スイス・アーミー・ナイフと言えば、十徳ナイフのことだと思い出す人も多いだろう。
栓抜きやハサミ、ドライバーなどをコンパクトに納めた万能ナイフ。
このナイフは、スイス陸軍に正式採用された軍用ナイフで、ビクトリノックスとウェンガー製のものがある。
パラグライダーのパイロットを目指してた時、ぼくは、しょっちゅう、ツリーランしてた。ツリーランとは「ツリーランディング」のことで、木の上に着陸してしまうことをいう。別名「山沈」とも。
へたに地面に激しくランディングして骨折(←やりますた)や激突死するよりは、ツリーランした方がずっと安全だ。ただし、木に引っ掛かっちまうわけで、ハーネスでがんじがらめのパイロットは、無線が通じない場合に、山の中で宙づりになったみじめな姿で救助をひたすら待つことになる。
パラグライダーのベテランともなれば、シロートのように操縦を間違えてツリーランなんかしてしまうことはとても恥ずかしいことで・・・。だから、宙づりになった状態からなんとか一人で脱出しようとして、無理して墜落死してしまったりする。やぱ、死ぬよりか、恥をかいてでも救助をまたなくちゃ。。
ツリーランしたパイロットを救助するための道具がある。一般には、シュリンゲ(←テープスリングのこと)、カラビナ、8mm ロープ、鋸、スパナ、エイト環。ロッククライミングで使う懸垂下降の道具だ。
・・・そのパイロットの収納ケースには、使い古したスイス・アーミー・ナイフも入っていた。
そのパイロットから聞いた話。
その日、いつものように夕方から山に登った。その山には似つかわしくない90Lのザックとプラスチックブーツ。そして、隣にはザイルパートナーである彼女。
なかなかクライマーをダイナミックロープにつなぎとめる(確保する)ルベルソの使い方を覚えてくれなかったそうだが、彼女は最高のザイルパートナーだったとのこと。
・・・彼女とならどこだって登れる。彼はそう思っていた。
山頂に付く頃にはすっかりと夜がやってきていた。暗闇の中、彼らはヘッドランプも点けずに歩いた。
どんなに暗くても、怖くはなかった。彼らはザイルパートナーである前に男と女だった。
彼らに結ばれたザイルは、永遠に切れることはないと2人は思っていた。
山頂でビバークしたその翌朝。岩場を迎えた彼らが、終了点から懸垂で下降中のこと。
彼女は、懸垂下降ライン上にあった深いギャップを避けようとして、右にトラバースしようとした時に、一瞬、バックアップに添えていた手を放してしまった。
マッシャー結びしたバックアップに体重がかかりロックがかかった。
メインロープにバックアップが食い込み、彼女は降りるに降りられない宙づり状態に。
状態を伝えた彼女は、彼の救助を待たずに、手持ちのスリングを使い自力脱出を試みる。
新たにバックアップを下降器の下にセット。そして、ロックしてしまったバックアップ・スリングにナイフを入れ切断。スリングが切れてメインロープに体重がかかったと同時にルベルソにかけたカラビナが破断。彼女は十数メートル下の岩場に落下。即死だった。ロックカラビナのゲートがなんらかの原因で開いてしまっていたことが原因だった。
直前の中間支点を不安定なピナクルに取ったことが、そもそもの原因だったと彼は悔やむ。逃げずに、時間をかけてでもボルトを設置して、確実な中間支点を取るべきだったと・・・。
そして、彼は山をやめた。
山をやめた彼が数年後、PGパイロットを取り、そしてフライト中に強風に流されてツリーラン・・・。
宙づりになった彼が無線が通じなくて助けを呼べずに、ハーネスにつながったスタビライザーラインを切って脱出しようとナイフに手をかけた時、 見覚えのある手が彼のナイフを押さえた・・・そう、数年前にバックアップのスリングを切った彼女の手だった。
・・・何故か彼はそう感じた。そして次の瞬間、偶然に近くの尾根にさしかかった仲間の声が無線に。上を見あげると、1.1mmのスタビライザーラインに混ざって、パラグライダーでは使われることのない9㎜のザイルが見えた。・・・過度に緊張を強いられたための幻覚だったのかもしれない。 でも彼は、ナイフを取り出そうとした瞬間に押さえた手の感触は、まぎれもなくかつて愛し合った彼女のものだったと言う。
彼は、片時もそのスイス・アーミー・ナイフを手放さない。
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