自分の宗旨
人にとって宗教とは何か。どんな時に自分の宗教を求めるのか。先日聖書について少し聴く機会があった。これまでの自分を振り返り、聖書の一部を覗けたと喜んでいる。
選挙に当選した新しいアメリカ大統領が、聖書に手を載せている映像を見ることがある。聖書に力があるのだろう。教会に見かける宗教画だが、キリストと12人の弟子たちの「最後の晩餐」が有名だ。これは聖書に書かれているシーンを画家が想像したものという。3年間余り生きたキリストを描いている。
私の家はいつからかは不明だけれど、先祖より仏教門徒だ。これからも継続してゆきたいと考えている。知人の大先輩が、片目の視力を失い片足の事故に遭って、宗旨替えされた。心の立ち直りと宗旨替えと、どちらが先だったかは分からない。もう他界されて訊く術はない。しかしその人の子供さんは新しい宗旨の門徒を継がれている。
私にとっての宗教は、本で知った釈迦仏教。この世を「縁起」と「空」とで宗教的に理解し、そのことで欲と疎遠になり夢に向かって生きて行く。死については、健康への配慮はするが、とらわれ過ぎず夢に向かう。今はこの考えである。