🌸国別知能指数の衝撃3
『要旨』
☆宗教改革とその後の啓蒙主義は知能を高めた
*IQの高い北ヨーロッパはプロテスタントの国と重なる
*プロテスタンティズムは、識字能力を信者に要求した
☆科挙制度が東アジア系の知能を上げた
*東アジアでは科挙によって知識社会が大衆化した
☆東アジアンの稲作というイノベーションで知能を高めた
*洋の東西で人口が、違のは東アジアの稲作での食料供給
☆ヨーロッパの産業革命と東アジア勤勉革命の違いでの知能の違い
*ムラ社会でうまく生き延びていくための″知恵″
⛳宗教改革が知能を高めた
☆近年では、ヒトの進化が加速している
☆近年では、ヒトの進化が加速している
☆宗教改革とその後の啓蒙主義は知能を高めた
*IQの高い北ヨーロッパはプロテスタントの国と重なる
*宗教改革が信者に勤勉・勤労と禁欲の倫理を求め
*それが近代的な資本主義を生み出したとされる
*プロテスタンティズムは、識字能力を信者に要求した
*宗教改革は個人の信仰告白を重視したが
*誰もが聖書を読めなければならなかった
☆プロテスタント系の大学は勃興する領邦国家によって支援された
*国家官僚、教師、牧師を養成した
☆宗教改革は「知は力なり」という知識社会を大衆化した
☆北ヨーロッパのIQは100に到達している
⛳科挙制度が東アジア系の知能を上げた
☆世界で、北ヨーロッパ以外にも高いIQをもつ地域がある
*東アジアの中国、日本、韓国、台湾、香港、シンガポールの中国人
☆①第一の仮説(科挙制度)
*科挙で、隋で始まり、宋代になって貴族制が廃され
*家柄でなく、試験で皇帝の側近にもなれる世俗的な知識社会が完成した
*科挙制度は朝鮮半島にも移植された
*日本では科挙はいちども行なわれたことがない
*当時の東アジアは中国が「世界の中心」で
*当時の東アジアは中国が「世界の中心」で
*そこで知識社会が成立したことは周辺諸国に大きな影響を与えた
*日本でも「知能が高ければ社会的・経済的に成功できる」という
*価値観は広まつていった
*東アジアでは科挙によって知識社会が大衆化した
*東アジアでは科挙によって知識社会が大衆化した
*庶民までが「知は力なり」という価値観を受け入れるようになった
⛳東アジアの稲作というイノベーション
☆②第二の仮説
☆②第二の仮説
*中国(東アジア)では知能が高かったからこそ
*身分にかかわらず試験によって官吏を選抜する
*発想が生まれた
*私たちは「アジアは貧しくヨーロッパはゆたかだ」と考えているが
*私たちは「アジアは貧しくヨーロッパはゆたかだ」と考えているが
*この「常識」は、産業革命以降に生まれたものだ
☆東アジア、人口が多いのは、養うだけの食糧を生産できるからだ
☆東アジア、人口が多いのは、養うだけの食糧を生産できるからだ
*食糧が乏しければ家族を増やすことはできない
*中世ヨーロッパでも女性はたくさんの子どもを産んだが
*飢饉になればほとんどが栄養失調で死んでしまった。
☆洋の東西で人口がこれほどまで違う理由
☆洋の東西で人口がこれほどまで違う理由
*アジアが稲作なのに対し
*中東からヨーロツパにかけては小麦がつくられてきたから
*同じ作物を毎年植えると、土地が痩せて生育が悪くなる
*同じ作物を毎年植えると、土地が痩せて生育が悪くなる
*連作障害で、小麦栽培ではずっとこの難題を解決できなかった
*小麦の単収が大きく上がったのは1960年代以後
☆水田は、水といっしょに土壌に溜まった毒素を洗い流す
*連作障害とは無縁だ
*日本でも暖かい地方で二毛作が行なわれてきた
☆水耕栽培というのは農業におけるとてつもないイノベーションだ
☆これほどまで人口密度の高いムラ社会
*狩猟採集社会や遊牧社会、小麦作のヨーロツパに存在しない
. *これが知能に関係しているのでは
⛳産業革命と勤勉革命の
☆アジアとヨーロッパの人口動態の違い
⛳産業革命と勤勉革命の
☆アジアとヨーロッパの人口動態の違い
*イギリスで起きた産業革命が、少ない労働者でより多く生産する
*資本集約型の生産革命であった
☆江戸時代の日本では、多くの人口を効率的に配置する
*労働集約型の生産革命、すなわち「勤勉革命」が起きた
☆日本の人口関ヶ原の合戦の頃が1000万
☆日本の人口関ヶ原の合戦の頃が1000万
*江戸時代の最初の100年で3000万と3倍になった
*徳川幕府は埋め立てや灌漑事業で新田開発を行ない耕地を増やしたが
*徳川幕府は埋め立てや灌漑事業で新田開発を行ない耕地を増やしたが
*3倍にも増えた人口を江戸時代の社会はビのように養つたのだろうか.
☆日本の農業が家畜を使わない
☆日本の農業が家畜を使わない
*社会が安定すると農村から家畜が消えていく
*少ない人手で米をつくると失業者が流れて村の秩序が崩壊するから
*それを避けるために日本では、農地を家ごとに細かく分割した
*村人全員が日々″勤勉に″農作業に従事することで食糧の増産を図った
☆江戸時代の人口の急増で大規模な「勤勉革命」が始まった
*ムラ社会でうまく生き延びていくための″知恵″でもあった
☆東アジアの稲作型ムラ社会
*複雑な人間関係が強い淘汰圧になり
*それに対処できる高い知能(コミュカ)が選好された
*中国(黄河・揚子江流域)の知能はじゅうぶん高くなっていた
☆稲作の東アジア
*人口過密なムラ社会の洵汰圧でさまざまな遺伝的偏りが生じ
*そうした遺伝的特徴に適した政治、社会制度がつくられた
*遺伝と文化の共進化で、東アジアの知能は引き上げられていった
(敬称略)
⛳知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載
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⛳出典、『もっと言ってはいけない』他
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「宗教とIQ」「科挙制度とIQ」「食料確保とIQ」他
(ネットより画像引用)
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