「社畜」という言葉があります。
「会社員」と「家畜」からつくられた造語。
会社にすべてを捧げ、足蹴にされても唾を吐きかけられても会社にすがりつくサラリーパースンを揶揄する言葉です。
何とも切ない自虐的なコトバです。
書店で見つけた新刊本・・・とても面白い一冊に出会いました。
人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造
熊代亨著 ハヤカワ新書刊 1078円(税込)
著者は精神科医。
社会適応や若者カルチャーに詳しい現役のお医者さんです。
同書では、「自己家畜化」というワードが出てきます。
自己家畜化とは、イヌやネコのように、人間が生み出した環境の中で先祖より穏やかに、群れやすく進化していく現象とのこと。
社会的動物であるホモサピエンスは、自分自身の意思を曲げてでも集団の中で生きていかなければならない存在です。
同調圧力や空気を読まなければならない難しい社会と言えます。
そこからはみ出ると、面倒な奴として社会からスポイルされることになります。
目次
序章 動物としての人間
第1章 自己家畜化とは何か 進化生物学の最前線
第2章 私たちはいつまで野蛮で、いつから文明的なのか
第3章 内面化される家畜精神 人生はコスパか?
第4章 家畜になれない者たち
第5章 これからの生、これからの家畜人
著者は、動物園の檻の中にいる動物たちを見て、人間の社会を見るようだと指摘します。
また、東京のような大都市も、まるで大きな動物園・・・その檻の中で人間が入れられているようだと記述します。
確かに、そのとおりだと思います。
さらには、街中にある監視カメラやマイナンバーや顔認証システムで、個別に管理、監視されている現代は、一見自由で、実はそうではない社会と言えます。
安全、安心だけれども、実に住みにくい世の中になったものです。
同書では、「進化」という重要用語が出てきます。
急激に変化していく社会、文化、環境に哺乳類である人間はついていけるのか?という投げかけ。
自己家畜化のスピードはスローなため、そこにいろいろな弊害が出てくると指摘します。
今までは無視されていた精神の病やLGBTQが急に提起されたり、ハラスメントの概念が出てきたり・・・本当に大変な世の中になったものです。
動物の進化の事例も興味を引きました。
英国の産業革命で工場のばい煙に対応して羽根を白から黒にした蛾。
旧ソ連のギンギツネ研究・・・人間になつくキツネだけをピックアップして交尾を繰り返すと人間好きなペットのようなキツネの集団になる・・・。
家畜化症候群というそうです。
その特徴は次の4点。
1 小型化する
2 野生種より顔が平面的になり平たい顔になる
3 性差が小さくなる
4 脳が小さくなる(体重に対する脳の容量が小さくなる)
さらに身体にも変化が出てくる研究結果があります。
1 尾の先端や足先が白くなる。白いぶち模様ができる
2 感情的、情緒的反応が穏やかになる
3 顎のサイズが小さくなる
4 歯が小さくなる
5 耳が折れ曲がりやすくなる
6 脳の成長を遅らせサイズを小さくする
動物の変化、家畜化とはいえ、どこか哺乳類としてのホモサピエンスにも当てはまるような気がします。
小さい頃から、「いい子でいなさい」「早くしなさい」「ちゃんとしなさい」と育てられる人類の子どもたちは、家畜としての訓練を死ぬまでやらなければなりません。
第5章「これからの生、これからの家畜人」ではフーコーの説も取り入れながら、これからの人間社会について提言していきます。
こらからの世の中がユートピアになるのか、ディストピアになるのか?
著者は、悲観シナリオと楽観シナリオの2つで2060年の世界を映し出します。
遺伝子組み換えや人工受精などのテクノロジーが進み、従来の常識ではありえなかった未来が訪れるのは確実です。
進歩に依存しつつ、進歩に警戒の目を向けること、人間にやさしい社会を創り上げていくことの重要性について解説してエンディングとなります。
でも、人間は、鉄柵や格子がないだけで、日々の生活は「家畜」と変わらないということなんでしょう。
明治維新の礎を築いた吉田松陰先生は言われています。
「人の禽獣に異なる所以(ゆえん)」は五倫。
父子の親、君臣の義、夫婦りーの別、長幼の序、朋友の信。
単なる家畜にならないようにしたいものです。
同書では、医学、自然科学、人文社会科学の観点から、「家畜」としての人間社会をあぶり出していきます。
私的には、今年一番のベスト本になりました。
おすすめの一冊です。