今日の「お気に入り」は、吉行淳之介さん(1924-1994)の著書「吉行淳之介随想集『なんのせいか』」より。
「根岸の里の侘住い、というのがある。若い人たちには知らぬ人が多いとおもうが、五七五の俳句で、下の七五をこの文句にすれば、上の五にいかなる文句がきても間に合う、というのである。
たとえば、といっても俳句や和歌は苦手なので、なかなか思い出せないが……。
古池や蛙とびこむ水の音
有名な芭蕉の句である。この下の七五を変えて、
古池や根岸の里の侘住い
とすれば、なんとなく間に合う。
上の五が、初雪や、とか、底冷えの、などとなれば、たちまち間に合ってしまう。無精をしないで、歳時記をひもといてみるか。
葱白くあらいたてたる寒さかな(芭蕉)
葱白く根岸の里の侘住い
冬の水うかぶ虫さえなかりけり(虚子)
冬の水根岸の里の侘住い
五七五七七の和歌にも、こういう便利な文句がある。下の七七を、それにつけても金のほしさよ、とするのである。それはさておき金のほしさよ、という説もある。
これは百人一首でやってみよう。
田子の浦ゆうちいでてみれば真白にぞ
それはさておき金のほしさよ
しのぶれど色に出にけりわが恋は
それにつけても金のほしさよ
なんと便利な言葉ではないか。俳句や和歌の世界とは別に、こういう便利な言葉は、時代時代によって、できてくるものだ。
戦争中は、兵隊さんのおかげです、というのがあった。
戦後になると、戦争のせい、というのがあった。政治が悪い、というのもあった。」
(吉行淳之介著「吉行淳之介随想集『なんのせいか』大光社刊 所収)
「根岸の里の侘住い、というのがある。若い人たちには知らぬ人が多いとおもうが、五七五の俳句で、下の七五をこの文句にすれば、上の五にいかなる文句がきても間に合う、というのである。
たとえば、といっても俳句や和歌は苦手なので、なかなか思い出せないが……。
古池や蛙とびこむ水の音
有名な芭蕉の句である。この下の七五を変えて、
古池や根岸の里の侘住い
とすれば、なんとなく間に合う。
上の五が、初雪や、とか、底冷えの、などとなれば、たちまち間に合ってしまう。無精をしないで、歳時記をひもといてみるか。
葱白くあらいたてたる寒さかな(芭蕉)
葱白く根岸の里の侘住い
冬の水うかぶ虫さえなかりけり(虚子)
冬の水根岸の里の侘住い
五七五七七の和歌にも、こういう便利な文句がある。下の七七を、それにつけても金のほしさよ、とするのである。それはさておき金のほしさよ、という説もある。
これは百人一首でやってみよう。
田子の浦ゆうちいでてみれば真白にぞ
それはさておき金のほしさよ
しのぶれど色に出にけりわが恋は
それにつけても金のほしさよ
なんと便利な言葉ではないか。俳句や和歌の世界とは別に、こういう便利な言葉は、時代時代によって、できてくるものだ。
戦争中は、兵隊さんのおかげです、というのがあった。
戦後になると、戦争のせい、というのがあった。政治が悪い、というのもあった。」
(吉行淳之介著「吉行淳之介随想集『なんのせいか』大光社刊 所収)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/38/9e/3d1218cc308203409ea578cbe37b7f16_s.jpg)