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朝日新聞が発行するニュース週刊誌「AERA 」が「沖縄集団自決を現場検証する」という特集記事を載せた。
映画と音楽の評論ブログ「Rock & Movie Reviews : The Wild & The Innocent」さんが、これを取り上げて、記事内容の骨子を紹介しておられるので以下に引用させて頂きました。
AERA(朝日新聞社発行のニュース週刊誌)が朝日新聞を批判。。。
僕は月曜日が新幹線通勤なのでその曜日に発売日となるAERAをよく買う。殆ど惰性で読むことが多いAERAであるが、最新号の特集記事は少し違った。
タイトルは「沖縄集団自決を現場検証する」である。まぁ元朝日新聞の記者が書く記事なので、内容はいつものように集団自決をめぐる教科書検定問題に関しての政府や文科省批判だろうと思って読んでみたが、実際は全然違って、客観中立的、至極真っ当な論考で正直驚いた。
この問題に関しては、僕も過去に本ブログで記事を書いたことがある。それは、沖縄戦の渡嘉敷島で起きたとされる軍命による集団自決を検証し、実際にはそのような命令がなかったことを住民や島に駐屯した旧隊員らの証言によって明らかにした曽根綾子のルポタージュ『ある神話の背景』を評価したものだ。今回のAERAの記事は僕のエントリーと概ね同じ視点によって書かれており、共感が持てた。その骨子はこうだ。
・記者は沖縄戦での集団自決の舞台となった座間味島と渡嘉敷島を訪ね事件の当事者達にインタビューする。
・そこで沖縄戦時の米軍上陸前後の狂乱の中で斧、鉈、鎌、鍬、、、手榴弾などにより、夫婦、親子、兄弟たちがお互いに殺しあった状況を知る。
・いまも2島には殺害の加害者と被害者(及び家族)が共存する。63年間、狭い島内で過去に触れずに暮らしてきた現状があった。
・大江健三郎は『沖縄ノート』の中で自決を住民に命令したとして、当時、2島に駐在していた軍司令官をナチスのアイヒマンになぞらえて批判した。その著書の中で自決命令者として特定された梅沢少佐や赤松大尉の親族が大江健三郎に名誉毀損の訴訟を起こしている。この問題が係争中であること、それが文科省が教科書の記述に検定意見をつけた根拠のひとつとなっている。
・渡嘉敷島の事件については曽根綾子が『ある神話の背景』(1973)において、赤松大尉の集団自決命令にはいかなる根拠もないと結論付けている。(逆に島民に自決せずに生きることを説いていたという)
・その他、軍命令の存在を否定し、戦後に集団自決の遺族に援護法による給金を適用するためにやむをえず隊長命令としたという趣旨の証言書が多く発見されている。同様の趣旨のものがすでに『沖縄県史』や『沖縄県警察史』に渡嘉敷島の集団自決の経緯として具体的に記載されている。
・集団自決を軍の強制とする論者の有力証言となっているのは、最近になってしきりに報道されているある女性の証言である。それは村助役が自決の軍命令をその女性の家族に告げたというものあった。
・「戒厳令下では村助役の指示も軍命令と同じである」という軍制学教程があり、当時、発令はされなかったが事実上「戒厳令下」であったと見做せる。「村助役が軍命だといえばそれは否応なく軍命なのである」 それが集団自決を軍の強制とする論者の論法となっている。
・また、集団自決は当時の日本、特に沖縄の皇民化主義体制が引き起こしたものであり、集団自決というそこだけを見ていると問題を矮小化してしまう、という当時の軍国化、皇民化された日本の全体主義そのものへの批判に展開される。
・集団自決の背景には新聞などの媒体による鬼畜米英宣伝の影響が強くあった。新聞は例えばサイパンでの集団自決を「非戦闘員たる婦女子も亦生きて鬼畜の如き米軍に捕はれ恥辱を受くるよりは」(44年8月19日付朝日新聞)などと称賛していた。
そして、最後に記者はこう結んでいる。
「この際、取材者は文科省に提案する。日本史教科書なら日本史教科書でいい。いかなる憶測も排し、あの時の、確認し得る限りの日本人の集団自決の事実そのものをすべて、避けることなく直視し、淡々と記述してほしい。論評はいらない」
僕も全くそのとおりだと思う。とても真っ当な意見である。しかし、こういった意見をメディアで目にすることは久しくなかった。この記者は元朝日新聞の記者らしいが、AERAという媒体で堂々と朝日新聞批判もしてみせるのだから、なかなか勇気のある人物なのだろう。批判はたくさんあろうが、そういう人たちにこそ今回の朝日新聞社AERAの記事は発信されているのだと思う。
◇
>「戒厳令下では村助役の指示も軍命令と同じである」という軍制学教程があり、当時、発令はされなかったが事実上「戒厳令下」であったと見做せる。「村助役が軍命だといえばそれは否応なく軍命なのである」 それが集団自決を軍の強制とする論者の論法となっている。
「軍命あり派」の意見は、安仁屋沖縄国際大学名誉教授の主張だと思われるが、実際は当時の沖縄で戒厳令は発せられていない。
にもかかわらず、自分で「(戒厳令と)看做せる」と勝手に決めつけている。
この老教授、被告側証言者宮城晴美氏の恩師でもあるが、「軍命や強制」の証拠が無いとわかると、無理やりこじつけの「看做す理論」をでっち上げた。
これが通るなら渡嘉敷島、座間味島以外の沖縄中で自決した住民は全て軍の命令になるし、樺太やサイパン、満州だって集団自決はあったがこれも全て軍の命令と言うことになる。
とても学者と名の付く人の意見とは思えないトンデモ論に、さすがのAERAの記者さんも呆れ果てたのでしょう。
この特集記事は、AERA記者が自分の足で実地調査をした結果、「軍命あり派」の発言がいかに論をなしていないかということが分かり、
それを親会社(朝日新聞)に反旗を翻して勇気を持って暴露した好記事だといえる。
◆ニコニコ動画:↓
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2398932
◆you tube版動画:↓
http://www.youtube.com/watch?v=Z7ioKgwuF4w
◇
■朝日の情報ロンダリング?■
朝日新聞社は「集団自決」問題については第三者ではなく、当事者そのものなのだ。(『鉄の暴風』の初版は朝日新聞社が出版)
二年前の沖縄慰霊の日。
朝日新聞は社説で恒例の沖縄戦に触れ、集団自決の記事で大江健三郎氏の「沖縄ノート」を他人事のように引用した。
周知の通り大江氏は「沖縄ノート」を出版するに当たり一度も現地に取材することなく沖縄タイムス社刊の『鉄の暴風』の記述内容を鵜呑みにしてそれに自分の想像力を加えて書いた。
ところがその肝心の『鉄の暴風』自体が現地取材もせず伝聞と想像力で書かれたトンデモ本だった。
そして朝日はそれを先刻承知していた。
そもそも、全ての誤解の根源ともいえる『鉄の暴風』の初版は朝日新聞が出版している。
他の新聞ならともかく「集団自決問題」に関しては朝日は第三者ではなく情報を発信した(「鉄の暴風」)当事者である。
更に沖縄タイムスの前身は「沖縄朝日新聞」であり『鉄の暴風』の執筆者の1人牧港篤三氏は沖縄朝日新聞の記者だった。
社説を書くのに自社発行の『鉄の暴風』を鵜呑みにした『沖縄ノート」(岩波書店刊)を、もっともらしく孫引きするとは事情を知るものにとっては笑止な話だ。
もっとも二年前の社説なので、朝日がノーベル賞の神通力を過信して、『鉄の暴風』のいかがわしさを『沖縄ノート』の引用で「情報ロンダリング」でもしたつもりでいたのだとしたら改めて大笑いであるが。
6月23日・朝日社説(1)
沖縄慰霊の日 悲劇と狂気を思い起こす
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
< 米軍の上陸前、座間味島の住民は約600人だった。集団自決で命を絶った住民は135人にのぼり、その8割が女性や子供だった。慶良間諸島全体では犠牲者は700人になる。「鉄の暴風」と呼ばれた米軍の砲撃や空爆は、沖縄本島に上陸後も、さらに激しくなった。そこで米軍を迎え撃とうとする限り、おびただしい犠牲は避けられなかった。こうした沖縄戦の事実は沖縄では語り継がれているとはいえ、本土にとっては遠い土地の昔の話かもしれない。 慶良間諸島の集団自決について「沖縄ノート」に記した作家の大江健三郎さんは「沖縄戦がどんなに悲惨で、大きなことだったか。集団の自殺を頂点として、日本軍が沖縄の人々に大きな犠牲を強いたことを日本人の心の中に教育し直さなければならないと思う」と話す。すさまじい犠牲の末に、沖縄は米軍に占領された。それはいまもなお、広大な米軍基地というかたちで残る。沖縄戦の悲劇と狂気を絶えず思い起こす。それは日本の進む道を考えるうえで、苦い教訓となるに違いない。>
朝日新聞は自社が発刊した『鉄の暴風』がいかにデタラメな内容であるか先刻承知している。
そのままこれを引用するとまずいと察知して、それを鵜呑みにしたノーベル賞作家の『沖縄ノート』をもっともらしく孫引きして、他人事のように責任の転嫁を計っている。
これは、朝日新聞が少なくとも二年前の時点で「集団自決論争」で既に敗北を予知し敵前逃亡を図っていたからに他ならない。
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