“うま味”から予防医療へ
味の素 研究開発企画部 野口泰志氏に聞く
聞き手:大下 淳一=日経デジタルヘルス
日経デジタルヘルス 2016年2月10日 配信
1回の採血で、肺がんやすい臓がん、大腸がんなど複数のがんの罹患リスクを一度に評価できる――。臨床検査会社のエスアールエル(SRL)と組み、健診機関や企業健診向けにこんなサービスを提供しているのが、味の素だ。
アミノ酸の一種、グルタミン酸を原料とする「うま味調味料」にルーツを持つ同社が、2011年度に事業化したのが「アミノインデックス」と呼ぶ検査手法。血液中に多種類が存在するアミノ酸の濃度バランスを統計的に解析し、病気の罹患リスクを数値で示すというものだ(関連記事1)。“アミノ酸のプロ”ならではの知見を生かす。
がんのスクリーニングに続いて現在、メタボリックシンドロームや糖尿病などの「生活習慣病」、加齢に伴う低栄養など「高齢者の健康」をターゲットにした応用研究を進めているという。これらの取り組みを指揮する味の素 研究開発企画部 総合戦略グループ 課長の野口泰志氏に、同社がアミノインデックスで描く未来について聞いた。
野口氏は2016年2月26日開催のセミナー『医療ビッグデータサミット 2016 ~研究から臨床/実サービスへ~』(主催:日経デジタルヘルス)に登壇。「大規模臨床アミノ酸データに基づく、疾病の早期発見 ~アミノインデックスとその将来展望~」と題して講演する。
(聞き手は大下 淳一=日経デジタルヘルス)
――アミノ酸に関する知見を健康・医療分野に生かす。この発想は、どこから生まれたのですか。
健康は、日々摂取する食品と深く関わる。ですから食品メーカーとして、健康は力を入れて取り組むべきテーマだと以前から考えてきました。
健康に影響を及ぼす因子のうち、遺伝子は先天的な要素が大きく、基本的には生涯変わりません。ところが実際に病気にかかる要因を考えると、生活・環境というもう1つの因子が無視できない。食品や運動など、日常において健康に影響する因子ですね。いわゆる生活習慣病だけでなく、がんや高齢者の低栄養、ロコモティブシンドロームなどにもそれは当てはまります。
アミノ酸は体内で生じる代謝物です。遺伝的因子にも影響を受けるのですが、生活習慣からより強い影響を受けます。アミノ酸はつまりはたんぱく質ですから、食品として体内に取り込んでいる栄養でもある。人体の組成の60%を水分が占めますが、残りの半分つまり20%はたんぱく質が占めます。
ですから、アミノ酸は体の中の情報と、食品や運動といった外部の因子を結びつける“インターフェース”。こんな言い方ができると思います。体の状態を可視化するうえで、非常に重要な情報なんです。
――がんのスクリーニングを最初のターゲットとした理由は何ですか。
アミノ酸の解析を進める中で、我々が得た発見が基になっています。健康な人とがん患者では体内のアミノ酸濃度のパターンが異なることが分かったんです。がん細胞自身の中でもアミノ酸の代謝が変化したりしている。一見無縁に思えるがんとアミノ酸の間には、実は関係があります。
そしてこのパターンの違いを、がんの早期発見につなげられると考えました。臨床側からのニーズが最も高いのが、がんの早期発見ですから。そこで、体内に存在するさまざまなアミノ酸の濃度パターンを統計的に解析し、そのパターンを評価するためのインデックス(指標)を作りました。がんの罹患リスクが高い状態だと、あるアミノ酸の濃度は高まり、別のアミノ酸の濃度は下がる、といった具合です。
我々の手法は、がんの罹患リスクを評価し、早期にスクリーニングすることを目指したもの。予防や未病と呼ばれる段階を対象にしています。がんの確定診断ではありませんので、自由診療の枠組みで健診機関や企業健診向けに提供しています。
――次のターゲットが、生活習慣病や高齢者の健康ですね。
糖尿病やメタボリックシンドローム、内臓脂肪量などの評価にもアミノインデックスを使えることが分かってきました。解析対象となるアミノ酸はがんをスクリーニングする場合と変りませんが、濃度パターンの表れ方ががんの場合とは異なるわけです。
これらさまざまな疾患のスクリーニングにアミノインデックスが有用だと考えている理由の1つに、罹患リスクが高まる「時期」を推定できるという特徴があります。遺伝子から分かるのは主に、時期は問わず、生涯の間に罹患するかどうかというリスク。対してアミノ酸の解析からは、どれくらい近い将来に疾患するリスクが高いかまで見えてきます。
今後はアミノインデックスを遺伝子や健診のデータと統合解析し、そこからより利便性や価値の高い指標を明らかにしたい。そんな構想を持っています。
アミノインデックスに関する実証研究は、個別の共同研究に加え、京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区や神奈川県「未病産業の創出に係るモデル事業」などで進めており、大きな規模のデータが集まりつつあります。神奈川県のモデル事業では、遺伝子検査との組み合わせに関する研究をDeNAライフサイエンスと共同で始めました(関連記事2)。遺伝因子と生活・環境因子がどのように疾病に影響するかを明らかにし、疾病予防に向けた「意識変容」「行動変容」につなげることを狙います。
これらの取り組みで得た知見は、食品事業にもフィードバックしたい。新しい商品開発にもつながるでしょうが、既に販売している商品をどのような人にどのようなタイミングで摂取してもらうと疾病予防に効果的か、そのエビデンスを明らかにすることが大切な仕事になると思います。