ジュリエットオスカー634受信ブログ

ラ・テ受信雑記他・私の得意ジャンルでの情報を発信します。このサイトは個人的な趣味により制作されています。

川越駅は僻地?

2024年09月13日 20時33分33秒 | 地図・地理・境・変なもの
今日は久々に地元の地理ネタを。

現在のJR・東武東上線の川越駅の場所を考察する。
現在、川越市の市域というのは相当広い。
しかし、もともとの川越町の中心地は
今の市役所周辺である。


地図で見ると分かる通り、川越駅(川越西町駅)は
当時の川越町と仙波村の境に位置することになる。
なので、当時の川越町中心エリアから見たら僻地だったはずである。
その後、川越町と仙波村が合併して川越市になり、さらに田面澤村も合併。

私は現在、川越市南部の住人なので、現在の市域を考えると市役所本庁が
北に寄りすぎていると思っていたが、
川越市の成り立ちを考えるとしょうがないんですよね。
ちなみに私が考える川越市の中心は今はやはり赤心堂病院付近
(JR・西武・東武が立体交差する付近)だろう。

話は山梨・甲府に変わるが、平成の合併で旧上九一色村の北部が
甲府市になっている。
(ちなみに上九一色村の南部にオウムの拠点があった。現在は富士河口湖町)
合併前に甲府市に住んでいた身としては中道の向こうの山を越えたところまで
甲府市になったのか?とう気持ちがありました。

だから、川越でも昭和の合併があったとき、日高・鶴ヶ島に近い所(笠幡)から
所沢・三芳に近いところ(福原)まで
川越市のエリアになったとき、言葉が悪くて申し訳ないが
「あんな僻地が同じ市になったんだ~」という感情はあったんじゃないかなと推測しますね。


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西武園周辺の都県境

2024年05月08日 19時06分20秒 | 地図・地理・境・変なもの
前回に引き続き西武園駅周辺の都県境ネタです。
まずは西武園駅から西に向かいます。
今回のお目当ての一つが
東村山市・東大和市・所沢市のトリプル。

こちらは多摩湖駅前

西武園ゆうえんちの中央口に直結していましたが、
現在は使われていません。
多摩湖駅は東村山市です。
交差点を挟んで「狭山公園」があります。

この公園の中に東村山市と東大和市の境があり、
西武園遊園地側は所沢市となるわけです。


警察署の管轄が東大和警察署となっているので
この場所はすでに「東大和市」。

はっきりとは断定できませんでしたが、
おそらく↓あたりがトリプルジャンクション

多摩湖畔のこの道はそのまま県境ですから、
カントリーサイン看板などはありません。

西武園駅~多摩湖駅の間では、車道は東村山の管轄でした。
 
マンホールと車道・歩道の境にあった境界矢印。

続いて八国山緑地へ。
緑地の西側の入口です。

東村山市と所沢市のマンホール共演。

八国山緑地で見つけた県境アイテム

東京側

東京都の境石標示


こちらはさらに石のタイプの境界が確認できる。
境界上には木の柵が続く。

さらに東に進んでいくと東京都の境石標示が現れなくなり、
今度は所沢の市章のついた石の境界が確認できた。


これで西武園~八国山緑地の都県境レポは終了です。

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小金井公園・小平霊園

2024年04月16日 20時15分05秒 | 地図・地理・境・変なもの
今日は境界ネタになります。
タイトルの場所を地図で確認してみるとよいでしょう。
小平霊園は市のトリプルジャンクション。
小金井公園は4つ市の境界密集地になります。
しかも、西武新宿線で訪問ができそうな距離です。

小金井公園は花小金井駅からスタート。

多摩湖まで続く自転車・歩行者道が整備されています。


公園の北側の入口
小平市・西東京市・小金井市の境が近くにあります。
公園内には特に表示が無いので、細かく場所の特定には至りませんでしたが、
小平市と西東京市(旧田無市)の境は公園内の道なりになっているはず
なので、地面を観察してみました。

手前に小平市の境界杭、奥に田無市のマンホールのふた。

西東京市・武蔵野市・小金井市の境も細かく特定はできませんでしたが、
ゆりの木広場・大島桜のある付近にある。

小金井公園は広く、南側に向かって歩いていたつもりが、
スポーツセンター側に出た。(東南側に出た)

バス注意表示については西東京市の表示だが、
桜堤という地名は武蔵野市である。

続いて小平霊園
こちらは小平駅からアクセスします。
東久留米市との境がある
ヤマザキパンの工場付近の新青梅街道まで行きました。


小平霊園北側の新青梅街道カントリーサイン


霊園のマップ。
こちらも、小平市・東村山市・東久留米市の
細かい境目までは特定できませんでした。
円形の雑木林の南側にある13区あたりにあるものと推察される。

余談
東久留米市の市章と武州ガスのマークって激似だよなあ。
東久留米のマークを左右反転したら武州ガスのマークになりそうな感じ。

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境界探検・市町村サイン

2024年04月02日 20時07分23秒 | 地図・地理・境・変なもの
最近、晴れた日には半日ぐらい自治体境界探検を行っている。
市町村等の境界線はやはり、自分の住んでいる近場から
やるのをおすすめしますね。これなら半日もあれば
できますから。
関東近郊などは鉄道もあるし、
むしろ駅が境界(西武池袋線秋津駅)だったり、
近場に境界があったり(東京の新宿駅は甲州街道から南は渋谷区)、
少し地図を見てみると面白いと思います。
あと、川なんか(白子川・柳瀬川など)も境界線が引かれていることが多い。


今日は、最近私が行った境界探検で見つけた市町村サイン(カントリーサイン)
画像をあげておく。

国道254号 川越市藤間歩道橋


越生線・西大家駅の南西・県道74号


県道56道 びん沼川
びん沼川って、もともとは荒川なんですよ。だからこのびん沼川と現在の荒川の間は
現在の荒川の西側でも、さいたま市の領地なんだよな。


同じく県道56号


越生線・一本松駅 県道114号


東上線・若葉駅 県道39号


県道56号・東大久保交差点の先
川越市のサインって文字だけのものが多いんで、
市章(市のマーク)が入っているのは結構珍しい方です。

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縦長の所沢市

2024年03月18日 20時21分33秒 | 地図・地理・境・変なもの
境界ネタの続き。
南北方向に縦に長い所沢市。

地図で確認するとこの辺り


今回の旅の主眼はトリプルジャンクションだったため、
ここの最北端は撮影取材していませんが、
ストリートビューで確認したところ
雑木林のようです。
すぐ近くに変電所もある模様。

信号側(東側)から撮影。

一瞬所沢に入って狭山に戻る。

交差点北側を撮影

所沢の敷地は現場関連のお仕事か?資材置き場っぽい

交差点南側を撮影

こちらは空き地になっている。
マンホールと弁は狭山市のマークだった。
ミラーと電柱を確認すると

ミラーは狭山市、電柱は所沢の文字がでてきた。

なんでこんな地形で所沢市として残ったのだろうか?
交差点の北側のほうに井戸の跡地があるようなんですよね。
また、鎌倉街道跡でもあるようなので、そのあたりが関係しているのかも?知れない。

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狭山・所沢・入間 トリプル境界

2024年03月17日 20時33分48秒 | 地図・地理・境・変なもの
では、予告通り自治体境界ネタ。
狭山・所沢・入間のトリプルジャンクション。


こちらが周辺図。左側の東藤沢が入間市、右側の東狭山ヶ丘が所沢市、
上側の病院のある方は狭山市になります。

ここのトリプルは国道から生活道路に入った直後の場所にあります。
1番付近で撮影したもの


実は前回訪問時は工事していたため、一つ西側の2番付近で撮影しています。

ここは狭山と入間の境になります。
駐車場右側の家の塀には入間市の住居表示が張ってあります。
入間市を主張。

3番付近、国道463号、通称「行政道路」の境です。
 
ここまで狭山市の領地はありませんので、入間市と所沢市の境となります。
そして、入間市と所沢市では道路補修関連の事務所も違うようです。

補修の境界が立っていました。

最後4番付近。狭山ヶ丘病院付近。

この辺りは住宅地が広がります。
狭山市水野付近はなぜか「西武」ではなく
「東急」の住宅団地があります。

ちなみに次回紹介予定ですが、所沢の変な境界付近に
西武フラワーヒルという「西武」を関した住宅街があります。
以上、今回はトリプル境界紹介でした。

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狭山市 市境探検サイクリング

2024年03月16日 19時32分26秒 | 地図・地理・境・変なもの
今日は境界ネタです。
自転車で狭山市へ出かけてきました。
この前、入間・二本木の都県境取材時、
入間市駅を利用したので、
狭山が丘駅で降りて、入間市・狭山市・所沢市の
トリプル境界へ行こうとしたのですが、
ちょうど道路工事中で通ることができず、
今回改めて行きました。
そのほか境界小ネタ取材と、入間・狭山テレコネタ取材です。


狭山・所沢マンホール共演


狭山市にある入間野歩道橋(と入間野小学校・中学校案内看板)

2024年現在、狭山市の入間小学校は無くなってしまいました。
その跡地はイオンが入るようです


「入間野」の地名は守っているようで安心しています。

県道8号 川越・狭山境界
 

電車で狭山ヶ丘へ行くとなると、所沢駅を経由しないと
池袋線・新宿線の行き来ができないんですね。
電車は楽なんだけど、すごい冗長経路なわけです(入間基地のせい)
それなら自転車で行けば大変だけど所要時間は多少の短縮ができる。
今回は行きでは川越市中福付近から不老川沿いに狭山ヶ丘を目指し、
帰りは埼玉県道8号を使っています。
2011年の震災の時、志木ニュータウン近くまで自転車で通った
思いをすれば同じぐらいの時間で行けましたね(1時間ぐらい)

次回からは境界ネタになります。

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埼玉の北関東・南関東問題

2024年03月12日 19時32分15秒 | 地図・地理・境・変なもの
TBSのNEWS DIGで取り上げているみたいなんで、
私も考えを記事にします。

まずはソース元。
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1045491?display=1

ぶっちゃけ、どういう風に区分けするかは人間が決めることなんですよね。

埼玉県の場合、地理的・地勢で分ける場合と
街の発展度とか群馬・栃木と習慣が近いとか要素を勘案
して分ける場合があると思います。

後者の場合、以前のケンミンSHOWでやった埼玉2分割論に近くなるわけ。
あの時は西埼玉(自然豊か)東埼玉(街が発展している)で分けられた。
今回の場合も、ケンミンSHOWと同じ結論になるんだよ。

個人的に、地理的に分ける場合はやはり利根川だと思っているんで、
本庄・深谷・熊谷は利根川の南なので埼玉県は南関東だと思っている。
選挙の北関東ブロックとかは人口で考えられていると思うんですよね。

地理的に分ける場合、荒川で分ける手もありますが、行田から川が
南下していきますので南北に分けるの指標には適当ではないなと思っている。

以前も書いていますけど、国道16号線が境目になるのではないかと思う。

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都県境のif  元狭山村全部の地域が東京になっていたら

2024年03月05日 20時10分09秒 | 地図・地理・境・変なもの
二本木の都県境ネタラストになります。
最後は元狭山村の全部の地域が東京都になっていたら。

現在の国道16号に照らし合わせると次のようになります。

宮寺との境に16号が通ることになりますので、
そこが都県境ということになったのだろう。
一番キリが良さそうなのは二本木北・宮寺南交差点だろうな


交差点の南のほうに少し宮寺が16号からはみ出ている部分もある(②の部分)
写真を撮るとこんな感じ。


このネタ記事の導入で、入間・狭山のテレコで狭山小学校の写真を出したが、
この狭山小学校の北側の道は宮寺との境。




いま、狭山小学校が立っている場所は元狭山村のエリアなので、
テレコネタは無かったかもしれない。
瑞穂町狭山小学校になった可能性もある。
そして、その隣にある入間市博物館はその存在すら無かっただろう。

最後に元狭山村の北端境界に行ってきた。
入間市博物館からはそんなに離れていないところにある。



今はすべて入間市のエリアですから、ごらんのとおり
狭山台の工業団地のはずれのエリアで何もないです。

途中に「埼玉動物医療センター」というのがあった。

これも元狭山村のエリアなので、
瑞穂町と合併していたならば、「埼玉」は名乗れない。

以上、二本木の都県境レポートは終わります。

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都県境のif  元狭山村が埼玉県に残っていたら

2024年03月04日 19時39分45秒 | 地図・地理・境・変なもの
三国志とか日本の戦国時代などよく「もしもシリーズ」いわゆる「if物」が
語られることがあるが、今回それをちょっとやってみようという企画。
元狭山村が全部埼玉県に残っていたら。

元狭山村の南の境界線は狭山神社付近にあった。

こちらは狭山神社の写真



境内は箱根ヶ崎になるので、元狭山村が埼玉に残っていたとしてもここは一応東京都。
でも本堂の北側すぐに都県境が走ることになるので、
群馬・長野の碓氷峠などのように、都県境にまたがる神社ですとなっていたかもしれない。

旧国道16号線・現在は都道166号の狭山神社下交差点

ここが都県境になった可能性もあったわけです。

参考資料

現在は瑞穂町だからわかりにくいが、駒形富士山は元狭山村。


ところで、現在では散策コースが整備されているようです。
交差点付近に2つほど案内図を見つけました。
 
また、こちらにも散策者用の駐車場も整備されていました。

運転免許・自家用車があるのならば
電車本数の少なめの八高線・箱根ヶ崎駅を利用するよりは
この駐車場を利用した方が、時刻に縛られない行動ができそうです。

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