★市川猿之助事件の謎
猿之助の供述を聞けば聞くほど、泥沼にのめり込んで行くような暗い気持になるのはなぜだろうか。辻褄が全く合わないのだ。
疑問1
玄関の鍵が開いていたのはなぜか。
刑事は言う、「本当に自殺する場合、玄関の鍵を閉めるのが普通、なぜなら誰にも邪魔されたくないから」
ところが猿之助の実家の鍵は開いていた、だからマネジャーが駆けつけた時、すぐに猿之助の元に行くことが出来て猿之助は助かった。
その時、猿之助の容態は重度だったのか軽度だったのか、まだ明らかにされていない。事実は1日で退院したこと。
疑問点2
猿之助は自分がためていた病院薬の睡眠剤を父母に飲ませたというが、薬の包装シートは父母にかぶせたビニールと一緒にゴミ袋に入れて捨てたという。
刑事は言う、「自殺する者は薬のビンとか包装シートはそのままにしておく。捨てる必要がないから」
それをすべて捨てて、ゴミ出しまでやっている。(ゴミは既に焼却済み)
なぜそこまでする必要があったのか。
(推理)
実は睡眠薬など飲ませてはいなかった、であれば辻褄が合う。
なぜなら高齢の父母が100錠もの睡眠薬を飲む訳がないのだ。睡眠薬の代わりに、例えば麻薬である覚醒剤をジュースなどに入れて飲ませれば、呼吸神経に作用し、短時間で呼吸困難に陥り死に至る。その致死量は0.5~1gと言われ微量なのだ。
だから初めから睡眠薬の包装シートなどないから、捨てた、と言うしかない。
疑問点3
猿之助の供述によると、父母が死んだのは真夜中の午前0時過ぎ、そして自分が自殺を図ったのは朝の7時過ぎだという。
なぜ父母と同時刻に自殺を図らなかったのか、「一家で死のう」と提案したのは猿之助ではなかったか。少なくても7時間もの間、猿之助は何をしていたのか。
疑問点4
週刊誌のネタで、「俺は終わった。一緒に死のう」と両親を説得して、両親は納得したのか。
その週刊誌の記事を読んだが、思わせ振りな内容で、自殺するようなショッキングな事は書かれていなかった。
父母は76歳と75歳、どちらも社会的信用が高い人たちで、一通の遺書もなく、突然自殺するだろうか。
梨園は名跡と屋号を重んじる、市川猿之助の場合は「澤瀉屋」である、残された名跡と家と墓はどうするのか、それらをきちんと整理しないで、「分かった。一家で死のう」となるだろうか、絶対にあり得ない。
社会的信用が高く、順序と礼節を重んじる父母が、たかが週刊誌のヨタ記事で一家心中するだろうか?
ましてや猿之助は自分が座長で主役の大舞台を明治座で演じている真っ最中なのだ。
父母はむしろ息子猿之助の自殺の提案を拒否して、猿之助を叱咤激励するべき立場ではなかったか。
疑問点5
両親にビニールをかぶせたのはなぜ?
ビニール袋をかぶせて窒息死で息の根を止めたのか、それとも1枚のビニールシートを顔にかけたのか、その行為は何を意味するのか。
高齢の両親が冷たく固い床の上で死んでいたのは、なぜ?
しかも二人ともパジャマ姿だったとは。
「寝つきが悪いなら、この睡眠薬1錠飲めばぐっすり眠れるから、どう?」と寝ようとした両親に声をかけたら、二人ともパジャマ姿だったことも頷ける。
そしてその薬は睡眠薬ではなかったとすれば。
さて、上に書いた文章には、画竜点睛を欠く、部分がある。
それは動機だ。
たかが週刊誌ネタで梨園の澤瀉屋が一家心中する訳などないのだ。
他に本当の動機がある。
(じゅうめい)