パッション120%

さあさあさあ!!
今日も全開で・・・
パッショネイトにイカねーと♪♪

ZIGGY 2014

2014-02-22 23:59:47 | ZIGGY


音源がアップされた。
サウンド的には、The DUST’N’BONEZに近い。
戸城がメインで曲を作り、森重が歌詞をのせていたバンド。
今回のZIGGYの動きも戸城がメインのようだ。
戸城からの情報発信ばかりだからそう感じるだけかもしれないが。

メンバーもいつの間にか決定している。
写真もアップされた。
森重化粧濃すぎ…
いつかのライブで「もう化粧はしません」的なこと言ってたけど、
素のままのオレでいきます!ってね。
やっぱり飾りたいのかな。
それでこそ森重だけどね、かっこよく飾ってほしい♪

Vo.森重樹一
Ba.戸城憲夫
G. カトウタロウ
Dr. カネタク

ZIGGYとしての新譜も発売するのだろうか?
とても楽しみだ。
だけど個人的には
ポップさを出している音が好きなんだよね。
戸城だってZIGGY在籍時代にはけっこうポップで親しみやすい曲もある。
「え、森重の曲じゃなかったの!?」となることも度々あった。

どんな音をだし、どんな曲になるのか
それはZIGGYが決めること。
メンバーが決めること。
どんなかたちであれZIGGYが動くことは嬉しい。

続くのか、また今回限りか。
そんなことはとりあえず考えずに、
祝福と期待と喜びの気持ちで2014のZIGGYを待つ。

BRIDGESTONE MarkRosa

2014-02-20 09:52:25 | 日々を歩む


新しい自転車!!

自由と、おしゃれと、ブリヂストン

こんなキャッチコピーがあります。
正直なところ、ちょっと誇張してない?とも思うかな…

オシャレなんだけどね、ちょっと馴染めていない。
以前の自転車はもっと安定感があった。
それだけボディも重たかったが…
「ちょっと頼りないな」って思うときがある。
ハンドルの位置もだいぶ狭くなっていた。
10センチ以上違っていたから、これにも違和感があったね。
自転車によって、こんなに違いが出てくるとは…




ブラックボディに控えめな赤
クールさを醸し出す。
この配色は最高に好き。


しっかり足を広げないとまたげない。
先日スカートをはいてこの自転車に乗ろうとした時、
(女装じゃなくファッションね、ファッション!)
長めのスカートだったのだけど、
「よっこいしょ」と心の中で勢いをつけながら自転車をまたごうとしたら
「ビリッ!」
やっちまった!

カウンセリングを受ける

2014-02-14 19:12:30 | カウンセリング
カウンセラーとしても仕事をしていく

そう決めているのに、実際にカウンセリングを受けたことがない。
それじゃあ自分のあるべきカウンセラー像はイメージできないよね。
ということで、実際にクライアントとして受けにいく。


まずは今の一番の悩み、相談事を話す。
「やるべきことに集中できないこと」
先送りにするというか、逃避するというか。
今に始まったことではないが、自分にはその傾向がある。


カウンセリングの授業で受けているものとは全く違うかたち。
傾聴はもちろんするが、聞き出していかないことには始まらない。
悩みを持っているわけだが、その悩みの原因をクライアント自身はわからないことが多い。
それを導きだすのもカウンセラーの役目になる。

導きだし解決できる方向にもっていく。
その手助けをするのがカウンセラー。

その中でフォーカスしていく一つが過去の出来事。
親子関係、生育環境。
それが土台となって成長していっている。
その部分も見つめなおす。



普段の日常生活の中では、
体にせよ心にせよ、普通に使っているわけだが、
「深く意識を向ける」ということはなかなかしていない。
自分一人で意識を向けるのは、慣れていないとうまくいかないとさえ感じる。
他者を介してのやり取りのほうが意識を向けやすい部分もある。
もちろん自分ひとりで向き合う方が深まるときもあるだろう。


やっぱり一人でできることは限られるのかなぁ、と思う。
他者とのつながりあっての自分。
関係性の中で生きているんだな、と感じる。
できることなら、少しでも外に開いて生きていければいいと思う。
そうできない気持ちの時だってあるけどね。



カウンセリングを受け、いろいろ聞かれていくわけだけど、
言いよどみもなく、自己開示をできない部分も特になく
「普通の考えですね」と言われた…
普通って言われたのが一番不満
そんなひねくれもんのパッションです(笑)

絵文字、顔文字

2014-02-12 19:07:34 | 日々を歩む
感嘆符、疑問符
いつからできたものかは知らないが、
言葉を補助する役割として生まれてきたものだろう。

が付けば強調されるし、
が付けば疑問になる。

少し伝わりやすくなる。


感嘆符や疑問符というくくりではないと思うが、

(笑)(泣)(涙)

感情を表す言葉に添えると、それを和らげたり強調できたりする。

ダメだよ(笑)
否定はされていれど、そんな強い否定にはならないように思う。
ごめんなさい(涙)
ごめんなさいの気持ちが少し増しているようにも思う。


そして、顔文字や絵文字
これだけでなんとなく会話が成り立ってしまう(場合もある)
親しみのあるような、愛嬌のあるような絵文字だと、
怒ったような顔していても、やんわり受け止められたりする。


そしてlLINE
キュートなスタンプが満載だ。
文章なんて必要なくなっている。
単語とスタンプでほとんど成り立つように思う。
そもそも、文章を送るものとしてつかっている人が少ないかもしれない。
会話のキャッチボールにはとてもいいツールだと使っていてかんじる。


言葉の捉え方のずれは、どんな場面でも少なからず起こると思うが、
ここに挙げたことを見てみると、
言葉による(言葉だけによるやり取り)が減ってきているのか?
絵文字も顔文字もスタンプも、
言葉を補完するものとしては、いいものだと思うし実際自分も多用している。
しかし、それに頼るあまり、言葉を読み取る力が弱まっていないだろうか。
言葉として発信されているものの、その奥を考える力。
イメージする力。

自分にはそのきらいがある。
絵文字や顔文字、スタンプが悪いというのではなく、
それらに頼りすぎると、なにか大事なものが抜けていくような気持ちになった。

投げかけ、受け取る

2014-02-10 17:01:04 | 日々を歩む
こちら側から投げかけた言葉
自分としては労りの気持ちがあったり、心配の気持ちがあったり。
「自分としては」である。

どんなに自分が優しさを持って表した言葉であっても、
相手の受け取り方次第によって180度変わってしまう。

「自分がどう思っているかよりも
相手がどう捉えたか」

その答えはもっともだ。

受け取る側のことを少し思う。
相手との関係性によっても変わってくるだろう。
信頼のおける友人に少しきついことを指摘されても、
「そのとおりだ」と真摯に受け止めやすいだろう。
さほど親しくもない知人程度の人に同じことを言われると、
「よくわかってもいないで何言ってるの?」と不快な感情が生まれることがある。
発信する側と受け取る側の関係性によって、言葉の重さや中身が少し変わる。

受け取る側の心理状態も大きい。
元気で楽しい日々を過ごしているときには、
少々イヤな言葉を言われても受け流す余裕もあるだろう。
しかし、仕事がうまくいっていないとき、面接不合格で落ち込んでいるとき。
そんなときにイヤな言葉を投げかけられると、イヤなかんじが何倍にも膨らむ。
落ち込んでいるときには、プラスなことを言われてもプラスにとれないときもあるぐらいだ。
マイナスなことを言われてしまうと、その振れ幅は人によってはとても大きくなる。


ちなみに、言葉でのミスコミュニケーションが年明けから立て続けに自分に起こった。
原因はもちろん自分にある。
自分が変えていかなければいけない部分がある。


メールなど言葉だけのやり取りだと、そういったミスコミュニケーションは少なからず起きるものだろう。
「だからしょうがないよ」と、踏ん反り返るわけではない。
言葉を選び、その言葉を選んだ意図も伝える。
それも必要だ。
言葉を選び考える。
だが、考えすぎてもいいものだろうか。
そこには疑問を感じる。
考えて考え込んでしまうと、何を発信するのも躊躇いが出るように思う。
ブログなど、そもそも自分の言いたいことを言わないとそれをしている意味がない。
情報を発信した人への、言葉を返すことにも少し同じように感じる。

みんなそれぞれ捉え方が違う。
それを大前提として情報を発信し受け取る


称賛もあれば、心に突き刺さるような言葉も言われる。
みんな思うことは一緒ではない。
当たり前だけど。
そしてその部分でのやり取りは側面でしかない。
その言葉だけがすべてではない。


自分が起こした言葉で人を傷つけたことを自己弁護をするつもりはない。
お互いの気持ちや考えを発信できることは素晴らしいことだと思う。
委縮するつもりもないし、やめるつもりもない。
もちろん配慮は必要だ。
たが、ありのままでいたい。
考えて考えて、いつの間にか言いたいことを言っていない。
そんなことはまっぴらごめんだ。


これをつづり、現段階で見えたものは
「ありのままの自分の思考を変えていくこと」

確定申告初心者

2014-02-07 23:08:46 | 経済
整体師の仕事。
出張のみで店舗がない。
仕入れもないし、棚卸する資材も在庫もない。
減価償却しなければいけないものもない。

これって家計簿つける延長みたいなもんだな。
毎月の出入りを記録し、まとめるだけになる。
幸いにも、家計簿をつける習慣があるパッション。
こういったことは嫌いではない。
帳簿をつけてピッタリ合ったときの清々しさ。
これはけっこう気持ちいい♪
逆に収支がずれると歯がゆさ120%
夜も眠れなくなりそうになる
だけど、しっかり寝るけど…
そんなに神経質なかんじでもないからさ。

(ちょっとだけ)まめな性格が幸いしてか、
レシートもとってあるし、
もちろん領収証はもれなく保管してある。
そこは抜け目ないぜ!

あとは
経費だと言い張る気持ちだけだ。
思い込むことが大切だ。
必要経費だ!と・・・

仕事を円滑に進める上で、
気持ちをより豊かにするために芸術鑑賞をする
美術館にいく。
必要経費です。

巨大スクリーンでスタローンの筋肉を見ることで、
整体をするときのイメージ向上につながる。
映画館へいく。
必要経費です!

格闘漫画のキャラの動きから、
体の構造を理解していく。
漫画を買う。
必要経費です!
「解剖学の本買え?」
いえいえ必要経費なんです!!


仕事をしていくうえで、
いろいろ経費がかかるもんだなぁ・・・

自分として

2014-02-05 19:12:55 | 日々を歩む
早朝のファミレスでの仕事

まれにアルコールのオーダーが入る。
深夜に働いてお疲れさまの一杯だろうか。
そのお客からクレームがきた。

クレームの内容はこちら側にも落ち度があるが、
酔った勢いだろうか、話は大きくなっている。
早朝の時間帯はスタッフが少ない。
加えて責任者的な立場のスタッフもいなかった。
ホールにはまだ勤務が一か月半の男性。
キッチンは自分。

ホールのスタッフが一緒に謝ってほしい、と言ってきたので、
やり取りを一部は把握していたが、完全とはいえないままお客の前へ。
平謝りを続ける。
穏便に済むなんて言葉からは、ほど遠いような終結の仕方だったが、
なんとかお客さんは帰っていった。
たぶん、二度と来ないだろうけど。

ここで自分はお店のスタッフとして対応をした(つもりだった)
下手な反論は一切せずに謝り通す。
お客は怒ったまま帰る。
ぜんぜん丸く収まってはいない。

報告書を書いていて気が付く。
「自分は悪くありません」的な言葉が何度も出てきた。
書き直し書き直し、客観的事実をできるだけ挙げていく。
そこで気が付く。
「ぜんぜんお客さんのための対応をしていない」
こちらの不手際でお客さんの気分を害したことは紛れもない事実。
それに対して人としていい対応はできたのか?
「否」
お客さんのことを突っぱねるように平謝りを続けた。
自分が客の立場だったら、もっと詰め寄っていたかもしれない。


「お店のスタッフとしての対応」
そんな言葉は隠れ蓑か逃げ道にしかならない。
もちろんその店で働いてるのだから、お店のスタッフとしているわけだが、
それよりも「自分」としてその店にいるわけだ。
「自分としての対応」だったのか?
そう問い直すと、そのお客さんへ、ものすごく申し訳ない気持ちになる。
朝からイヤな思いさせられたまま帰って、一日イヤな気分のままだったかもしれない。
そんなことでいいわけがない。
自分に胸を張れる行動ではない。



「自分としての行動」
この軸を忘れずに。

引き締め2月

2014-02-01 17:38:09 | まとめてみる
いろんなもんを引き締めていかんとね。

まずはウエストね。
正月から、なんだかんだでたるんどるからね。
そして二の腕も。
もっと男らしさのある腕にしないとね。
お財布もね。
引き締めなくても、丸いのも長方形のも少ないけど(涙)
家計ね。
正確には「切り詰め」ね。
無駄な出費はしてられんからね。
食事ね。
必要以上はいらないからね。
気持ちが弱いと食に走る。

一番の引き締めどころは「気持ち」ね。
気持ちさえ引き締まっていれば、
引き締めたい上記のものだって、簡単にコントロールできる。


全部を全部引き締めていればいいってわけでもない。
オープンも必要。
仕事を広げることね。
「これ大丈夫?」なことはやってみる。
やってみんとわからんし。
オープンでいかんとね。


そんなこんなで
2月スタートやね!!