佐藤優氏の亀山郁夫訳

2016年05月01日 23時06分50秒 | 社会・文化・政治・経済
佐藤優氏の「亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』批評」を読む


佐藤氏は、米川・原の両先行訳と比較して亀山訳を絶賛しているが、比較するのならなぜ引用文のすぐ後にどんな文が続いているのかを問題にしないのだろうか。この場合は、それをも見なければ、先行訳と亀山訳のどちらが日本文としてすぐれているか、判別できないことは文脈上明らかだと思う。よって、佐藤氏が上記で引用している亀山・米川・原の三氏の訳文に続く文を加えた上で、佐藤氏の見解が妥当かどうかを検討してみたい。

亀山訳
「人々のあいだに、そういった奇跡の信憑性に対する疑いが早くも生まれはじめたんだ。ドイツ北部に恐ろしい新しい異端が現れたのはまさにそのときだった。『松明に似た、大きな星が』つまり教会のことだが、『水源の上に落ちて、水は苦くなった』ってわけだ。
 で、これらの異端者たちは、奇蹟を冒瀆的に否定しはじめた。ところが、そのまま信仰を失わずにいた連中は、逆にますますはげしく信じるようになった。」

米川訳
「しかし、悪魔も昼寝をしてはいなかったから、これらの奇跡の真実さを疑うものが、人類の中に現われ始めた。ちょうどその頃、北方ゲルマニヤに恐ろしい邪教が発生した。『矩火に似た』(つまり教会に似た)大きな星が『水の源に隕ちて水は苦くなれり』だ。これらの邪教が罰あたりな言葉で奇跡を否定しにかかった。しかし信仰を保っている人は、なおさら熱烈に信じつづけた。」

原訳
「しかし、悪魔も居眠りをしちゃいないないから、人類の間にはすでにそうした奇蹟の真実性に対する疑惑が起り始めていた。北国ドイツに恐るべき異端が現われた(訳注 宗教改革のこと)のは、ちょうどこのころだよ。《たいまつに似た》(つまり、教会に似た)巨大な星が《水源の上に落ち、水が苦くなった(訳注 ヨハネ黙示録第八章)》のだ。この異教は冒瀆的に奇跡を否定しはじめた。だが、依然として信仰を持ちつづけた人々は、そのことによっていっそう熱烈に信ずるようになった。」

日本文として読むかぎり、米川・原訳のほうが亀山訳よりはるかにすっきり意味が通ると思う。亀山訳のように「星」を「教会のこと」と確定してしまえば、その後に続く「これらの異端者たち」は前文からぷつんと繋がりが切れてしまい、文脈上「これら」とは何のことか分からなくなるではないか。また、亀山訳では「星」の象徴性が消え失せてしまうと感じる。
私の感覚では原訳が一番いいと思うし、次に米川訳をあげたい。残念ながら亀山訳は評価できない。佐藤氏は「米川訳、原訳の「教会に似た大きな星」という解釈では、意味がまったくわからない。」と述べているが、この見解は、私にはそれこそ意味がまったく分からない。
佐藤氏は、「米川訳の邪教では、キリスト教以外の宗教になるので、原文から意味がずれる。」とも述べているが、辞書によると、「邪教」の含意はまず「社会の害悪となる宗教」なのだから、「邪教」でも何ら誤りではないと思う。

佐藤氏は、『ロシア 闇と魂の国家』(文春新書2008年)においても奇妙な発言をしている。「亀山訳は、(略)語法や文法上も実に丁寧で正確なのです。これまでの有名な先行訳のおかしい部分はきちんと訳し直している」「それ以前の訳では、「大審問官」の舞台を15世紀の中世と受け取りがちですが、新訳のおかげでプロテスタント誕生直後の16世紀だということがはっきりします。」などと述べているのだが、でもこれは完全にでたらめである。「それ以前の訳では、「大審問官」の舞台を15世紀の中世と受け取りがち」などということはまったくなく、当然のことだと思うが、米川・江川・原の各氏をはじめ、小沼文彦氏の訳でも「大審問官」の舞台を「16世紀」と誤解の余地なく明記している。では他に、亀山訳が「これまでの有名な先行訳のおかしい部分はきちんと訳し直している」という箇所がどこかにあるのだろうか? あると言うのなら、それはどの場面なのだろうか? 錚々たる過去の翻訳者たちに対し、何一つまともな理由も根拠も示さずに「誤訳」云々と好き勝手にしゃべり散らすのは、非礼と不遜にすぎるのではないだろうか。

日本文学史上、ドストエフスキー作品の読解と解釈に欠くことのできない深い意味と豊かな稔りをもたらしたと思われる作家の埴谷雄高は、晩年「嘗ての私達は、米川ドストエフスキイを読んで、ひたすら米川さんの恩恵に浴している」「第二次大戦以前は、小林秀雄も私も、米川ドストエフスキイによってひたすら考察し、……」(「謎とき『大審問官』」福武書店1990年)と、米川正夫氏のドストエフスキー翻訳からうけた文恩について率直な言葉で語っている。何も埴谷雄高のような文学者やロシア語の専門家にかぎらない。数多くの一般読者がそれぞれに深い思いをいだいていたはずなのだ。

江川訳、原訳に対してもそうだが、先行訳について異論や反論を述べたいのなら、最低限の知的誠実さの証として、せめて基本的な事実関係くらいは正確に把握した後にしてほしいものだ。佐藤氏のような姿勢では、翻訳者のみならず、原作者であるドストエフスキー自身への関心の程度さえ疑われても仕方ないだろうと思う。

亀山郁夫氏の訳本についての感想も機会があったら記してみたい。

深い精神的な経験が必要

2016年05月01日 22時48分22秒 | 社会・文化・政治・経済
「文学の素養は、その人の信頼の証なのです」
だからこそ、読書を継続し、知性を磨くことが大切だ。
「何か語れるものを持つこてですよね。何でもいいから人を啓発できるものを持つ。
そのためには深い精神的な経験が必要ですし、それを自分の宝にすることが、自信の源になると思います・
名古屋外国語大学学長・ロシア文学者の亀山郁夫さん

「心の壁」

2016年05月01日 22時36分32秒 | 医科・歯科・介護
人は自分の狭い世界に、さらに壁を作りがちだ。
「嫌い」「好きでない」
理由は些細なことだ。
感情はあくまで感情であり、理性的ではない。
ある意味で、無知とも言える。
深く理解をして批判をすることもない。
表面的な好悪感情に過ぎない場合も少なくない。
人はしばしば「思い込み」という心の壁から出られないでいるものだ。





今に全力を尽くすことだ

2016年05月01日 22時19分02秒 | 社会・文化・政治・経済
「豆腐メンタル」
繊細で「豆腐」のようにもろい精神を指す言葉だ。
「心の鍛え方」
体を鍛えても、メンタルも強くなるわけではない。
オリンピックなど大きな舞台になると、実力を発揮できないことが少なくない。
気合いや根性ではなく、理論に基づいた準備を重ねる。
それがメンタルトレーニングだ。
不安の克服は日常生活でもある、その克服が思いのほか難しい。
ではどのようにメンタルを鍛えるのだろうか。
不安なことを一つずつ無くしていけば、最後は自信しか残らない。
日々の生活に置き換えれば、どんな時に不安やイライラを感じるのか。
自分をよく知ることだ。
ストレスの大半は人間関係に起因するともいわれている。
他人の出方や性格は変えることはできない。
だが、自分の働き掛けを変えることはできる。
そうすることで漠然と感じていた不安と向き合い、克服することができる。
大きな目標を掲げるのではなく、今の自分より少し上、ちょっと頑張ればできそうな現実的な目標を立てて、日々挑戦する。
過去を振り返っても変えることができない。
また、将来のことも誰にも分からない。
でも今は違う。
今日、何をするかは自分で決められる。
今、何ができるかを考え、精一杯取り組む。
その繰り返しが将来につながっていく。
今に全力を尽くすことだ。
それが自分にできるすべてだ。

企業の人間化

2016年05月01日 21時56分12秒 | 医科・歯科・介護
低賃金の非正規雇用が全体の4割になる一方、長時間の過酷な労働で過労死する正社員も後を絶たない。
劣悪な労働条件で若者を食い物にする「ブラックバイト」も横行している。
企業の人間化とは、人間の尊厳を守る企業の在り方である。
経営者の倫理観の問題に帰着する。
「8時間は労働に、8時間は眠りに、そしてあとの8時間はわれわれの自由に」
ところが連合のメーデーのリーフレットの言葉・スローガンとは逆に、日本では1990年代から長時間労働による労災や過労死が増え続けてきた。
経営者がコスト削減のため低賃金の非正規雇用を進め、それに伴って数が減り続けている正社員に仕事が集中している。
また、消費者のニーズに応えるため土日や深夜の営業が増えている。

意義のある地域友好活動

2016年05月01日 11時30分56秒 | 日記
今朝は日曜日なので、早朝散歩は休み。
午前8時30分、林さん(仮名)が迎いにきて、小堀(おおほり)まで会合へ行く。
連休の始まりで、参加者は何時もの半分の7人。
各地区の活動報告などを聞く。
30分で終わり、お茶飲みとなる。
何時ものようにお世話となり恐縮。









赤峯さん(仮名)の奥さまの心遣いに感謝するばかりだ。
野球をやっている赤峯さんの高校生の孫の話となる。
孫がいることが羨ましい。
「甲子園へ行ってほしいな」と頬が緩む。
この後、昔住んでいた雇用促進住宅へ林さんと行く。
知人宅の約20数件を回るが、半分は留守であった。
これも意義のある地域友好活動である。
30年ぶりに会えた方も居た。

再度、7レースも九州ラインに賭けた

2016年05月01日 06時49分18秒 | 未来予測研究会の掲示板
利根輪太郎は静岡競輪場の第70回日本選手権競輪第一日の6レースと7レースの車券を買って負けた。
勝負だと想って買った車券だった。
6レースは7-1の1点勝負。
7番が飯野祐太選手(福島 94期)1番が佐藤友和選手(岩手 88期)
9番の吉本卓仁選手(福岡 89期)と2番西川親幸選手(熊本 57期)のラインは無視した。
だが、9-7-1の車券となる。
逃げた9番をとらえ切れなかったのだ。
そして、7レースは7番早坂秀悟選手(宮城 90期)と3番伏見俊昭選手(福島)で勝負した。
結果は8番坂本健太郎選手(福岡 86期)と6番加倉正義選手(福岡 68期)のラインで決まる。
宮元武蔵が8-6-1の車券を2000円買っていた。
13万2870円の高配当なので、武蔵は256万7400円の払い戻しであった。
前段の7-3ラインを人気ないラインが捲り切ったのである。
武蔵は6レースを九州の9-2ラインを買って負けているので、再度、7レースも九州ラインに賭けたのである。
「オッズを見ないので、4、5万円の車券と想って2000円買った」と武蔵は驚いていた。
大口の払い戻し場では、3人の従業員の女性が1万円札を10枚数え組んで行く。
ガラス越しに競輪ファンがそれを遠巻きに見詰めていた。
封筒に収まった金の束を武蔵は手にして、「これだから競輪は止められない」と武蔵は笑う。
輪太郎には武蔵野の姿が、伝説のギャンブラーだった東剛志と重なった。