試合終了のベルが鳴った瞬間、テレビカメラは両手を上げて喜ぶ現地で観戦の女性サポーターの笑顔を映した。
が、我が家のテレビの前は引き分け試合に喜ぶものは一人もいなかった。
父の日の食事会もそこそこに帰宅して僅差ででも日本が勝つことを期待していたのだ。
残る試合の相手は既に一次リーグ突破を決定し優勝候補の強豪ブラジル。
決勝トーナメント進出の可能性はゼロでは無いにしろ限りなくゼロパーセントに近ずいた。
首の皮一枚でやっと首が繋がった状態だ。
試合前、「勝つだけです!」と言った中田が、試合後、「ドローじゃダメ!」と怒声をあげた。
引き分けで喜んでる場合じゃないのだ。
で、日本の1次リーグ突破の条件は?
18日の豪州戦に勝ったブラジルの1次リーグ突破は決定している。
22日の最終戦は実質グループ2位争いになる。
日本はブラジル戦に勝つことが絶対条件。
しかも、同時刻に行なわれるクロアチア-豪州の結果に左右される。
豪州が勝つと豪州が生き残り、日本はアウト。
ドローなら日本と豪州の得失点差の争いとなる。
そうなると、日本はブラジルに最低2点差勝ちが必要で、そのうえで総得点数までもつれる可能性がある。
豪州が敗れると日本とクロアチアの得失点差の争いで、この場合も日本はブラジルに最低2点差勝ちが不可欠。
確率が非常に低いのが判る。
こうなれば、苦しい時の神頼みだ!
神といっても俄か造りの「神棚」を試合場に設けろと言うのではない。
ジーコが「サッカーの神様」である事を忘れてはいけない。
ブラジルチームにとっては日本人が感じる以上の神様なのだ。
背に腹は帰られない。
夜陰に乗じてジーコにブラジルチーム宿舎に忍び入ってもらおう。
ブラジルチームは躍り上がって喜ぶだろう。
神様が、祖国ブラジルの優勝を応援し激励に来てくれた思うだろう。
日本の決勝リーグ進出を諦めて。
が、ここで神様は笑顔を見せてはいけない。
精一杯眉間にしわ寄せ、眉間のしわは得意のようだが、一演説ぶってもらおう。
「選手諸君!ロナウドよ、ロナウジーニョよ!、ロベカルよ! 予選突破おめでとう。 言うまでも無いが諸君は今大会の優勝候補の筆頭だ。
次の試合は日本チームとの対戦だが、これはいわば消化試合だ。
諸君の敵は日本ではない。 怪我だ!」。
「二線級の選手を出すと聞いているが、二線級といえども決勝リーグでは不可欠の選手達だ。 怪我をさせてはいけない」。
「無意味な戦いが優勝の足を引っ張る。 わかるだろー!」。
「手を抜く試合も優勝のための作戦の一つだ。 わかるだろー!」。
「勘違いをしてはいけないよ。 ワシは可愛い後輩のために作戦を伝授しているだけだよ」。
「じーと目を見よ、何にも言うな!わかるだろー!」。
そして再び夜陰に紛れて宿舎を出てもらう。
これで日本の決勝トーナメント突破は決定だ。
サッカーの神様が巻き起こした「神風」が日本の決勝リーグ進出を導く。
WBC野球の時キャプテン宮本に代ってチームにハッパを掛けつづけたイチローの記憶が蘇る。
今回のワールドカップもキャプテン宮本に代りチームに気合を入れる中田の姿がイチローに重なる。
そういえばWBCの時も神風が吹いたっけ。
◇
ドローじゃダメ!中田英激怒「勝てる試合をもう一度落とした」
勝てなかった…中田英は試合後、唇をかみしめてピッチを去った。痛恨の表情が、ジーコ・ジャパンの置かれた事態の深刻さを物語る=撮影・小倉元司
W杯1次リーグ第10日(18日=日本時間同日、ドイツ・ニュルンベルク)痛恨の勝ち点1だ。日本代表は、クロアチア代表に0-0で引き分け。1次リーグ突破のために勝利が義務づけられた試合を勝ちきれず、“キング”MF中田英寿(29)=ボルトン=は「勝てる試合を落とした」と不満をぶちまけた。再三の好機を逸してのドロー劇で、決勝トーナメント進出のためには『王者ブラジルに勝利』が絶対条件という極めて困難な事態に。ジーコ・ジャパンの苦闘は続く-。
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ひざを抱え、ピッチに大の字に倒れ込んだ。手を引かれて立ち上がると、今度はペットボトルをたたきつけた。試合後の中田英の落胆と怒りが、事の重大さを物語っていた。決勝T進出のためには、勝ち点3が至上命令だった背水決戦。だが、得られた勝ち点は1。1次リーグF組最下位から抜け出せなかった。悔しかった。
「非常に痛いマイナス2だと思う」
海外W杯での日本の初勝ち点。しかし中田英は、プラス1ではなく勝ち点2を失ったと表現した。「勝てる試合をもう一度落としたな、という感じ。チャンスをちゃんと決められなかった。正直、勝てるチャンスは十分にあった。非常に残念です」。他選手から発せられた「望みをつないだ」という言葉は、口にしなかった。
中田英は攻めた。前半36分、MF中村俊輔の横パスに走り込み、右足で25メートルミドルシュート。後半11分にもミドルを放って敵の肝を冷やした。前半21分にDF宮本が相手にPKを与えると、落ち込みかける宮本を大声で喚起、PKを止めたGK川口とは固く抱き合った。マン・オブ・ザ・マッチに選ばれるにふさわしい活躍だった。
しかし、ゴールを割れなかった。前半から攻め込み、後半6分にはFW柳沢がゴール前の絶好機を外す場面もあった。パス数は日本の421本に対し、クロアチアは338本。豪州戦で1点をリードしながら試合終了6分前から3失点したのに続き、「勝てる試合」を落とした。15日にはボン郊外の日本料理店で選手だけの決起集会を行い、「絶対勝つぞ!」の大合唱。結束は高まったが、同じ失敗を繰り返した。悔しさが倍加した。
8年前のフランスW杯。第2戦で対戦したのがクロアチアだった。日本は0-1で1次リーグ敗退へと追い込まれた。当時、チーム最年少で先発ピッチに立ったのが中田英だった。あれから2920日。スタンドにはあの時の同僚も集結した。名波、相馬、井原…。雪辱の機が熟した舞台で、勝ちたかった。
93年の米国W杯アジア最終予選での“ドーハの悲劇”。日本中が熱狂し、落胆した試合がテレビで生中継された時、中田英は自宅で熟睡していた。自らの力が及ばない時空には興味はない。だからこそ、自らが歴史の中心人物となるドイツW杯での屈辱は、許すことができないのだ。
この日の結果で、1次リーグ突破のためには22日に王者ブラジルを倒すこと-という過酷な絶対条件が突きつけられた。「次の試合まで可能性が残ったのはよかった。次こそは、勝たなくちゃいけない」。厳しい口調でチームを奮い立たせた。
累積警告で次戦を外れる宮本主将に代わって、ブラジル戦ではゲーム主将となることが濃厚。自らを代表に引き留めてくれたジーコ監督との物語を、簡単に終わらせるわけにはいかない。「同じ失敗は繰り返せない」。ドイツの空に、キングの叫びがこだました。
(志田健)