『壁と。』
僕は壁、君は人
人間は人間であって、人ではない。
人は人であり、人間でもありうる。
そこなんだ。
僕がおりしも問題としている点は。
人間という輪郭の中にいる奴らは、こことに壁をはりめぐらしているのさ。
だから人間って奴は壁と同化しちまうんだ。
壁の一部に変化した方を見て、彼ら安堵感を感じ取る。
同時に、得体の知れない金属恩で、こう叫ぶのさ。
「俺って、自由じゃん」
そう…。勝手な解釈で希望的観測を試みる間にも、体はどんどんどんどんと壁の一部になっちまうのさ。
話し続けていた彼の金属音は言葉にならなくなり、やがて言葉さえもうしなっちまう。
これが本当の恐ろしさ。
恨み辛みそしりねたみ
そんなねどねどとした見るに耐えない感情が、渦巻き上の内部にどんどんと巻き込まれ到着するとしよう。
中は光で眼を開けられやしない。
真っ白な感覚は一瞬静止したかと思うと、渦巻き上を逆流し、自由の世界に姿を見せるのさ。
そう、もう君は間違いなく壁の一部なんだよ。
君のいいたいことは、僕にだってわかるよ。
そうなんだね、
君は魚になって、自由に海を川を湖を泳いでみたいんだね。
壁の中じゃだめかい?
毎日社章をつけ満員電車に揺られ、上等のスーツに他人の鞄で引っ掛けられないように、周囲を気にしながら、二時間かけて会社に到着。自分の彼女にはならないかわいい受付の子たちと、満面の笑みで挨拶。至福のひとときだね。
再三の注意をはらってミスの無いように確認に確認の上、神経をすり減らしてへとへとになって大きな数字を動かす。正確に山積みの資料を頭で考え、感覚的に量をこなす。こなしてあたりまえ。ミスは許されないのさ。これがやりがいとも、人は言うがね。
ドキドキした気持ちを胸にしまったまま、昼には社内食堂で四角形のトレイを持って、順番を待つのさ。 フライか魚か肉を選べる自由だ。あきれ果てた自由だ。
これでもぼくは自由って呼べるんだと思うかい?君は僕のよう名自由を勝ち得たいか?
君は壁と同化して入るが、内部で考えることにおいては、誰がどう思おうとも他人様から見れば真の自由なのだよ。それなのに、君は僕と、この境遇を取り替えたいとでもいうのかね?
失礼。僕はもう戻らなきゃならない。税務署調査が入るんでね。
税務署の連中には心象良く挨拶しなければならないのがお決まりなんだよ。
次がやっかいだ。このところ蚕の輸入が芳しく無くて数字を振るわない古尾君のレポを見なきゃならないし、人員削除蚕問題、いやちがった解雇問題会議にも出席しなければならないんだ。
会議っていう奴は厄介で、意図的に糸をはくと絡めとられて染料につけられ社訓になじむいうに機械織りされちまうんだ。これって怖いだろう? 怖いから「無言」「うなずく」「無言」「うなずく」。だから世の中はいつまでたって閉鎖的なんだ。
僕は壁と同化することさえ許されず人としていかされることもなく、人間と人間の間でうごめく一個のコマなんだ。
どう、
君!替えてみる? 壁とコマ