ビートルズのメンバーで
生き残ってるのはポールとリンゴだけになってる。
リンゴはその陽気なキャラクターで
ビートルズがブレイクするのに一役かっているらしいね。
もし、ドラマーがその前のピート・ベストのままだったら
ここまでの人気は出なかったかも知れないとのこと。
ジョンもリンゴの気楽な雰囲気が気に入ってた様子で
『ア・ハード・デイズ・ナイト』『トゥモロー・ネバー・ノウズ』のタイトルはリンゴから頂いたとコメントしてる。
「詩の内容が深刻すぎるときは彼の軽妙なセンスが役に立つんだ」ともコメントしている。
ジョージも
「ピートには悪いことしたと思うし、そのうちドラムが上手くなるかもしれなかったけど、リンゴがメンバーになるのはずーっと前から決まってたことのような気がするんだ。」と後に語っている。
ジョージ・マーティンがオーディションしたとき、
ピートのドラミングがお気に召さなかったのか、無口なキャラが気に入らなかったのか
よくわからないけど
「レコーディング時にはこちらでドラマーを手配する」とビートルズ側に通達し、
ビートルズの3人に「リバプールで一番のドラマーが必要だ」とリンゴの引き抜きを決意させたらしい。
ポールの話だと「ピートはシャイで無口な性格だったけどイケメンで人気があった」とのこと。
このドラマー交代劇で、ピートファンからジョージが暴行を受け、左目の下に青タンを作ってる。
アメリカでは他の3人を抑え、一番人気だったというからビックリだよね。
デビュー前のハンブルグ遠征時代に何回か一緒に演奏したりしてたらしいけど
他の3人と比べると、下積み時代の共有が少ない分、
やはり、結びつきが希薄な面もあった様子で
ホワイトアルバムのレコーディング時にはメンバーで一番最初の脱退騒動も起こしてたらしい。
この脱退騒動は「レットイットビー」のときはジョージ、その後にソロレコードを発売するタイミングでジョンと続き、そのたんびに他メンバーからの引止めがあって実現しなかったんだけど
最後のポールの脱退発言にはメンバーの誰も引き止めることもせず
「脱退」が確定してしまい、
その後も別のベーシストを入れてビートルズを続けていこうとするジョージの画策もあったため
ポールが「解散要求」を裁判所に訴えた、という流れ。
解散後もリンゴだけが他メンバーと唯一友好的な交際をしてたらしいが
やはり、ポールとはイマイチ気が合わない様子。
最近では、ロンドンオリンピックの開会式のときのポールとの競演のオファーを断ったらしいし、
ポールが解散理由を「ヨーコのせいじゃない」と、つい最近コメントしたことについても
「なんでわざわざそういうことを言うんだろう。解散がヨーコのせいじゃないっていうことは解散した当初からはっきりしてたことだ。」とちょっと不満そうにコメントしてたしね。
まあ、ファンからしたら
もう先は長くはないんだし、
二人しか残ってないわけだから仲良くしていて欲しいとは思ってはいるんだけど、ね。
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YouTube: (HD) Paul McCartney & Ringo Starr - With a Little Help From My Friends (Live)
↑この映像を見ると仲良さそうに見えるんだけど、ね。
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YouTube: Ringo Starr (Richard Starkey) - Boys (1964)
↑まだ初々しい頃のビートルズ。後のどろどろの解散劇を知ってる身にとったら
この頃は、ホントに安心してみていられる。