陰謀論陰謀論(英: conspiracy theory)とは、なんらかの有名な出来事や状況に関する説明で「邪悪で強力な集団(組織)による陰謀が関与している」と断定したり信じたりするものである。
この言葉は、偏見や不十分な証拠に基づいて陰謀の存在を訴えているという、否定的な意味合いを持って使われることが多い。
「陰謀論」という言葉は、単純に秘密の計画を指す「陰謀」とは異なり、科学者や歴史家などその正確性を評価する資格のある人々の間で主流の見解に反対しているなどの特定の特徴を持つ「仮説上の陰謀」を指すものである。
陰謀論がもたらす帰結
歴史的に見て、陰謀論は偏見や魔女狩り、戦争、大量虐殺などと密接に繋がっている。
陰謀論はテロの実行犯が強く信じていることが多く、ティモシー・マクベイやアンネシュ・ベーリング・ブレイビク、およびブレントン・タラント、麻原彰晃をはじめとしたオウム真理教信徒らなどが顕著な例である。
また同様に、ナチス・ドイツやソビエト連邦といった国家も正当化のために陰謀論を利用していた。陰謀論に動機付けられた南アフリカ政府によるエイズ否認主義は、推定33万人のエイズによる死者を生み出した。
遺伝子組み換え作物に関する陰謀論(英語版)は、300万もの人々が飢饉に苦しんでいたにも関わらず、ザンビア政府に食糧援助を拒否させることになった。
陰謀論は、公衆衛生の改善を妨げる重大な障害となっている。
健康関連の陰謀論を信じる人々は、医学的助言に従う可能性が低く、代わりに代替医療を利用する可能性が高くなる。
製薬会社に関する陰謀論などの反ワクチン的信念は、ワクチン接種率の低下をもたらす可能性があり、ワクチンで予防可能な病気の流行に繋がっている。
健康関連の陰謀論は、水道水フッ化物添加への反対を促進することも多く、また『ランセット』に掲載されたMMRワクチンと自閉症に関連があるとする不正論文の流布にも影響を与えた。
陰謀論は、幅広い急進的集団や過激派集団の基本的構成要素であり、メンバーのイデオロギーを強化し、信念を更に過激化させる上で重要な役割を果たす可能性がある。
これらの陰謀論は、極右と極左の両方の政治的過激派の間で見られる反ユダヤ主義的陰謀論のように、根本的に相対している集団でさえも共通のテーマを共有していることが多い。
より一般的には、陰謀論を信じることは、極端で妥協を許さない観点を持つことに関連しており、そのような観点を維持するのに役立っている可能性がある。
陰謀論は過激派集団に常に存在する訳ではなく、また常に暴力に繋がる訳でもないが、集団をより過激化し、敵に憎悪を向けさせ、メンバーを社会から隔離することができる。
陰謀論は、緊急の行動を要求したり、偏見に訴えかけたり、敵を悪魔化してスケープゴートにする際に暴力を招く可能性が最も高い。
職場における陰謀論は経済的影響ももたらす可能性がある。例えば、仕事の満足感と貢献の低下に繋がり、その結果として労働者が仕事を辞める可能性が高くなる。
また陰謀論と似た特徴を持ち、生産性の低下やストレスの増加をもたらす風評被害との比較も行われている。経営者への影響としては、減収や従業員からの信頼の低下、企業のイメージダウンなどが挙げられる。
陰謀論は、重要な社会的・政治的・科学的問題から意識を逸らすことができる。
さらに、科学的証拠の信用を一般市民から損なわせたり、法的な文脈において喪失させるためにも使用されてきた。
陰謀論的戦略はまた、専門家による証言の信頼を損なわせることを目的とした弁護士によって使用されている戦略と特徴を共有している。その戦略には、専門家の証言には下心があると主張したり、専門家の間で(実際よりも)意見が分かれているとほのめかすために発言を提供する人物を探すといったことが含まれる。
また、陰謀論は特定の状況において社会に何らかの代償的利益をもたらす可能性がある。例えば、特に抑圧的な社会では、人々が政府の欺瞞を見抜くのに役立つ可能性があり、政府の透明性を促進する可能性がある。
しかし、実際の陰謀は通常、内部告発者やジャーナリストなど、システムの中で働く人々によって明らかにされるものであり、陰謀論者が費やす労力のほとんどは、本質的に誤った方向に向けられている。
最も危険な陰謀論は、暴力を扇動したり、社会的に不利な立場にある集団をスケープゴートにしたり、重要な社会問題に関する誤報を広めたりするものである可能性が高い。
対策
陰謀論の流行を防ぐ第一の対策は、信頼できる情報源が数多く存在し、政府の情報源はプロパガンダではなく信頼できるものであるということが知られている開かれた社会を形成・維持することである。また、独立系非政府組織は人々に政府を信頼することを要求することなく誤情報を訂正できる。
陰謀論に魅了される大衆を減らすための他のアプローチは、陰謀論的信念の感情的・社会的性質に基づいていることがある。例えば、一般大衆の分析的思考(英語版)を促進するような対策が効果的である可能性が高い。
もう一つのアプローチは、否定的な感情を減少させる方法で対策を講じることであり、具体的には個人的な希望やエンパワーメントといった感覚を改善することである。
誤情報に直接対抗することは逆効果であることが示唆されている。
例えば、陰謀論は不正確な情報を「陰謀の物語」の一部として再解釈できるため、無闇に反論するとかえって彼らの主張を補強しかねない。
また陰謀論に対する批判を公表することは、結果的に陰謀論を正当化することにも繋がりかねない。
この文脈においては、反論すべき陰謀論を慎重に選択することや、独立した観察者に追加分析を依頼すること、そして陰謀論コミュニティの脆弱な認識論を弱めることで認知的多様性を陰謀論コミュニティに導入するといった対策が考えられる。
正当化に伴う効果は、少数の陰謀論ではなく多くの陰謀論に反応することによっても軽減されるかもしれない。
とはいえ、事実に基づいた訂正を人々に提示したり、陰謀論の論理的矛盾を指摘したりすることは、多くの状況で効果的であることが実証されている。
例えば、アメリカ同時多発テロ事件に関する陰謀論の信奉者に、本物の専門家や目撃者の発言を知らせるケースなどが研究されている。
一つの可能性としては、誰かの世界観やアイデンティティに挑むような批判を行う場合、その批判は裏目に出る可能性が高いということが挙げられる。これは、そのような挑戦を避けながら批判を行うことが効果的なアプローチであることを示唆している。
心理学
陰謀論が多くの人々に信じられていることは、少なくともケネディ大統領暗殺事件に関する多くの陰謀論が囁かれた1960年代から、社会学者や心理学者、民俗学者の関心を集めている。社会学者のTürkay Salimは、陰謀論の政治的性質を明確に示している。
彼は、陰謀論の最も重要な特徴の一つは、社会集団における「現実にあるが秘匿された」力関係を明らかにしようとする試みであることを示唆している。
研究によると、心理学的レベルでは、陰謀論を信じることは心理的に有害であったり、病的であることが示唆されており、心理的投影や、マキャヴェリズムの傾向によって予測されるパラノイアと強い相関を持っている。
陰謀論を信じる傾向は、スキゾタイピー(英語版)の精神疾患と強く関連している。
かつてはニッチな層に限られていた陰謀論だが、現在ではマスメディアで当たり前のように取り上げられるようになり、20世紀後半から21世紀初頭のアメリカでは文化的現象として流行してきた。
ニュースや大衆娯楽の中で陰謀論に触れることにより、陰謀論的な考えに対する受容性が高まり、主流ではない信念の社会的受容性も高まった。
陰謀論は、分析的あるいは科学的に見えるものも含めて、複雑で詳細な議論を活用していることが多い。しかし、陰謀論を信じることは、主に感情によって突き動かされている。
分析的思考は、合理的かつ批判的な認知を強調するものであるため、陰謀論的な信念を減らすのに役立つことがある。
一部の心理学者は、陰謀論に関連する説明は、陰謀論を抱くようになる以前に保持されていた強い信念である可能性があり、「内部的には一致している」ことが多いと主張している。