組織心理学の研究が明らかにしていることは、地位やそれに伴う権力を手にした人の多くが、

・他人をコントロールする権力を失わないように努める
・部下が利己的に動くのは嫌うが、自分自身は、地位を揺るがされるような事態に敏感で、自己利益に走る

 という傾向にあることです。

 また、人が権力を持つと、もともとのパーソナリティに沿ってその権力を用いようとすると言われています。

 慈悲深い性格の人であれば自分の権力を利他的な対応に使いますが、権力への欲求が強い人は権力を利己的に使います。

 例えば、「パワー動機」が強い上司は、自分と同じようにパワー動機が強そうな部下を冷たくあしらう傾向にあります。

 パワー動機とは、「地位や能力の面で他の人よりも優れていたい」とか「価値あるものを誰よりも先に手にしたい」と思う欲求のことです。

 このような人は、部下のアイデアに耳を傾けてそれを真剣に受け止めることもなく、せっかく自ら課題に取り組もうとしている部下がいても、その彼/彼女を育てようともしません。[1]

 あなたの上司は、どんなふるまいをしていますか。上司が強いプレッシャーを受けているとき、どんな仕事ぶり、采配ぶりですか。部下に何と言いますか。

 それが、あなたの上司の本性です。

 このような上司という権力を持った人間の心理を踏まえたならば、正論が忌み嫌われることも理解できるでしょう。

 自分で何もかも把握してコントロールしたがる上司に対して、あなたが上司を説き伏せるに十分な資料を持って、話をしに訪れたとしましょう。

 このパワー動機の強いタイプの上司は、あなたが自分のことをコントロールしたがっている(パワー動機の強い部下だ)と錯誤してしまうでしょう。

 そうなると、たとえ正論を伝えたとしても(あるいは正論であるがゆえに)、パワー動機の強いタイプの上司からは煙たがられてしまう可能性があるのです。

権力の腐敗

 権力の行使に夢中になってしまうリーダーの習性を脳科学で検証した研究があります。

 権力が自分の手中にあると感じているリーダーは、優秀なサブリーダーに対して、頻繁に指示を出し、難しい課題を与え、圧力をかけることで権力を行使し、成果に対する貢献度を低く評価することが明らかになっています。[2]

 社会心理学者のデービッド・キプニスたちは、この現象に「権力の腐敗(power corrupt)」と名づけ、権力者たちが堕落していく姿だとしました。

 人の行動は、脳の中にある以下の2つの神経システム(神経系)によって制御されていると考えられています。

・「行動抑制システム(Behavioral Inhibition System:BIS)」には、悪いことを避けようとしたり、進行中の行動を抑制したりする働きがあります。

・「行動接近システム(Behavioral Approach System:BAS)」には、報酬や目標に向かって行動を促進させる働きがあります。

 通常、2つの神経システムは均衡しているのですが、「権力の腐敗」が起きている際には、バランスが崩れているようです。

「権力の腐敗」が起こっているときには、「行動接近システム」が優位になるため、通常よりも報酬や目標に向かって行動すると考えられています。

 そして、ここで言うリーダーの報酬や目標とは、権力を行使し続けることなのです。

(1), 33. 以下も参照。渕上克義.(1988). 勢力保持者の勢力維持傾向と知覚された類似性の関係. 心理学研究, 58(6), 392-396.

(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)