「なぁ」
ばくは知人の助教授に、ぼくの疑問と推論を簡単に書いたメモを渡した。
そのメモに目を通した助教授は
「・・・それに気付いたか」
彼女の口調は重かった。
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都内にある大学の教室で行われた、食品科学セミナー。
講師は「世界一受けたい授業」と評判の某国立大学の名誉教授。
セミナーの内容は、「食肉や魚介類の加熱加工による風味・食感の変化や伝熱工学アプローチによる加熱調理の科学的解析」というものだった。
食品科学のセミナー。さぞかし、短大の家政科あたりの若いギャルたちが集う華やかなものと想像していたのだが、そのセミナーに参加してみたら、参加者は若い男ばかり。男の園だった。んで、そのほとんどが、家電調理器具メーカーのデザイナーたち。日本の家電製品の設計の最先端の現場を垣間見たような気がしていた。
セミナーの途中に休憩が入り、その都度、質疑応答がある。若いオトコたちの熱気あふれる会場だったので、さぞ活発な質問がとびかうと思いきや、だれも質問しない。講師がかわいそうになって、ぼくはいくつかの質問をしたのだが、何を質問したのか今は思い出せない。どうせ、くだらない質問だったのだろう。。
さて、そのセミナーに参加して、不思議に思ったことがあった。
・・・なぜ人は後方に座りたがるのだろうか。
大学の教室はたいていがそうなのだが、そのセミナー会場の教室も2人掛けの机が整然と並んでいる。横2列、縦に10列。
知り合いの助教授にばったりあって、ぼくがその教室内に入ったとき、既に、30名ほどが席についていた。空いているのは前の方の席だけだった。皆、示し合わせたように後方の席に座り、携帯メールなり本を読むなりして、セミナーが始まるのを待っていたのである。
ぼくは知り合いの助教授と一緒に、前列2列目の机に並んで座った。
セミナーが始まる頃には全ての席が埋まるのだろう。そう思った。というのも、セミナー開催者の挨拶によれば、聴講の事前申し込みが殺到し、参加募集をそうそうに打ち切らなければならなかったとのことだったからだ。振り向くと、ぼくらが座った2列目以降はすべて満席。狭い教室が半そでのワイシャツを着たサラリーマンたちでぎっしりと埋まっていた。・・・暑苦しい。
それでも、ぼくの前の机、すなわち、最前列の席にはだれも座ろうとはしなかった。いわゆる、「かぶりつきの席」というのに。
パリの某ムーランルージュや日本の某OS劇場なら、席を案内してくれるガルソンに相当チップをはずまないと通してもらえない席だ。今日は、無料でそんな席に自由に座れるというのに何故だ?
最も考えられるのは、その席が予約席であること。予約してまでセミナーに出席するとは、かなりの勉強家なのだろう。その割に聴講をすっぽかしたようだが・・・。よんどころのない緊急の用事でもできたのだろうか。
次に考えられるのは、それらの席が「踊り子には手を触れないでください」的に「おさわり禁止」になっていることである。著名な画家が学生の頃に机に書いた落書きが保存されているとか、あるいは、席が放射性物質や未知のウィルスで汚染されているなどということは十分に考えられる。あるいは、戦時中の不発弾がそこに埋設されたままになっていて危険なのかもしれない。
それとも、その席の下の床が壊れていて、座ると床下まで落っこちてしまうのだろうか。そしてその先は異次元空間につながっていて、何人もの学生が行方不明になっているとか・・・
ぼくは隣に座っている知人の助教授に、ぼくの疑問とそれに対するありったけの推論を簡単にメモって渡した。
なお、知人の助教授というのは、身長が170㎝以上ある女性だ。今日みたいにハイヒールを履くと、座っている時はそうでもないが、一緒に並んで立った時にはかなりの威圧感を感じる。
メモに目を通した彼女は
「・・・それに気付いたか」
「ど、どうした? 急にマジな顔をして」
メモの裏に何か書こうとして、彼女はペンを止めた。
そして、小声でぼくに耳打ちした。
「・・・出るんだ」
「何にだ?まな板ショーにか?」
バコッ!
ウッ、痛て、みぞおち。普通。するか、ひじうち。
・・・ほらっ、講師がこっちを見てるじゃまいか。
「自殺した生徒の霊が出るんだ。あの席に座ると」
講師がスクリーンに映した図面の説明にもどった隙に、助教授は面倒くさそうに言いながら、ぼくらの前の一つの席を指差した。そして、もう係わり合いたくないとてもいうように、前のスクリーンに目を移した。
・・・この大学は明治時代から続くエンジニアを育てる学校で、毎年何人かの自殺者が出ることで有名である。
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