降って来るもの

写真と散文とぽえむ

心訓抄・LXXXⅠ

2017-10-18 21:56:21 | 心訓抄

                 LXXXⅠ「触手」

 

その方向に触手を持たない単体には

きっと、どんなに

手を変え品を変え、装いを凝らし

climaxを幾つ積み上げても

 何の反応も無いのだ

寧ろ、煩わしいのだ

 

眼前や心空を横切る雲霞のように

耳元で羽搏く子虫のように

 それでも

僕という固有の単体は

本能のように

 同じ触手を持つ単体を求める

 

雌雄の根源的な性欲のように・・

*10/18 21:56:21

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地鎮祭

2017-10-18 06:57:39 | 日記

 まるで季節をひと月遡ったような秋雨が降り、まるで月日をひと月早送りしたような寒さに見舞われた昨日、10月17日大安の火曜日、予定通り”三世帯住宅”を新築する土地の「地鎮祭」を執り行い、無事に終了しました。

 ”雨降って地固まる”の諺のように、傘をさしての祭典は僕等にも、多分神主さんにとっても”癪に障る”日和だったのですが、僕自身の心境で言えば前述の言葉通り”地固まる”日和なのだと解釈して、負け惜しみじゃなく、むしろあめあめふれふれ・・の心持ちでしたよ。

 思えば10日前の予期せぬぎっくり腰の罹患で、最大の気懸かりになっていた、我が物顔で伸び放題の雑草の退治も、此の日の6日前の90分と、7日前の120分で何とか(それも、その時間だけは雨に祟られることもなく)クリアー。依然として、まだ腰部に鈍痛は残っていますが、気分は晴れ晴れと最初の儀式に参列することが出来ましたよ

伸び放題の

こんな状態

でしたが

10/1390分

10/14120分で

スッキリ

やれやれ

10/17

地鎮祭

神主さんが土地の神様を呼び出して、祝詞を

怪我や事故の無いように、業者と東西南北の四隅を清めに回ります。

        

草を刈り、土地を掘り、鍬入れの神事を終わって、

祭礼は終了。

業者さんが記念にと、集合写真を撮ってくれましたよ

天候の都合にもよりますが、早ければいよいよ18日から先行工事が始まって、朧気だった夢が、少しづつ現実のものとなってゆきます

遠足を明日に控えた小学生のように、今が一番ワクワクできる時間なのかも知れませんね

10/18 06:57 まんぼ

 

 

 

コメント (10)
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if

2017-10-18 05:55:06 | 

                  if

 

書くことは、きっと、毎日ある

 書くべきことや

 書かないではいられない心情を差し引いても

或いは、書こうという意欲を加味しなくても

二十四時間もの長さを経験した証の一行は

きっと、誰にでも書けるはずだ

 

唯、書くという習性が無いのかも知れない

勿論、そのことが問題になる

 如何なる理由も見当たらないのだが・・

 

if、書くことが出来るとしたら

一日に、たった一行の記述など

 赤子の手を捻るように

いとも容易いことに違いなくて

 そうして

それは三百六十五日の熟成を経て

著述者の自叙伝になる

 

if、二十字の十行を埋められれば

一年という捨てられる月日は

 自身が主人公の大河小説を

簡単に書き下ろす機会になる

*10/18 05:55:05 万甫

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