今日の「 お気に入り 」。
最近読んだ 村上春樹さん ( 1949 - ) の随筆「 村上
朝日堂はいかにして鍛えられたか 」( 新潮文庫 )
の中に 「 更衣室で他人の悪口を言わないで下さい 」
というタイトルの小文がある 。その中から 三 、四
節を 、備忘のため 、抜き書き 。
引用はじめ 。
「 僕が昔経営していた酒場には 、どういう
わけか文学関係の客が多くて 、作家とか
編集者とか評論家とか 、いろんな人が来
た 。それで僕がそのときにまず最初に思
ったのは 、『 この業界の人々は本当によ
くひとの悪口を言うなあ 』ということだ
った 。この業界にいるから悪口を言うよ
うになるのか 、あるいはもともと悪口を
言うのが好きなひとがこの業界に進んで
入ってくるのか 、どちらかはわからない 。
ニワトリと卵みたいなものである 。
でもとにかく盛んに悪口の応酬がある 。
それも主にそこにいない人の悪口が交わさ
れる ―― 早い話カゲグチですね 。酒を
飲みに来る客の大部分は 、カウンターの
中の人間のことなんかほとんど気に留め
ない 。だから人間のナマの姿を裏おもて
観察するのにこれくらいうってつけの環
境はなかった 。」
「 AとBが二人で酒を飲んでいると 、Aと
Bは互いを褒めあい 、そこにいないCの
悪口を言う 。ところがCがやってくる
と 、こんどはAとBとCでDの悪口を言
う 。やがてBがいなくなると 、今度はA
とCで互いを認めあい 、Bの悪口を言い
始める 。さっきまでそこにいた人のこと
を手のひらを返したように 、『 あいつ
は恐ろしいくらい才能ないよな 。世渡り
だけだよ 』『 ろくなものも書いていな
いのに愛人なんか作りやがって 』なんて
痛烈に罵倒する 。最初は聞いていて『 い
ったい何なんだ? 』と唖然としたのだが 、
そのうちに『 これはもう一種の挨拶の文
句みたいなものなんだ 』と考えるように
なった 。気にしていたらとてもやってい
けない 。 」
「 もちろんそうじゃない人も中にはいた 。
良いものは良い 、悪いものは悪いと 、
誰の前でもはっきりと口にできる人も少
しはいた 。でもそれはあくまで例外的な
存在で( それにそういう人はそういう人
なりにべつの問題を抱えていた )、大部
分の人は相手次第 、場所次第でころころ
発言内容を変えた 。またその悪口が辛辣
で 、具体的で 、とにかくしつこい 。だ
からいわゆる文壇バーには夜が更けてきて
も『 帰るに帰れない 』という人がいっぱ
いいる 。帰っちゃうとそのあと何を言わ
れるかわからないからだ 。『 これはすご
い世界なんだな 』とそのときつくづく感
心した 。そんな世界に将来自分が入って
いくことになるなんて想像もしなかった 。
でもふとしたきっかけでその後 小説を書
くようになり 、やがて店をやめて職業的
作家になった 。それからもう十五年くら
いになるが 、今思えばカウンターの中か
ら世界を眺めていた七年間の体験は 、作
家としての僕にとって 、何ものにもかえ
られない貴重な財産になった 。」
引用おわり 。
この小文は 、こんな書き出しで始まります 。
「 少し前にある女性から聞いたのだけれど 、
彼女がときどきご主人と一緒に行くスポー
ツ・ジムの女性用更衣室には『 更衣室で
なるべく他のお客様の悪口を言わないよう
にしてください 』という貼り紙がしてあ
るのだそうだ 。
( 中 略 )
もし文壇( あるいは文芸ジャーナリズム
関連世界 )に褒められるべき点があると
すれば『 そこでは人々は男女の区別なく
悪口を言う 』ということですね 。そう
いう意味では 、あそこには性差別みたい
なのはまったくない 。平等である 。偉
い 、素晴らしい ―― というか 、要す
るにそのものまるごとが女性用更衣室み
たいな感じなだけなんだけどさ 。」
( ´_ゝ`)