高市氏、闇バイト対策で通信傍受強化検討を
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「キンパン」
あるメガバンクでは、不審な資金の動きを見抜き、犯罪を未然に防ごうと取り組む専門部隊をこう呼んでいる。
闇バイト、詐欺、国際テロ…犯罪グループの手口は巧妙化し、資金の動きは複雑になっている。後を絶たない犯罪に金融のプロはどう立ち向かおうとしているのか、キンパンに潜入した。
(経済部 榎嶋愛理)
キンパンのオフィスに足を踏み入れると
一組織でありながら、ほかの部署の社員の立ち入りは厳しく制限され、簡単に足を踏み入れることはできない。それだけ日ごろから秘匿性の高い業務を扱っている。
マネーロンダリング(資金洗浄)やキャッシュカード、インターネットバンキングなどを悪用した不正を未然に防ごうと取り組む組織で、銀行口座を介した資金の流れや口座開設の経緯から不正のにおいを嗅ぎ分けるプロ集団だ。
キンパンは去年、コンプラ関連の部署から名称を変更。今回、特別な許可を得てオフィスに入ることができた。エレベーターを降りて長い廊下の先、何重ものセキュリティーをくぐり抜けて…を想像していたが意外にもキンパンのオフィスは銀行のほかの部署と変わらない。違うのは1人が3台ほどのパソコンを駆使して黙々と業務にあたっていることくらいだ。
怪しい取り引きを見抜け!
中でも重要なのが「モニタリング」だ。
みずほの口座を通じた金銭のやりとりは1日あたり数百万件と膨大な数にのぼる。気が遠くなるような数の取り引きの中に犯罪に関連した取り引きが紛れ込んでいないか、モニタリングの業務にあたる30人の精鋭たちが“刑事”のように目を光らせてチェックしている。
取材していると犯罪への関連が疑わしいある取り引きにシステムが反応した。
開設されて以降、ほとんど金銭の出入りがなかったある銀行口座に数日前から突然入金が始まった。はじめは少額だったが、そのあと一気にまとまった規模の入金があり、あっという間に別の口座に移されたという。
休眠状態だった口座に大金が振り込まれたこのケース。
こういう場合、キンパンのモニタリング部隊は口座を開設した人の属性をチェック、関連する支店などを通じて本人に直接確認することもある。
しかし銀行口座の場合、新規開設時に登録した名前や住所は転居などの事情を除いて確認される機会はほとんどない。そうした口座が不正に売買されて犯罪集団の手に渡ったとすれば、金銭の追跡は極めて困難だ。この先は警察と二人三脚となる。キンパンは警察に情報を提供し、必要に応じて口座を利用停止にしたり、解約したりして不正に得た金銭が広がらないよう手立てを講じる。
モニタリングはシステムだけではない。キンパンには経験を頼りに不審な金銭の移動を的確に見抜く職人のようなプロもいる。システムと人の目で「不正の可能性アリ」と検知する件数は、ひと月で実に3000件から6000件にのぼるという。
最近はAIを活用して不正の可能性が高いかどうかを仕分けるなどモニタリングの効率化、スピードアップを進めている。
「テクノロジーも使いながら犯罪の疑いがある取り引きを抽出している。アラートのあった取り引きを確認して問題がなければいいが、疑わしいとなればそのつど確認させてもらう。犯罪に銀行口座が使われる時には必ず『特徴』がある。ただ犯罪の手口はどんどん進化しているので、われわれの仕事は戦いに近い感じだ」
増加の一途をたどる金融犯罪
全国銀行協会によると、全国の金融機関が口座を利用停止にしたり、強制的に解約したりした件数は2023年度で11万件あまりにのぼり10万件を超えた。前の年度と比べると3万5000件あまり増加したが、5年前の2018年度と比較すると実に3倍近くに急増している。
キンパンのような組織があるのになぜ増加?と思うが、これまでの日本の金融機関の取り組みは諸外国と比べて大幅に遅れていると指摘されていた。マネーロンダリング対策で国際基準を策定する多国間の組織=FATF(ファトフ)は、3年前にこの分野の日本の対策は不十分だとする厳しい評価を公表した。これを受けて金融庁は法令やガイドラインを整備。ことし3月までに全国の金融機関に対して体制の構築を強く求めていた。
こうした国際組織の“指導”もあって金融機関での取り組みが強化された結果、不正が疑われる口座の検知数は急増した。犯罪集団は広域化し手口は巧妙になっているが、これだけの疑わしい口座が金融機関の取り組み強化であぶり出されたということは、以前から水面下に潜んでいた犯罪関連の口座がいかに多かったかがわかる。
SNSの壁
犯罪集団の関係者は銀行口座1つにつき数万円で買いたいと募る。とくに「高額買取」とうたう誘い文句に乗って使わなくなった口座を安易に売ってしまう20代、30代が増えていて、中には大学生や技能実習生の外国人がかかわる事案も発生している。口座を売ることは「犯罪収益移転防止法」という法律で禁止され違反すると犯罪になる。
さらに最近は“口座レンタル”も増加しているという。自分の口座を“受け皿口座”として犯罪集団に貸し出し、そこに犯罪に関連した金銭が振り込まれ、その後指定された口座に振り込む。これも口座売買と同様に犯罪となる可能性がある。
金融機関ではこれまで口座間の資金移動を詳しく調べることはあったが、みずほのキンパンでは口座にとどまらず、SNSのパトロールも行って警察と情報のすり合わせをする。しかし最近では秘匿性の高いメッセージアプリで口座が売買されることもあり、まさに“いたちごっこ”の様相だという。
手軽で便利、身近なコミュニケーションプラットフォームをどう攻略するか。キンパンにとって避けては通れない課題となっている。
「最近とくに増えてきたのは若年層が口座を安易に売ってしまうことだ。簡単に稼げる、お小遣い稼ぎくらいの感覚で手を出している事例もある。そうした犯罪に口座を使われてしまった人は、次に口座を開設しようとしてもすべての金融機関で取り引きができなくなる可能性が高い。深く考えずに加担して口座が使えなくなると将来困ることになる」
タッグを組め 金融機関
A銀行の口座がふだん取り引きしているのは、B銀行の口座とC銀行の口座…。
日銀によると国内では個人の預金口座だけで8億3000万にのぼるが、それらはどのようにつながっているのか。口座どうしをさながら“ネットワーク”に見立てて精緻に分析することができれば、これまで検知できなかった関係性や唐突に始まった特異な取り引きをあぶり出し、犯罪に関連した資金の動きをより追跡しやすくすることができる。
しかし金融機関が自分のネットワークを分析しただけでは巧妙化する犯罪は追い切れない。今、みずほのキンパンも含めて大手金融機関の間では担当者が定期的に集まり、最近の手口の特徴や注意点などの情報交換を行っているという。今後はこうした連携を地域の金融機関にまで広げられるかどうかが問われる。
ただ、地域金融機関はこうした金融犯罪対策に精通した専門人材の確保、さらには決して利益を生み出すわけではないシステムの構築に巨額の資金を投じる余裕が十分かというとそうではない。対策のレベルを全国均一に引き上げなければ広域化、グローバル化する犯罪組織には太刀打ちできない。
闇バイトによる悪質な強盗事件が連日報道されている。そんなニュースを目にするたびに、私たち自身が金融リテラシーを高めるとともに、今回取材したキンパンのような組織、ツールを標準化し、一刻も早く全国の金融機関に実装していくことが必要だと感じる。
時間的余裕はない。
(午後LIVE ニュースーンで放送予定)
榎嶋愛理
2017年入局
広島局を経て経済部
金融分野を担当