「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2013・10・24

2013-10-24 07:00:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、吉行淳之介さん(1924-1994)の著書「吉行淳之介随想集『なんのせいか』」より。

「根岸の里の侘住い、というのがある。若い人たちには知らぬ人が多いとおもうが、五七五の俳句で、下の七五をこの文句にすれば、上の五にいかなる文句がきても間に合う、というのである。
 たとえば、といっても俳句や和歌は苦手なので、なかなか思い出せないが……。
     古池や蛙とびこむ水の音
 有名な芭蕉の句である。この下の七五を変えて、
     古池や根岸の里の侘住い
 とすれば、なんとなく間に合う。
 上の五が、初雪や、とか、底冷えの、などとなれば、たちまち間に合ってしまう。無精をしないで、歳時記をひもといてみるか。
     葱白くあらいたてたる寒さかな(芭蕉)
     葱白く根岸の里の侘住い
     冬の水うかぶ虫さえなかりけり(虚子)
     冬の水根岸の里の侘住い
 五七五七七の和歌にも、こういう便利な文句がある。下の七七を、それにつけても金のほしさよ、とするのである。それはさておき金のほしさよ、という説もある。
 これは百人一首でやってみよう。
     田子の浦ゆうちいでてみれば真白にぞ
       それはさておき金のほしさよ
     しのぶれど色に出にけりわが恋は
       それにつけても金のほしさよ
 なんと便利な言葉ではないか。俳句や和歌の世界とは別に、こういう便利な言葉は、時代時代によって、できてくるものだ。
 戦争中は、兵隊さんのおかげです、というのがあった。
 戦後になると、戦争のせい、というのがあった。政治が悪い、というのもあった。」

(吉行淳之介著「吉行淳之介随想集『なんのせいか』大光社刊 所収)

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