配当金を告げるアナウンスの声に、どよめきが起きる。
大穴レースの時、しばしば競輪払い戻し機の前に立つ女がいる。
化粧の香りが強く漂い、赤毛の豊かなアップで水商売風、40代と思われた。
紫のセーターとグレーのロングスカート姿。
「気風は良くて、<ママは、男みたいだ>とよく言われるの」と自慢げな口振りだった。
3連単で12万7300円の配当金だった。
4点ボックス車券で300円の的中である。
女は前のレースでは、8万3400円の配当も的中させていた。
本命ラインは、全く買わないそうだ。
ツキ女と評されてスナック「さつき」のママ外山沙月(さつき)のことを輪太郎は思い浮かべた。
「輪ちゃんは気風が良いいので私、惚れこむよ」と言われたが、競輪仲間の寅之助から「手を出すな」と忠告されていた。
彼女のダンナは、暴力団組員の一人だったのだ。
ダンナには本妻が居て、駅前の祇園横丁のスナックのママだった。
沙月は午後12時に店が終わるとしばしば、午前2時まで店を開いているラーメン店に輪太郎を誘っていた。
競輪専門紙の前夜版を、ラーメン店主の井沢一郎に見せてもらう。
翌日は、取手競輪開設記念レースの開催日であった。
競輪好きの沙月の目が輝いていた。
沙月は豊かな胸を輪太郎の左腕に押し付けてながら、赤競新聞を覗き見る。
赤いセーター姿の沙月は、「12レースは3番からね」と笑顔となる。
店主の井沢は、「3番は、どうかな。7番が軸だな」と異論を唱える。
輪太郎は、押し付けてきた沙月の黒いミニスカートの白い膝の感触から3-2と2-1の2車単車券を想定した。
そして、翌日の12レースの3-2は2万を超える大穴車券となる。
輪太郎は3-2を5000円買っていた。
「ママ」と競輪場でも声をかけられるは沙月は3ー2 3-1 3-4を各1000円買っていた。
「私は、やっぱりツキ女だわ」小躍りする赤のミニスタートが翻った。