yabanjin-soulのTシャツ魂

ロック魂を手描きで表現するyabanjin-soulのたわごと・ひとりごと

地球、大丈夫?

2015年05月05日 | たわごと、ひとりごと
ネパールで地面が1.2Mも隆起するような大地震が起きた。

せっかくの世界遺産も次々に倒れてしまうほど。

まあ、1.2Mも隆起すりゃ大概の建物は壊れちゃうよね。

チリでの火山大噴火、マレーシアでの地震や津波、オーストラリアでの地震、もちろん忘れちゃいけない東日本大震災・・・

なんだか、ここ10年ほど異常気象も半端ない感じだし、

地球規模で大陸の移動が(つまりはプレートの移動、ということはそのさらに奥のマントル対流が)活発になり始めてるんじゃない?

プレート・テクトニクスで考えられてるように

インド大陸がユーラシア大陸のほうに、
太平洋プレートがユーラシア大陸プレートに、
押し込みがどんどん強くなってるんじゃないかな。

プレートが動くのはマントル対流のせいだから

地球上のどのプレートも動いてるってわけで

世界的に大地震多発してるんじゃないの?

おまけに今日のニュースでは箱根で火山性微動が活発らしいし、

富士山も休眠から目覚めて、大きく息をし始めるかも…。

と、いうことはだよ、

地震国日本の中に何基も作られた原子力発電所が心配になってくる。

少なくとも日本は4個、5個のプレートの上に浮いている状態なわけだから

いつ大地震が起きてもおかしくはないわけで、

これまでの記録から想定した災害規模なんて全くあてにならないほどの災害が起きることだって十分に考えられるわけ。

地盤が1m~2mも隆起もしくは陥没すりゃあ

さすがに破壊されるでしょう。

そうなりゃ、

その地域半径30kmは今後10万年ほどは住めなくなっちゃうし、

その時には「責任は私がとる」と豪語していた人もどうやって責任とるつもりなんだろう・・。

いや、べつに責任なんかとってくれる必要なんてないんだよ。

住めなくなっちゃうようなことにならないようにしてくれりゃそれでいいんだよ。

その人は「国民の命と財産を守るために」どんなことでもするらしいからね。

もし、この言葉が本気なら

原発を廃棄して自然エネルギーをメインにすると思うんだけど、

どうにも、そんなつもりはないみたいだし、

と、なると

「国民の命と財産を守る」ってことへの気持ちは薄いような気がしてならない。

ただ単に将棋の駒のように人の命を扱いたいだけのような気がする。

「平和的な活動」を自衛隊に求めるのなら

こういう災害救助がすごくその言葉にもマッチするし、

自然災害大国日本ならではの援助や救助がきっとできるとおもうんだけどね~。

「対案、タイアン」とわめいている人たちも、この対案じゃ納得できない?

「自衛隊」=「災害救助隊」

すごく「平和維持活動」にふさわしいと思うんだけど・・・ね。




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フォーン・ブース - 予告編

2015年05月04日 | 映画
フォーン・ブース - 予告編

最近はめっきり見なくなった電話BOXを使ったサスペンス。

ほぼ全編、主人公は電話BOXの受話器を握りしめた状態。
撮影期間もたった10日間だったらしい。

でもアイデアの勝利だね。

めちゃくちゃ緊迫感がある映画だったよ。

似たような映画で「SAW」なんかもそうだったけど

お金はかかんなくてもアイデアだけで十分魅せることができることがわかる。

まあ、何度も見ようっていう気はそんなに起きないけど、

88分程度の短めの映画なんで、

気楽に楽しめると思うよ。

長く重たい映画はちょっと・・・という方にはおすすめです。
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The Rolling Stones - Far Away Eyes

2015年05月01日 | ローリング・ストーンズ
The Rolling Stones - Far Away Eyes


今日から5月だね。

このじわっと汗ばむような陽気、この空気感。

この雰囲気を感じるたびに思い出す。

大学時代、
6畳一間のアパートでひとり、ベッドに横になって

発売されて10年ほど経ってたストーンズのアルバム「サム・ガールズ」を

繰り返し繰り返し、ずっと聴いていた。

時折吹く風がひんやりして心地よく、

そんな中でこの「ファー・アウェイ・アイズ」がすごく印象に残っている。

60年代・70年代の、
エコーがあんまり効いてなくて、
そのまんまの楽器の音が録音されているような感じの音が好きだった。

その当時は、
80年代半ばで、世の中はエコーを効かせシンセの音が隙間を埋め尽くすように充満してたその当時流行りの音楽には興味が全く持てなかったんだよね。

おまけに、ちょうど当時はバブル全盛期だったけど、

そんなものの恩恵からもまったく距離がとられて、

なんだかとても、

社会から隔絶されたような、
ひとり、無人島に置き去りにされたような、
乗らなくちゃいけないバスに乗り遅れたような、

そういった焦燥感にもとらわれていた。

そんな中で、

「人生に行き詰ったり、にっちもさっちもいかなくなったりした時には『遠くを見ているような女の子』と付き合ってごらん」

と歌うこの歌がなんだかやけに心に身に染みた。

今でも、そういう焦燥感はずっと心の中にこびりついていて

相変わらずこの時期になると、それを思い出す。

つまりはその頃からほとんど成長してないってことなのかもね。(苦笑)
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