引っ張りだして自分の研究室で「確認する」のは勝手だが外国特派員協会でわざわざ確認する事もあるまい。

                    *

林教授は沖縄の新聞の「集団自決」の記事ではお馴染みのサヨク学者。

この林教授、沖縄「集団自決」の「岩波裁判」でも証拠資料となった沖縄タイムス記事「米軍上陸時の住民調書」(米公文書)の発掘者でもある。

このお方よっぽど日本が憎いのか、その資料でも「tell を命令する」と和訳(意識的誤訳)したり、

問題の渡嘉敷島、座間味島とは別の島の慶留間島の調書を自決命令の証拠としたりで、

同教授の「恣意的和訳文」が裁判の争点になっている。

目くらまし作戦①-「ケラマとゲルマ」 「沖縄集団自決」訴訟


目くらまし作戦② 「テルかコマンドか」 「沖縄・集団自決訴訟」

もっとも最近では「直接誰が命令したかは、たいした問題じゃない」と述べている。http://www.okinawatimes.co.jp/sengo60/kiji/jiketu20050704
.html

戦時中は、誰が言っても全て軍の命令になると言う驚いた理屈。

「たいした問題じゃない」どころか、その為に二人の守備隊長の名誉が踏みにじられて人生を棒に振っているのだ。

特定の意見を持つ林教授の見解意見

林教授は元々「軍命による集団自決」肯定派で、ホームページ等で沖縄戦における「日本軍の悪行」を追及する論文を書いている

・「集団自決」の再検討http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper11.htm)

なお、林教授は東京都知事選では、浅野氏を支持の要望書を共産党に送り、断られている。(HP: http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/index.html

 

その林教授が今頃、東京裁判の戦勝各国も検事調書を外国特派員協会で発表する意図は何か。

東京裁判では日本を「人道に対する罪」で断罪しようとしたが、無理だと分るとでっちあげを図った。

<無いモノはでっちあげれば。
無理矢理に捏造したのが「南京大虐殺」です。
無理矢理に捏造したものですから、無理が目立ちます。
判決は、検事側の「証拠」だけを採用して、弁護側の証拠を採用していません。
これだけでも、どうしようもない不公平な裁判であることが解ると思うのです。
が、実体は、それどころではありません。

一番大切な、決めてとなる証拠は、法廷に持ち出すことさえ、許されなかったのでした。
何と不公平なと、憤慨する人もいます。

いや、公平も不公平も、こんなことだと裁判の体をなしていないのです。> 【封印の昭和史 小室直樹・渡辺昇一著 】

裁判としての体をなしていない戦勝国の復讐劇とも言われる東京裁判の一方的な検事側証拠を今更世界に晒す意図は何か。

東京裁判では検事側の「証拠」だけを採用して、弁護側の証拠を採用していない。

これだけでも、東京裁判がどうしようもない不公平な裁判であることが解る。

それどころか一番大切な、決め手となる証拠は、法廷に持ち出すことさえ、許されなかった。

そんな不公平な裁判での検証も許されない「証拠」に満ちた検事調書を今頃世界に公開する理由は何なのだ。

今年の米下院調査員の報告書に日本軍の強制性を否定され、形勢不利と判断したサヨク陣営の断末魔の足掻きとしか解釈できない。

それに一歩譲っても東京裁判では軍の悪行としてはBC級戦犯の話で既に決着はついているはずだ。

いずれにせよ事情を良く知らない外国記者の前で「慰安婦」と言ったある種微妙な問題を公表すれば「淫売(いんばい)屋」、
「娼楼(しょうろう)(brothel)」といった特に女性記者には侮辱体単語が並び、

例え敵国中国側の一方的報告とは言え、

四方より女工を招致し、麗澤門外に連れ行き脅迫して、妓女(ぎじょ)として獣の如(ごと)き軍隊の淫楽(いんらく)に供した」

といった現代では考えられない表現を披露されると、証拠内容の真偽はともかく、日本のイメージダウンは間違いない。

そこが「反日学者」の狙うポイントなのだろう。

 林教授のメッセージ(HPより)

米議会で日本軍「慰安婦」問題についての決議がかかっています。それにかかわって、安倍首相をはじめ日本の極右たちが騒いでいます。日本の自民党や一部民主党などの極右は、フランスの極右からも、自分たちはあれほど極端ではないとあきれられるほどの極極右になっていますが、この非常識さはいったいどうなっているのでしょうか。さらに、それをきちんと批判しない、むしろそれを煽っている日本のメディアは。
 ウェッブ上では、そうした極極右の発言が乱れ飛んでいます。元慰安婦の女性たちを攻撃する(被害者をさらに徹底して苦しめようとする)、かれらの議論を見ていて感じるのは、人間性が枯渇してしまった、人の悲しみや痛み、苦しみのことなど一かけらも想像できない、オアシスのない砂漠のように、芯から干からびてしまったような感性です(もしかれらに感性などというものがあるとすれば、ですが)。ここまで、人を中傷、誹謗し、痛めつけても、なんとも感じない人間が、これほどまでに多いのか。かれらには、取り戻すべき人間性などないのでしょう。そうだとすれば、人間性を持っている者たちが連帯して、かれらを孤立させ、自分たちの醜さに恥じ入るようにさせなければならないでしょう(ここまで書いて矛盾していますね。恥じ入ることができるほどの人間性を持っていれば、いいのですが)。
 良心と人間性のある日本人よ、ここで声を上げよう。こんな日本社会を少しでもよくする努力をしよう。それが人間としての最低限の義務であり責任ではないのか、と考えています。 
2007.3.23記

安倍首相を「極極右翼」(右翼でも極右翼でもない)と断罪し、まるで正義の味方月光仮面のような熱っぽい文ですが、もう一人の「正義の味方」の先生と共同研究もしているようです。

・吉見義明教授との共同研究http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/books02.htm